上 下
17 / 23

11 聖女様がしおりを預かると仰って、俺の手元になかったんだ

しおりを挟む
 自慢ではないが、実は、私は前世で彼氏がいたことがある。そう、高校の時に3日だけ。なんか違うと3日目の朝いちばんでフラれた。向こうから告白してきたくせに。

 なので、こういうことは初めてだ。目の前には、イケメンが笑顔でシャーベットを早く食べてと言わんばかりに微笑んでいる。マジかっこいい。

 どうする? こういう時、どうしたらいいの?

 彼は、「あーん、冷たくておいしっ! ボウウ様も食べて♡ はい、あーん♡」という、都市伝説にも似たアレを期待してそうだ。しかし、私はそういうのはノーセンキュー。

 ほとほと困り果てて、キョロキョロ視線を移動させても、ここにいるのは私たちふたりだけ。そうこうしているうちに、シャーベットが溶けだして、フルーツフォークから落ちそうになった。

 あ、もったいないっ!

 お残し厳禁。食べ物を粗末にしちゃいけません。これが骨の髄まで染み込んだ私は、思わずそれをぱくりと口に入れた。

 ひんやり、周囲がどろりと溶け出しているものの、シャリッとした食感が残っているスイカは、文句なく美味しかった。糖度は12くらいの、一番おいしい時期のものに違いない。

「美味しい……」

 今の状況は不本意だけれども、スイカとメロン農家の人が丹精こめたこれらを、ありがたく頂戴しようと思った。だが、これほどの量をひとりで食べられない。5つ目くらいで、キーンと鼻の頭と米神と胃が痛くなるだろうし。

「あの、ボウウ様。お店のスタッフさんが、カトラリーの準備を間違えたようですわね」

 私は、このシチュがわからない天然を装った。こうなったら、きゅるんと小首をかしげて、かわいらしく行ってみてやれと、顎に両手の拳を当てて上目遣いに彼を見る。

 すると、ボウウ様がフリーズした。手から、唯一のフルーツフォークがカランと床に落ちる。

「まあ、大変。今すぐ、ふたりぶんのカトラリーを持ってきてもらいますわねっ!」

 私は、大慌てでテーブルの上の、前世のファミレスでよく見かけた丸いベルを押した。静かになり出したのは、ポテト♪ポテト♪というような軽快なBGMではなく、小鳥のさえずりのような、癒しの効果がある音だった。

 やってきたスタッフに、カトラリーをふたりぶん頼むと、今度は取り皿とフルーツフォークがふたつづつ持ってきてくれた。

 ボウウ様は、私にあーんが出来ただけで満足してくれたのか、それ以降は大人しく私が小皿に取り分けたシャーベットボールを食べてくれたのである。

「そうだ、キヨク。しおりを返すよ」
「まあ、このしおりは……」

 そういえば、今日の目的は、彼が偶然にも図書館の本から見つけた、私のしおりを返却することだった。返してもらったしおりには、アサガオとガラスの風鈴が描かれている。この世界には、アサガオや風鈴はない。それは、前世の記憶を頼りに、私が描いたものだ。

 そのしおりは、私が魔法と力学を融合した専門書を読むときに使用していたものだ。小難しい論文が掲載されていて、専門外のそれを、騎士である彼が読んだのかとびっくりする。

「実は、キヨクが読んでいた本は、あまり読めていなかったんだ。その、本当に聖女様がらみのトラブルが頻発していて、その本を読むのが精いっぱいだったんだ。だから、キヨクが読んでいた本の内容を、女性であるタンシ聖女様に教えて貰っていて。だから、その。全部読んだなんて、嘘をついてすまない」
「そうでしたの……」

 申し訳なさそうに、嘘をついたことを謝罪するボウウ様に、「いえいえ。私が読んでいた本を全部読まれていたことが、物凄く嫌でキモチワルイと思っていただけで。その程度なら全然平気ですよ」と、返しそうになったが口を閉ざした。

「あと、しおりなんだが、本当はすぐに返すつもりだったんだ。だけど、そのしおりのイラストを、聖女様がいたく気に入られて、聖女様がしおりを預かると仰って、俺の手元になかったんだ。忙しすぎて、聖女様はしおりのことを失念していたようだが、なんでも、ひとくぎりついてこれから暇になるから、俺が妻にしおりを返したいと申し出たら、しおりを返すからキヨクと話をしたいと仰られて……」
「そう、だったんですね」

 なんだ、完全にストーカーとか勘違いしていただけか。だったら問題ないじゃない。

 ボウウ様=変態だと決めつけていた自分を反省した。彼は、少々個性的な趣味嗜好がある普通(?)くらいの青年だったのだ。
 もともと彼の好みはヒロインだし。たん呼びも、まあ推し活の人たちだと思えば、ギリ許容範囲内だ。完璧な人っていないから、もしいたらそれは人間じゃない何かだろうし。騎士として優秀で、真面目で誠実。しかもイケメン。結婚相手として、これほどの人材はいないだろう。

 夜の設定という大問題が残っているけど、一緒にいるだけで憂鬱で重かった心が少し軽くなった。

「キヨク、俺の妻として、今後は殿下や聖女様とも関わりが多少ある。それとは別に、おふたりともとても良い方なんだ。だから、近々おふたりに紹介していいだろうか?」

 私は、ボウウ様のことを偏見で見ていたことに気づいたことに頭がいっぱいで、なぜ聖女様が、私の書いたへたくそなアサガオと風鈴のしおりを彼から取り上げたのかをあまり気にしなかった。ゲームのヒロインとメインヒーローとお話もしてみたいし、彼の提案を受けることにしたのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界に転生したら、最恐騎士に追われ愛でられる

中村湊
恋愛
R18乙女ゲーム【聖杯の乙女】の世界に転生したことにある日の出来事を境に気が付いたメイ。悪役令嬢と仲良くなってしまい、彼女の破滅ルートを回避しようとしていたら……ゲームでは忌み嫌われ、嫌がらせなどをしていた兄に溺愛される。 悪役令嬢・フォンテーヌも、男爵令嬢のメイ(主人公)を守ろうと必死になったり。フォンテーヌの婚約者の王子も生ぬるい視線で、温かく?見守り楽しんでいる。 王子の側付き護衛騎士見習いと出逢った日に、メイは彼に異常に気に入れらて……。

憧れだった騎士団長に特別な特訓を受ける女騎士ちゃんのお話

下菊みこと
恋愛
珍しく一切病んでないむっつりヒーロー。 流されるアホの子ヒロイン。 書きたいところだけ書いたSS。 ムーンライトノベルズ 様でも投稿しています。

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?

うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。 濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

〈短編版〉騎士団長との淫らな秘め事~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~

二階堂まや
恋愛
王国の第三王女ルイーセは、女きょうだいばかりの環境で育ったせいで男が苦手であった。そんな彼女は王立騎士団長のウェンデと結婚するが、逞しく威風堂々とした風貌の彼ともどう接したら良いか分からず、遠慮のある関係が続いていた。 そんなある日、ルイーセは森に散歩に行き、ウェンデが放尿している姿を偶然目撃してしまう。そしてそれは、彼女にとって性の目覚めのきっかけとなってしまったのだった。 +性的に目覚めたヒロインを器の大きい旦那様(騎士団長)が全面協力して最終的にらぶえっちするというエロに振り切った作品なので、気軽にお楽しみいただければと思います。

R18 優秀な騎士だけが全裸に見える私が、国を救った英雄の氷の騎士団長を着ぐるみを着て溺愛する理由。

シェルビビ
恋愛
 シャルロッテは幼い時から優秀な騎士たちが全裸に見える。騎士団の凱旋を見た時に何で全裸でお馬さんに乗っているのだろうと疑問に思っていたが、月日が経つと優秀な騎士たちは全裸に見えるものだと納得した。  時は流れ18歳になると優秀な騎士を見分けられることと騎士学校のサポート学科で優秀な成績を残したことから、騎士団の事務員として採用された。給料も良くて一生独身でも生きて行けるくらい充実している就職先は最高の環境。リストラの権限も持つようになった時、国の砦を守った英雄エリオスが全裸に見えなくなる瞬間が多くなっていった。どうやら長年付き合っていた婚約者が、貢物を散々貰ったくせにダメ男の子を妊娠して婚約破棄したらしい。  国の希望であるエリオスはこのままだと騎士団を辞めないといけなくなってしまう。  シャルロッテは、騎士団のファンクラブに入ってエリオスの事を調べていた。  ところがエリオスにストーカーと勘違いされて好かれてしまった。元婚約者の婚約破棄以降、何かがおかしい。  クマのぬいぐるみが好きだと言っていたから、やる気を出させるためにクマの着ぐるみで出勤したら違う方向に元気になってしまった。溺愛することが好きだと聞いていたから、溺愛し返したらなんだか様子がおかしい。

色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました

灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。 恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。

【完結】臥したる龍の獲物とは

airria
恋愛
徐々に 歪に 絡め取られていくー 西の大国、宗。 国の中枢、昴羽宮に務める織部は、女官ながら、式典を取り仕切る太后の直属の部下、典礼司代を務めていた。 6年ぶりの皇太子の帰還を知り、織部は不安を募らせる。 「帰ってくる・・あの方が」 胸に抱えた秘密が疼き出す。

完結 チート悪女に転生したはずが絶倫XL騎士は私に夢中~自分が書いた小説に転生したのに独占されて溺愛に突入~

シェルビビ
恋愛
 男の人と付き合ったことがない私は自分の書いた18禁どすけべ小説の悪女イリナ・ペシャルティに転生した。8歳の頃に記憶を思い出して、小説世界に転生したチート悪女のはずが、ゴリラの神に愛されて前世と同じこいつおもしれえ女枠。私は誰よりも美人で可愛かったはずなのに皆から面白れぇ女扱いされている。  10年間のセックス自粛期間を終え18歳の時、初めて隊長メイベルに出会って何だかんだでセックスする。これからズッコンバッコンするはずが、メイベルにばっかり抱かれている。  一方メイベルは事情があるみたいだがイレナに夢中。  自分の小説世界なのにメイベルの婚約者のトリーチェは訳がありそうで。

処理中です...