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憂いの美女と恐怖の野獣②
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「サヴァイヴ様……、入学してから半年。随分とモテるようになりましたねぇ……」
大きなため息と一緒に、嫌味を言われる。敢えてぼっちゃんと呼ばない辺り、意地悪だとそっぽを向いた。
「……うるさい、クロヴィス」
すでに、彼と接した少年たちに毎日のように囲まれているサヴァイヴには、一向に少女の姿が影すら見えない。これでは卒業までに妻を見つける事など不可能ではないかと彼自身の悩みの種でもある。
だが、サヴァイヴは積極的に妻を見つける気はなかった。
クロヴィスがお膳立てする家からの見合いでも、学生だけでなく外で会う事もある少女たちは顔を青ざめて震えている。平静を装っていても、どう見ても怖い顔つきであり、彼女たちの好む、そう、例えば第四王子のような優しくスマートな男ではないため、嫌々その場に来ている事が透けて見えるのだ。
そうなると、どんどん彼の悪い噂が少女たちや社交界に広がってしまう。
何もしておらず挨拶しただけで、悲鳴をあげられ「恐ろしい人」だと噂されてしまえば、どう挽回しろというのか。
「まあ、あと二年ほどありますし……」
「……」
すでに唯一、妻にしたかった少女は遠くに行ってしまった。ごくまれに、別校舎にいる彼女を遠くに見かける事はあるが、それだけだ。
騎士の校舎にすら、彼女の美しさや洗練された所作、そして、女子生徒のなかでもトップクラスの頭の良さ、そして優しくとても慕われており誰もが王子妃として相応しいと口々に言っている等、彼女の名声が届いているのだ。
ぼんやりと、幼かった頃の仲の良かった彼女の姿と、儚げでとても美しくなった彼女の姿がぐるぐるサヴァイヴの頭と心に浮かんでは消えていく。
「次の休みには子爵家の次女とのお見合いですからね。しっかり者で家の事も積極的にしていると評判らしいです。ぼうっとしている今の姿は、普段見なれている俺ですら怖いんですよ? わかってるんですか? 少年たちに好かれようとしたりせず、肝心の女の子に好かれるよう笑顔でも練習してくださいっ!」
「別に男に好かれようとしていない……」
力なく反論するが、ギロリとクロヴィスににらまれ、次のお見合いに対して長ーいため息を吐くのであった。
※※※※
「あ、あの……」
頬を青白く染めて、手を口にして震える声で正面に座る少女を見下ろす。
大きなサヴァイヴは、セッティングされたおしゃれなカフェの小さな(普通サイズの)椅子に座っていて居心地が悪い。丸く白いテーブルクロスを掛けられ中央には綺麗に生けられた華やかな花をあしらい、美味しそうなケーキと、香り高い紅茶が置かれていた。
だが、指すらカップにかけず、可愛らしく気が強いとクロヴィスが言っていた彼女になんと言おうか悩み、自然と眉間にしわが寄ってしまった。
「ひぅっ! もももも、もうしわけ、ござ、ごじゃいましぇん……!」
途端に、正面の少女は目尻に涙を貯めて、無作法だが顔を下に向け謝り始めた。
「あ、あの……、すまない……」
意図せず怖がらせてしまったかと、声をかけたものの、その声すら体の奥底に響くような低い声だ。少女はますます恐縮し、肩が震えている。
実は、停戦したとはいえ、先の戦で沢山の命が散り片腕などを失い後遺症が出来たりした人物も多く、また、辺境の彼らが何人も死に絶えたため、彼と婚姻を敬遠する家が多い。
こうして、実際に令嬢と会う事が叶う見合いはほとんどなかった。
すでに、良家の子女には婚約者がおり、サヴァイヴに相対する少女は、家が困窮したり、本人になにか問題があったりする事情がある。
会えたとしても次の約束など夢のまた夢であり、現在のところ連敗中であった。
社交界でも、顔見知りになった少年たちに囲まれ、決まった相手のいない異性とはダンスすら出来ずに徒労に終わる。
「……、無理せずともよい。そちらからは断れないだろうから、こちらから断っておく……」
結局まともに会話すら出来ず、彼女が、断れない見合い話のために、家の命令か困窮などの事情でなんとかやって来た事がわかると、こう伝えた。慌てふためきながらもほっとする彼女たちに別れを告げてその場を去る。
ここで気の利いた事が言えれば、まだ結果は違ったかもしれない。だが、まともに女性と付き合った事も、イヴォンヌ以外の少女と気安く話しをした事もない彼にとって、こういう態度が精一杯であった。
「……今日もクロヴィスに嫌味を言われるのか……」
寮に戻る道すがら、ため息を吐く姿は、すれ違う大人すら一瞬びくっとなる。子供に出くわそうものなら大泣きされる、そんな街中を気楽に歩く事すら出来ない。
内面はまだ17歳にもなっていないサヴァイヴは、ただでさえ失恋で落ち込んでいるというのに、今日も今日とて心の繊細な一部に傷を負うのであった。
大きなため息と一緒に、嫌味を言われる。敢えてぼっちゃんと呼ばない辺り、意地悪だとそっぽを向いた。
「……うるさい、クロヴィス」
すでに、彼と接した少年たちに毎日のように囲まれているサヴァイヴには、一向に少女の姿が影すら見えない。これでは卒業までに妻を見つける事など不可能ではないかと彼自身の悩みの種でもある。
だが、サヴァイヴは積極的に妻を見つける気はなかった。
クロヴィスがお膳立てする家からの見合いでも、学生だけでなく外で会う事もある少女たちは顔を青ざめて震えている。平静を装っていても、どう見ても怖い顔つきであり、彼女たちの好む、そう、例えば第四王子のような優しくスマートな男ではないため、嫌々その場に来ている事が透けて見えるのだ。
そうなると、どんどん彼の悪い噂が少女たちや社交界に広がってしまう。
何もしておらず挨拶しただけで、悲鳴をあげられ「恐ろしい人」だと噂されてしまえば、どう挽回しろというのか。
「まあ、あと二年ほどありますし……」
「……」
すでに唯一、妻にしたかった少女は遠くに行ってしまった。ごくまれに、別校舎にいる彼女を遠くに見かける事はあるが、それだけだ。
騎士の校舎にすら、彼女の美しさや洗練された所作、そして、女子生徒のなかでもトップクラスの頭の良さ、そして優しくとても慕われており誰もが王子妃として相応しいと口々に言っている等、彼女の名声が届いているのだ。
ぼんやりと、幼かった頃の仲の良かった彼女の姿と、儚げでとても美しくなった彼女の姿がぐるぐるサヴァイヴの頭と心に浮かんでは消えていく。
「次の休みには子爵家の次女とのお見合いですからね。しっかり者で家の事も積極的にしていると評判らしいです。ぼうっとしている今の姿は、普段見なれている俺ですら怖いんですよ? わかってるんですか? 少年たちに好かれようとしたりせず、肝心の女の子に好かれるよう笑顔でも練習してくださいっ!」
「別に男に好かれようとしていない……」
力なく反論するが、ギロリとクロヴィスににらまれ、次のお見合いに対して長ーいため息を吐くのであった。
※※※※
「あ、あの……」
頬を青白く染めて、手を口にして震える声で正面に座る少女を見下ろす。
大きなサヴァイヴは、セッティングされたおしゃれなカフェの小さな(普通サイズの)椅子に座っていて居心地が悪い。丸く白いテーブルクロスを掛けられ中央には綺麗に生けられた華やかな花をあしらい、美味しそうなケーキと、香り高い紅茶が置かれていた。
だが、指すらカップにかけず、可愛らしく気が強いとクロヴィスが言っていた彼女になんと言おうか悩み、自然と眉間にしわが寄ってしまった。
「ひぅっ! もももも、もうしわけ、ござ、ごじゃいましぇん……!」
途端に、正面の少女は目尻に涙を貯めて、無作法だが顔を下に向け謝り始めた。
「あ、あの……、すまない……」
意図せず怖がらせてしまったかと、声をかけたものの、その声すら体の奥底に響くような低い声だ。少女はますます恐縮し、肩が震えている。
実は、停戦したとはいえ、先の戦で沢山の命が散り片腕などを失い後遺症が出来たりした人物も多く、また、辺境の彼らが何人も死に絶えたため、彼と婚姻を敬遠する家が多い。
こうして、実際に令嬢と会う事が叶う見合いはほとんどなかった。
すでに、良家の子女には婚約者がおり、サヴァイヴに相対する少女は、家が困窮したり、本人になにか問題があったりする事情がある。
会えたとしても次の約束など夢のまた夢であり、現在のところ連敗中であった。
社交界でも、顔見知りになった少年たちに囲まれ、決まった相手のいない異性とはダンスすら出来ずに徒労に終わる。
「……、無理せずともよい。そちらからは断れないだろうから、こちらから断っておく……」
結局まともに会話すら出来ず、彼女が、断れない見合い話のために、家の命令か困窮などの事情でなんとかやって来た事がわかると、こう伝えた。慌てふためきながらもほっとする彼女たちに別れを告げてその場を去る。
ここで気の利いた事が言えれば、まだ結果は違ったかもしれない。だが、まともに女性と付き合った事も、イヴォンヌ以外の少女と気安く話しをした事もない彼にとって、こういう態度が精一杯であった。
「……今日もクロヴィスに嫌味を言われるのか……」
寮に戻る道すがら、ため息を吐く姿は、すれ違う大人すら一瞬びくっとなる。子供に出くわそうものなら大泣きされる、そんな街中を気楽に歩く事すら出来ない。
内面はまだ17歳にもなっていないサヴァイヴは、ただでさえ失恋で落ち込んでいるというのに、今日も今日とて心の繊細な一部に傷を負うのであった。
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