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初恋のあなたとわたくし④
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家につくと、母が帰っており、真夜中ではあるものの無事に帰って来た事にあからさまにホッとされた。父はまだ仕事もあるようで帰っていない。
「お母様、ただいま戻りました」
「お帰りなさい。疲れたでしょう? ふふふ、一対のようなあなたたちの姿も、仲の良さも皆様とても感嘆されていて好評だったわよ?」
「ふふふ、殿下だからこそ、ですわね。勿体ないほど大切にしていただいています」
「王族の一員は色々大変だからどうかと思ったのだけれど、殿下ならあなたを守ってくれそうね」
「ええ」
ソフィアは、イヴォンヌの気持ちを慮りツキリと胸を痛めた。だが、彼女もとうに壊れてしまった報われない苦しい片想いを拗らせるよりは、大切に愛してくれる男の人とこれから愛し合えるほうがいいと思っている。
ただ、一日も早く、敬愛するイヴォンヌの気持ちが整理される事を祈りながら、眠る支度を手伝うのであった。
「ソフィアも疲れたでしょう? 後の事は自分でするから休んで?」
「でも、お嬢様……」
「お願い……。ちょっと一人にして欲しいの」
「……かしこまりました」
ソフィアは、一礼すると、何度も寂しそうに見えるイヴォンヌを振り返り、扉から出て行った。パタンと大きな扉が、その重さを感じさせないように閉まる。
イヴォンヌは、薄手のワンピースタイプの寝着のまま、バルコニーに出た。ほぅっと大きな満月を一人で見上げる。
小さな唇から、辺境に伝わる恋の歌が紡ぎ出された。
静寂が閉めるその場所に、彼女のか細く美しい音色が響き渡る。警護の担当者や、まだ起きて仕事をしている者たちの耳に、彼らの疲れた心に、彼女の祈るような感謝の気持ちが届いて癒した。
「フラット……」
ずっと片恋をしていた彼の顔が、徐々にぼんやりしていくのも感じている。それに反比例するように大きくなっていく、自分だけを尊重し愛してくれる彼の言葉を思い出していた。
※※※※
『やあ、久しぶりだね』
あれ以来、初めて会った場所に彼の従者に案内されるごとに、友達になったフラットと遊んだ。時に、サヴァイヴの事を自慢し、戦争が怖く悲しく、心配だと肩を落として地面を見つめた。
友人である彼は、そんな彼女に寄り添い、時に一緒に悲しみ、時に励まし、そして、時に笑ってくれた。
優しい少年は、兄を尊敬しており、いずれ兄の統治を支えるために日々辛い勉強をこなしていた。いくら意気込みが強くとも疲れる時があり、そんな彼にとっても、時々ではあるものの、イヴォンヌと飾らないやり取りをする時間は楽しく、そして宝物のように感じていた。
『え? じゃあ、いつも言っていた彼とは?』
『ええ。お父さまもお母さまもこれ以上は待っていてもしょうがないから諦めなさいって……。ふふふ。最後にね、そっぽ向かれちゃったし、わたくしを好きになってくれるなんて無理だった……。そりゃ、友達として、幼馴染として好きでいてくれるとは思っていたんだけれど……』
『そいつは見る眼がないねぇ……』
『ふふふ、一応、侯爵家の娘だしね?』
『そうじゃなくて。君自身の素晴らしさや優しさとかさ。何よりもずっと一途に自分を好いてくれる子を突き放すなんて』
『でも、気持ちはどうにもならないから……。それに、戦争に近い場所でしょう? お父さまとお母さまが危険だから心配する気持ちもわかるし……』
しょんぼり下を見つめて、まるで自分に言い聞かせているような友達の横顔を、フラットはじっと見つめる。
『そっか……。ねぇ、イヴ、って呼んでいい? あと、二人きりのときはフラットって呼んでくれる?』
『うん。いいけれど、なんで?』
『うーん、仲良しの印、かなあ? 僕の前で泣くのをこらえなくってもいいよ? だって友達だろう?』
『フラット……』
少し背の高いフラットが、まだ細い腕を広げてイヴォンヌを抱きしめた。胸に彼女の顔を隠すようにそっと頭を撫でる。
『……ずっと、好きだったの……』
『うん』
『誰よりも一生懸命で、明るくて、いつまでも子供っぽくって……』
『うん』
『ひっく……! ちっとも私の気持ちなんてわかってくれなくって……うう……』
『うん……』
『なんで……、どうして、ぇ! 戦争なん、て、きらいっ! せ、戦争さえなかった、ら、ってぇ……ひっくひっく』
『うん……』
『ここ数年、会っても素っ気なくって……、側にさえ、いさせて、くれないし……。と、友達とだけ、楽しそうに、わ、笑って……』
『うん……』
『て、手紙も、ないし……、背中をむけ、られて……! 待ってた、のに、ずっと、私を見てくれる日がくるって、まってたのに!』
『うん……』
『きらいっ! きらいよ……、だい……、きらぃ……。ヴァイスも、戦争も! でも、はっきり拒絶されるのが怖くて聞けなくて……。いつかきっとって見ていただけの……、彼を振り向かせられなかった意気地のない弱い自分が、一番、きらい!』
頬に流れる涙は唇から顎に伝い、そしてぽたぽたと落ちていく。
『嫌いなんて言わないで……』
『うぅー』
『好きだよ、イヴが嫌いでも、僕がイヴを好きだよ……』
『う、うう……、あり、あ、ありがと、う、うぅ……』
『僕らはともだちだろう? 好きだよ……』
優しい友達は、泣きじゃくる彼女をずっと慰めてくれたのであった。
※※※※
それから程なくして、王家から正式に婚約の打診があった。彼とならきっと、温かい家族を築く事が出来る。どちらにせよ断れない。チクリチクリ、ズキズキとサヴァイヴの面影を思い出す度に痛む胸の傷は、いつも温かく接してくれるフラットと過ごすうちに少しずつ癒えていったのだった。
「お母様、ただいま戻りました」
「お帰りなさい。疲れたでしょう? ふふふ、一対のようなあなたたちの姿も、仲の良さも皆様とても感嘆されていて好評だったわよ?」
「ふふふ、殿下だからこそ、ですわね。勿体ないほど大切にしていただいています」
「王族の一員は色々大変だからどうかと思ったのだけれど、殿下ならあなたを守ってくれそうね」
「ええ」
ソフィアは、イヴォンヌの気持ちを慮りツキリと胸を痛めた。だが、彼女もとうに壊れてしまった報われない苦しい片想いを拗らせるよりは、大切に愛してくれる男の人とこれから愛し合えるほうがいいと思っている。
ただ、一日も早く、敬愛するイヴォンヌの気持ちが整理される事を祈りながら、眠る支度を手伝うのであった。
「ソフィアも疲れたでしょう? 後の事は自分でするから休んで?」
「でも、お嬢様……」
「お願い……。ちょっと一人にして欲しいの」
「……かしこまりました」
ソフィアは、一礼すると、何度も寂しそうに見えるイヴォンヌを振り返り、扉から出て行った。パタンと大きな扉が、その重さを感じさせないように閉まる。
イヴォンヌは、薄手のワンピースタイプの寝着のまま、バルコニーに出た。ほぅっと大きな満月を一人で見上げる。
小さな唇から、辺境に伝わる恋の歌が紡ぎ出された。
静寂が閉めるその場所に、彼女のか細く美しい音色が響き渡る。警護の担当者や、まだ起きて仕事をしている者たちの耳に、彼らの疲れた心に、彼女の祈るような感謝の気持ちが届いて癒した。
「フラット……」
ずっと片恋をしていた彼の顔が、徐々にぼんやりしていくのも感じている。それに反比例するように大きくなっていく、自分だけを尊重し愛してくれる彼の言葉を思い出していた。
※※※※
『やあ、久しぶりだね』
あれ以来、初めて会った場所に彼の従者に案内されるごとに、友達になったフラットと遊んだ。時に、サヴァイヴの事を自慢し、戦争が怖く悲しく、心配だと肩を落として地面を見つめた。
友人である彼は、そんな彼女に寄り添い、時に一緒に悲しみ、時に励まし、そして、時に笑ってくれた。
優しい少年は、兄を尊敬しており、いずれ兄の統治を支えるために日々辛い勉強をこなしていた。いくら意気込みが強くとも疲れる時があり、そんな彼にとっても、時々ではあるものの、イヴォンヌと飾らないやり取りをする時間は楽しく、そして宝物のように感じていた。
『え? じゃあ、いつも言っていた彼とは?』
『ええ。お父さまもお母さまもこれ以上は待っていてもしょうがないから諦めなさいって……。ふふふ。最後にね、そっぽ向かれちゃったし、わたくしを好きになってくれるなんて無理だった……。そりゃ、友達として、幼馴染として好きでいてくれるとは思っていたんだけれど……』
『そいつは見る眼がないねぇ……』
『ふふふ、一応、侯爵家の娘だしね?』
『そうじゃなくて。君自身の素晴らしさや優しさとかさ。何よりもずっと一途に自分を好いてくれる子を突き放すなんて』
『でも、気持ちはどうにもならないから……。それに、戦争に近い場所でしょう? お父さまとお母さまが危険だから心配する気持ちもわかるし……』
しょんぼり下を見つめて、まるで自分に言い聞かせているような友達の横顔を、フラットはじっと見つめる。
『そっか……。ねぇ、イヴ、って呼んでいい? あと、二人きりのときはフラットって呼んでくれる?』
『うん。いいけれど、なんで?』
『うーん、仲良しの印、かなあ? 僕の前で泣くのをこらえなくってもいいよ? だって友達だろう?』
『フラット……』
少し背の高いフラットが、まだ細い腕を広げてイヴォンヌを抱きしめた。胸に彼女の顔を隠すようにそっと頭を撫でる。
『……ずっと、好きだったの……』
『うん』
『誰よりも一生懸命で、明るくて、いつまでも子供っぽくって……』
『うん』
『ひっく……! ちっとも私の気持ちなんてわかってくれなくって……うう……』
『うん……』
『なんで……、どうして、ぇ! 戦争なん、て、きらいっ! せ、戦争さえなかった、ら、ってぇ……ひっくひっく』
『うん……』
『ここ数年、会っても素っ気なくって……、側にさえ、いさせて、くれないし……。と、友達とだけ、楽しそうに、わ、笑って……』
『うん……』
『て、手紙も、ないし……、背中をむけ、られて……! 待ってた、のに、ずっと、私を見てくれる日がくるって、まってたのに!』
『うん……』
『きらいっ! きらいよ……、だい……、きらぃ……。ヴァイスも、戦争も! でも、はっきり拒絶されるのが怖くて聞けなくて……。いつかきっとって見ていただけの……、彼を振り向かせられなかった意気地のない弱い自分が、一番、きらい!』
頬に流れる涙は唇から顎に伝い、そしてぽたぽたと落ちていく。
『嫌いなんて言わないで……』
『うぅー』
『好きだよ、イヴが嫌いでも、僕がイヴを好きだよ……』
『う、うう……、あり、あ、ありがと、う、うぅ……』
『僕らはともだちだろう? 好きだよ……』
優しい友達は、泣きじゃくる彼女をずっと慰めてくれたのであった。
※※※※
それから程なくして、王家から正式に婚約の打診があった。彼とならきっと、温かい家族を築く事が出来る。どちらにせよ断れない。チクリチクリ、ズキズキとサヴァイヴの面影を思い出す度に痛む胸の傷は、いつも温かく接してくれるフラットと過ごすうちに少しずつ癒えていったのだった。
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