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儚げ美女と野獣①
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秋の風が涼しい。ここはとても平和だ。こうしている間にも、辺境の男たちは戦っているというのに。
綺麗に磨き上げられた大理石の廊下をコツコツ小気味のよい靴音が鳴っている。廊下は十分に広いが、その人物がいるだけで狭く感じてしまう。
190センチはあろうかというほどの巨漢は、オーダーメイドの制服を着ているが窮屈そうに見える。ジャケット越しにもわかる、盛り上がった四肢と胸元の筋肉は、どんなものも軽々と抱え上げられるだろう。
右頬に3センチほどの切り傷のあとがあり、目は鋭い。肉厚の唇はきゅっと一文字に引き締められて、ひとつひとつのパーツも大きいがバランスよく配置されている。
日に焼けた浅黒い肌は健康的で、毎日のように太陽の日差しを浴びているのだろう。整えているが手入れがなされていない髪も焼けており、ややパサついている。首の後ろで一つ括りにしており、肩甲骨のしたくらいまでまるで、ふかふかにみえる硬いしっぽのように、毛先を跳ねさせながら垂れ下がっていた。
まるで、野生の獣のような収まりの悪い髪をなびかせて、敵国の兵士と戦う時に扱う武器は、大振りの大剣である。普通の令息なら、持ち上げられないか持ち上げるのがやっとのそれを、まるで羽ペンのように扱い、敵を切るというよりも叩きつけて押しつぶすといったほうがいいだろう。
乱戦になるともう一本の腰に付けた通常よりやや大きな長剣に持ち替える事もあるが、彼の勇姿はここ王都にまで届いており、ひそかに野獣と言われ嘲笑されていた。
辺境の者が毎日血と泥と汗にまみれているから王都が平和でいられるというのに、野生の獣、田舎者と、あからさまに嘲笑されていたが意に介さなかった。
それは彼に対する畏怖の表れと、小さな彼らのプライドを守るためのうるさい羽音でしかない。
もうすぐ卒業だ。それが終われば、辺境に帰り必要最低限以外で、この息すら難しく煩わしい王都に来ることはない。
彼にとって、一番辛い事は小さな虫の声ではない。それよりももっと受け止める事のできない事情が王都にはあったからに他ならなかった。
コツ、と足音が唐突に止まった。
彼の目の前で、まだまだ暑い日差しを浴びてキラキラと輝きを見せる銀の髪は流れをつくる光の川のようだ。その人物は、どこからか急いでそこにたどり着いたのだろうか。息を荒げて壁に手をつき呼吸を整えながら悲し気に眉を下げていた。
男が軽く彼女の肩を叩けば、たちまち倒れそうな雰囲気のある彼女の事を彼はよく知っていた。
ドキンと、大きな胸の中で小さな心臓が跳ねる。結んでいた唇は少し隙間を作り、鋭い目が見開くと同時に、その中には嬉しさと、そして、優しくあるが悲しい彼の気持ちが宿っていた。
「イヴォンヌ……」
呟いたつもりはなかっただろう彼の発した一言は、他に誰もいないシーンと静まり返った冷たい壁に跳ね返り、銀の髪の儚げな少女と女性の合間の彼女の耳に届いたようだ。
びくりと細く小さな肩が揺れる。
はっと、すべらかな銀の流れを作りながら男を見上げた彼女のライトグリーンの瞳は、透明で澄んだ膜が張られていた。
「サヴァイヴ様……」
サヴァイヴと呼ばれた男は、涙で瞳を潤ませている彼女の悲しみを誰よりも分かっていた。
綺麗に磨き上げられた大理石の廊下をコツコツ小気味のよい靴音が鳴っている。廊下は十分に広いが、その人物がいるだけで狭く感じてしまう。
190センチはあろうかというほどの巨漢は、オーダーメイドの制服を着ているが窮屈そうに見える。ジャケット越しにもわかる、盛り上がった四肢と胸元の筋肉は、どんなものも軽々と抱え上げられるだろう。
右頬に3センチほどの切り傷のあとがあり、目は鋭い。肉厚の唇はきゅっと一文字に引き締められて、ひとつひとつのパーツも大きいがバランスよく配置されている。
日に焼けた浅黒い肌は健康的で、毎日のように太陽の日差しを浴びているのだろう。整えているが手入れがなされていない髪も焼けており、ややパサついている。首の後ろで一つ括りにしており、肩甲骨のしたくらいまでまるで、ふかふかにみえる硬いしっぽのように、毛先を跳ねさせながら垂れ下がっていた。
まるで、野生の獣のような収まりの悪い髪をなびかせて、敵国の兵士と戦う時に扱う武器は、大振りの大剣である。普通の令息なら、持ち上げられないか持ち上げるのがやっとのそれを、まるで羽ペンのように扱い、敵を切るというよりも叩きつけて押しつぶすといったほうがいいだろう。
乱戦になるともう一本の腰に付けた通常よりやや大きな長剣に持ち替える事もあるが、彼の勇姿はここ王都にまで届いており、ひそかに野獣と言われ嘲笑されていた。
辺境の者が毎日血と泥と汗にまみれているから王都が平和でいられるというのに、野生の獣、田舎者と、あからさまに嘲笑されていたが意に介さなかった。
それは彼に対する畏怖の表れと、小さな彼らのプライドを守るためのうるさい羽音でしかない。
もうすぐ卒業だ。それが終われば、辺境に帰り必要最低限以外で、この息すら難しく煩わしい王都に来ることはない。
彼にとって、一番辛い事は小さな虫の声ではない。それよりももっと受け止める事のできない事情が王都にはあったからに他ならなかった。
コツ、と足音が唐突に止まった。
彼の目の前で、まだまだ暑い日差しを浴びてキラキラと輝きを見せる銀の髪は流れをつくる光の川のようだ。その人物は、どこからか急いでそこにたどり着いたのだろうか。息を荒げて壁に手をつき呼吸を整えながら悲し気に眉を下げていた。
男が軽く彼女の肩を叩けば、たちまち倒れそうな雰囲気のある彼女の事を彼はよく知っていた。
ドキンと、大きな胸の中で小さな心臓が跳ねる。結んでいた唇は少し隙間を作り、鋭い目が見開くと同時に、その中には嬉しさと、そして、優しくあるが悲しい彼の気持ちが宿っていた。
「イヴォンヌ……」
呟いたつもりはなかっただろう彼の発した一言は、他に誰もいないシーンと静まり返った冷たい壁に跳ね返り、銀の髪の儚げな少女と女性の合間の彼女の耳に届いたようだ。
びくりと細く小さな肩が揺れる。
はっと、すべらかな銀の流れを作りながら男を見上げた彼女のライトグリーンの瞳は、透明で澄んだ膜が張られていた。
「サヴァイヴ様……」
サヴァイヴと呼ばれた男は、涙で瞳を潤ませている彼女の悲しみを誰よりも分かっていた。
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