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8 ヒジョウ侯爵夫人の秘密のサロン
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彼の突然の恐ろしい豹変に、私だけでなく、両親や同じ部屋にいる皆がびっくりした。
「ボウウ様? あの?」
私は、彼が本気で怒った時の恐ろしさをゲームで知っている。彼ひとりで50人の軍勢(いや、彼なら100人かも)を一刀両断できるほどの実力の持ち主なのだから。彼の剣撃は、まるで1,21ジゴワットもの雷のエネルギー量に相当するほどなのだ。(※2)
それは、一般家庭の一ヶ月前後の電力量を一度に放出するくらいの熱量で、それをくらったら待つのは死あるのみ。
そんな彼の殺気がこもったひっくーい声に、父までひぇっと、昭和のコメディキャラのように、座りながら軽くジャンプした。母は、今にも気を失いそうなほど顔を青ざめて震えている。そんな母を、父がビビりながらも肩を抱き寄せた。
「あ、すまない。ここは訓練場じゃないのに、つい剣気を放ってしまった……義父上、義母上、以後気を付けますのでお許しください」
「いや、だ、大丈夫だ。騎士たるもの、いつだって油断してはならないもの。そのくらいのほうが、娘を守ってもらえると思うと心強い。ただ、今後は控えて欲しいなーなんて」
「勿論です。剣と愛するキヨクに誓って、二度とこの家では剣気を飛ばしません」
「そうか、良かった。いや、私は平気なんだが、これっぽっちも怖くないんだがな。なんせうちには、か弱い妻や娘、使用人たちがいるからな。はははは」
父が、ビビりまくっているから、いつもは部下たちに偉そうにしているのに、ごますりをするジャパニーズ平社員のようだ。
絶対に、父も怖かったにちがいない。だって、「ここからはふたりきりのほうがいいだろう」とカッコつけて言い残して、母と使用人たちをつれて、とっとと逃げたのだから。見事な逃げっぷりは、称賛に値する。
ただ、私を連れて行ってくれなかった事以外は。おいてかないでよー。
「ああ、キヨク。怖がらせてすまない。ただ、結婚を少しでも考えた男がいたなんて、報告を受けていなかったから。学園でも、男子生徒と一緒にいるなんて、課題の時だけだっただろう? イヨウとは、学園の生徒じゃないんだな。どこの何者なんだ?」
「か、彼は……」
どどど、どうしよう。
今、この状態で、彼のほうが好きだの、彼と結婚したかっただの言える勇者が、この世にいるだろうか。いや、いまい。
そんなことを口走れば、イヨウくんのみならず、うちがどうなるのか。
思わず身震いしたんだけど、彼はさっきのことがなかったかのように、また甘い瞳を向けてくる。そして、斜め45度に座り直して、私の両手をそっと包んだ。
「キヨク? 手が冷たい。もしかして、俺がここにいるから、治療後に、無理をしてここにきたのか? 俺としては、すぐに俺のもとに戻ってきてくれたのは嬉しいが、キヨク自身の体調を優先してくれ」
「あ、いえ。これは、もともと冷え性でして。はい……」
「そうか。俺が側にいれば、いつだって温めてあげよう。俺は体温が高いんだ」
さっきのあなたが怖くて、血の気がひいたんですよ、とはとても言えない。
ゲームの運営よ、ヒロインにフラレテから彼が自暴自棄になって死んだなんて、そんな設定嘘でしょう?
自暴自棄になった挙げ句、向かってくる敵を皆殺しにして、各地を占領して暴君になったっていうほうが正しいんじゃないの?
私は、前世のゲーム運営会社にクレームを言いたくなった。こんな風に恐ろしい一面があるだなんて、ゲームでは、一触れられてなかったし。
考えなくても、彼は実力ある騎士なのだから、本気だせば恐ろしいに決まっているんだろうけど、平和そのもので生きてきた私に、これはないわー。
「で、イヨウとは?」
冷え性の話題のまま、今日はもう休むと良いと言われたりして、そのままお別れするなんてことはできなかった。彼にしても、イヨウくんのことを聞かずして帰れないのだろう。
両手を温めるために包んでくれるその手が、ぎゅっと掴んでくる。痛くはないけど、すっと抜け出すことを許さない、そんな力加減で。
私は、イヨウくんを自分の保身のための生贄にはしたくない。彼はこれから古代遺跡の方面で第一人者になるかもしれない人材なのだ。
なので、彼は幼馴染で、単なる友達なんですって真実を力強く説明した。
「そうか。なんだ、俺はてっきり……いや、その男は、かわいい俺の妻を狙っているかもしれない。仮面舞踏会でひとりきりになった既婚女性に、幼馴染の男が言い寄って個室に入り無理やりなど、よくある話だ。そんなこと、絶対に許さん。キヨク、今後はイヨウという悪い虫と会うのは、俺がいるときだけにするんだぞ?」
そのシチュエーションは、まさに3ヶ月前に学園の図書館で読んだ、「ヒジョウ侯爵夫人の秘密のサロン」にあった、既婚女性と愛人の話じゃないか。あんな、他人には読んでいることを知られたくないいかがわしい小説まで、本当に目を通していたのかとげんなりする。
彼が、フィクションを本気で心底心配していることが、なんともいえない気持ちになる。
「は、はい……」
うう、ストーカーな上に、束縛もひどいぃ。
何度も言うけど、私もボウウ様を大好きなら、どんとこい、むしろ捕まえて離さないでぇ♡状態なんだけど、ギッチギチ生活はごめんだ。この世界に、GPSがあったら、いつの間にか取り付けられてそう。
本当なら、めでたい卒業の日で、家族と使用人たちとプチパーティをする予定だったのに、台風直撃のような時間になってしまった。
私は、なにがなんでも彼から離れようと、その日の夜は眠りもせず作戦を考え続けたのだった。
※2
1,21ジゴワット バック・トゥ・ザ・フューチャー好きなんですよ。ネトフリとかで見れる時は、だいたいその都度見てます。ドクが、必要な雷の電力量をそう言ってましたね。デロリアンをタイムトリップさせるために利用した、時計塔のあの雷ほどの激しさだと思っていただければ。
「ボウウ様? あの?」
私は、彼が本気で怒った時の恐ろしさをゲームで知っている。彼ひとりで50人の軍勢(いや、彼なら100人かも)を一刀両断できるほどの実力の持ち主なのだから。彼の剣撃は、まるで1,21ジゴワットもの雷のエネルギー量に相当するほどなのだ。(※2)
それは、一般家庭の一ヶ月前後の電力量を一度に放出するくらいの熱量で、それをくらったら待つのは死あるのみ。
そんな彼の殺気がこもったひっくーい声に、父までひぇっと、昭和のコメディキャラのように、座りながら軽くジャンプした。母は、今にも気を失いそうなほど顔を青ざめて震えている。そんな母を、父がビビりながらも肩を抱き寄せた。
「あ、すまない。ここは訓練場じゃないのに、つい剣気を放ってしまった……義父上、義母上、以後気を付けますのでお許しください」
「いや、だ、大丈夫だ。騎士たるもの、いつだって油断してはならないもの。そのくらいのほうが、娘を守ってもらえると思うと心強い。ただ、今後は控えて欲しいなーなんて」
「勿論です。剣と愛するキヨクに誓って、二度とこの家では剣気を飛ばしません」
「そうか、良かった。いや、私は平気なんだが、これっぽっちも怖くないんだがな。なんせうちには、か弱い妻や娘、使用人たちがいるからな。はははは」
父が、ビビりまくっているから、いつもは部下たちに偉そうにしているのに、ごますりをするジャパニーズ平社員のようだ。
絶対に、父も怖かったにちがいない。だって、「ここからはふたりきりのほうがいいだろう」とカッコつけて言い残して、母と使用人たちをつれて、とっとと逃げたのだから。見事な逃げっぷりは、称賛に値する。
ただ、私を連れて行ってくれなかった事以外は。おいてかないでよー。
「ああ、キヨク。怖がらせてすまない。ただ、結婚を少しでも考えた男がいたなんて、報告を受けていなかったから。学園でも、男子生徒と一緒にいるなんて、課題の時だけだっただろう? イヨウとは、学園の生徒じゃないんだな。どこの何者なんだ?」
「か、彼は……」
どどど、どうしよう。
今、この状態で、彼のほうが好きだの、彼と結婚したかっただの言える勇者が、この世にいるだろうか。いや、いまい。
そんなことを口走れば、イヨウくんのみならず、うちがどうなるのか。
思わず身震いしたんだけど、彼はさっきのことがなかったかのように、また甘い瞳を向けてくる。そして、斜め45度に座り直して、私の両手をそっと包んだ。
「キヨク? 手が冷たい。もしかして、俺がここにいるから、治療後に、無理をしてここにきたのか? 俺としては、すぐに俺のもとに戻ってきてくれたのは嬉しいが、キヨク自身の体調を優先してくれ」
「あ、いえ。これは、もともと冷え性でして。はい……」
「そうか。俺が側にいれば、いつだって温めてあげよう。俺は体温が高いんだ」
さっきのあなたが怖くて、血の気がひいたんですよ、とはとても言えない。
ゲームの運営よ、ヒロインにフラレテから彼が自暴自棄になって死んだなんて、そんな設定嘘でしょう?
自暴自棄になった挙げ句、向かってくる敵を皆殺しにして、各地を占領して暴君になったっていうほうが正しいんじゃないの?
私は、前世のゲーム運営会社にクレームを言いたくなった。こんな風に恐ろしい一面があるだなんて、ゲームでは、一触れられてなかったし。
考えなくても、彼は実力ある騎士なのだから、本気だせば恐ろしいに決まっているんだろうけど、平和そのもので生きてきた私に、これはないわー。
「で、イヨウとは?」
冷え性の話題のまま、今日はもう休むと良いと言われたりして、そのままお別れするなんてことはできなかった。彼にしても、イヨウくんのことを聞かずして帰れないのだろう。
両手を温めるために包んでくれるその手が、ぎゅっと掴んでくる。痛くはないけど、すっと抜け出すことを許さない、そんな力加減で。
私は、イヨウくんを自分の保身のための生贄にはしたくない。彼はこれから古代遺跡の方面で第一人者になるかもしれない人材なのだ。
なので、彼は幼馴染で、単なる友達なんですって真実を力強く説明した。
「そうか。なんだ、俺はてっきり……いや、その男は、かわいい俺の妻を狙っているかもしれない。仮面舞踏会でひとりきりになった既婚女性に、幼馴染の男が言い寄って個室に入り無理やりなど、よくある話だ。そんなこと、絶対に許さん。キヨク、今後はイヨウという悪い虫と会うのは、俺がいるときだけにするんだぞ?」
そのシチュエーションは、まさに3ヶ月前に学園の図書館で読んだ、「ヒジョウ侯爵夫人の秘密のサロン」にあった、既婚女性と愛人の話じゃないか。あんな、他人には読んでいることを知られたくないいかがわしい小説まで、本当に目を通していたのかとげんなりする。
彼が、フィクションを本気で心底心配していることが、なんともいえない気持ちになる。
「は、はい……」
うう、ストーカーな上に、束縛もひどいぃ。
何度も言うけど、私もボウウ様を大好きなら、どんとこい、むしろ捕まえて離さないでぇ♡状態なんだけど、ギッチギチ生活はごめんだ。この世界に、GPSがあったら、いつの間にか取り付けられてそう。
本当なら、めでたい卒業の日で、家族と使用人たちとプチパーティをする予定だったのに、台風直撃のような時間になってしまった。
私は、なにがなんでも彼から離れようと、その日の夜は眠りもせず作戦を考え続けたのだった。
※2
1,21ジゴワット バック・トゥ・ザ・フューチャー好きなんですよ。ネトフリとかで見れる時は、だいたいその都度見てます。ドクが、必要な雷の電力量をそう言ってましたね。デロリアンをタイムトリップさせるために利用した、時計塔のあの雷ほどの激しさだと思っていただければ。
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