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儚げ美女と野獣 カウントダウン1

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 最終学年も夏が過ぎる頃、王太子夫妻に王子が産まれた祝賀会が開かれた。その場では、イヴォンヌとフラットは最低限の礼節を守っているだけで、新年の時のように二人の甘い空気がなく、行事として一緒に入場し一度だけファーストダンスと踊るとそれ以降別れた。

 イヴォンヌには数名の仲の良い令嬢たちがおり、彼女たちと過ごしているようだった。あからさまな王子の態度もあり、婚約がどうなるのかを本気で心配しているのは、学園でも懇意にしている2名だけで、残りは興味津々で噂話の中心になりたいがために情報を得たいのだろう。あわよくば自分が次の座に就きたいと虎視眈々と狙っているのが分かる。

 詳細な話の内容については分からないが、参加しなくてはならなかったため会場にいたサヴァイヴは、寂しそうに微笑むイヴォンヌをじっと見つめていた。

「サヴァイヴ様、お久しぶりです」

 すでに王宮の騎士団で働いている彼の学友の一人が声をかける。彼はすでに学校にはほとんど通っておらず、サヴァイヴと会うのはひと月ぶりだ。

「ああ、久しぶりだ」
「以前お会いした時のご依頼の件ですが……、やはりこの噂の出どころはサヴァイヴ様の仰った通りでした。ただ、俺は末端で働いているので、それ以上は王宮で誰もが知っている内容を総合して判断出来る事しかわかりませんでした……。力不足で申し訳ございません」
「そうか。手間をかけてすまなかった。出どころだけでも物凄い手柄だ。ありがとう」
「いえ! こうして騎士として身を立てる事が出来たのはサヴァイヴ様の訓練のお陰ですから。また何かあれば仰ってくださいね!」

 ほかの数人からも同じ報告を受けていたサヴァイヴは、これ以上となると高位貴族か、本人や関係者しか分からないように秘匿されているのだろうと顎に手を当てる。だが、苦手な社交の場に彼自身も顔を出したみたが、似たり寄ったりの内容と噂話しか耳にしない。

「……」

 決して口に出来ない、身内以外では彼だけに許された彼女の愛称を心で囁く。今すぐ彼女を連れ去り、どういう状況なのか、そして、本当に婚約がなくなるのか問いただしたい。

────もしも、もしも王子との婚約が解消されれば、その時は……。ヴィー、今の君の心はどこにある? 溺愛している侯爵夫妻は何も動かないのか? 

 どう見ても相思相愛だった彼ら。どちらかと言えば王子の方がイヴォンヌを溺愛していたというのに、婚約者を蔑ろにして他の女性と今も近すぎる距離で談笑している。学園内ならいざ知らず、今日は王太子夫妻の祝賀の日だ。関係している他国の使節団なども来ているためいくらなんでも行動がおかしい。



 大多数の貴族たちは噂に踊らされてその話に華を咲かせる。恐らくは近いうちに考えた通りの発表があるだろうと思案した。


 幸い、王妃や王太子妃が彼女をかばっているため、イヴォンヌがあからさまに形勢が悪くなり傷つけられるという事はなさそうでほっとする。

 公の場ではどうすることも出来ずに、ただ、彼に許された距離からイヴォンヌを見つめるだけであった。



※※※※



 夏が過ぎ、秋になった。気温がかなり冷え始め、日の光のない所では寒さで身震いするほど。

 結局あれからもフラット王子はとっかえひっかえ、様々なタイプの女性と懇意にしていた。すでに、イヴォンヌとの仲も冷えきっており、過去の事は水で流されたかのように彼らの仲の良い様子は人々の記憶から消えていったかのよう。

「サヴァイヴ様、少々よろしいでしょうか?」

 ある日差しがきついくらい輝いて眩しい日に、サヴァイヴは王宮の騎士団に入団内定を貰っている同級生に声をかけられる。ここ一年で、すでに頼りない少年から逞しい青年に変わりつつある同級生に連れられて、普段は通らない廊下を歩いて行った。

 道中、いつものように王宮内でイヴォンヌ事を抜きにしても何からの変化がないかなど、彼の立場での目線や話を聞きながら、特別変わりのない報告に頷く。

「いつもすまない」
「いえ、サヴァイヴ様は卒業されれば辺境へ戻られるのでしょう? こうしてお会いできる日があと少しかと思うと少々寂しさも感じますから、少しでも報告がてらに貴方にお会いできる事が皆嬉しいのですよ」

 彼の言葉を受けて、サヴァイヴは目を見開く。人付き合いなどそれほど上手にこなせてはいない自分の性格にも拘らず、やんわりとした微笑みでそう言われると胸がむず痒くなった。

「俺らこの学年の同級生たち皆の師匠ですから。卒業してからも、きっと喜んで力になりたいってやつばかりですよ!」
「それほど大した事などをした覚えはないが……」
「いいえ。俺らは貧乏貴族だし、しかも跡取りじゃないからまともに教育なんてされなかった。サヴァイヴ様にしごかれなければ馬にも上手く乗れず、きっと騎士なんか夢のまた夢だっていうやつも多いんですよ? 頭も悪いから文官なんて無理だし。全員今の時点で卒業後の仕事があるなんて、この学校では珍しいって先生もびっくりしてたじゃないですか」

 目を細めて楽しそうに、心底嬉しそうに話す彼は、とある場所までサヴァイヴと到着すると、ひとしきり感謝の意を示したあと用があるからと言い残し去って行った。

 女性には縁が全くなかったとはいえ、こうして自分には慕ってくれる、これから辺境で暮らす自分にとって王都に住む彼らがいるという事は心強い。


 サヴァイヴが心が温かくなるような気分で大理石でできた広い廊下を歩いていると、普段はここで見ない人物が目の前にいた。彼女は、どこかから逃げて来たかのように肩を上下させ息を荒げている。

 流れるような銀の髪。潤んだ輝く瞳は今は目を閉じているため見えないが、それがどれほど美しく煌めくのかよく知っていた。

「イヴォンヌ……」

 彼女が王子の婚約者になったと聞かされて来て以来、声にする事がなかった名前が音となり彼女の耳に届いたようだ。

「サヴァイヴ様……」

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