完結  R18 転生したら、訳ありイケメン騎士様がプロポーズしてきたので、回避したいと思います

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
5 / 23

30枚ある。これをやるから、今すぐここから出ていけ

しおりを挟む
 いつになく心臓が不快な鼓動を奏でる。手足が冷えて、こんな時なのに、お腹もぎゅるぎゅるしてトイレに行きたくなった。

「……清玖、お父さんはもう怒ったぞ」
「なによ。お、怒ったから追い出すの? お荷物だもんね。いいわよ、追い出してみれば?」

 父の怒りがひしひしと伝わる。なんだかんだで、私と短詩には甘い父で怒られた記憶なんてこれっぽっちもない。だから、余裕が少しあったのだ。このご時世、女の子を放り出すなんて色んな意味で有り得ない。

 絶対に、追い出されるはずなんてない、と。

「ああ、そこまで言うなら、望み通り追い出してやろう」

 だけど、私のそんな甘い考えを、ほかならぬ父がぶった切った。まさか、売り言葉に買い言葉よねと、まだ余裕ぶっていたけど、初めて見る父に、心と連動したかのように、背筋が、体中が、凍り付いてしまう。

「あなた、ちょっと落ち着いて」

 ああ、そうだ。私にはお母さんがいた。そもそも、お母さんが休んだらいいと言ってくれたんだ。だから、ちょっとくらい期限が過ぎても、これからまた頑張れば許してもらえる。

 母の救済の欠片に、私は母にすがるような、祈るような気持ちで顔をあげた。

「俺たちが、いつまでも甘やかすから、この子はいつまでたっても部屋から出ないんだ。いいか、清玖。犯罪も多いし、お前は女の子だから心配で、ここにいさせてやったが……」

 そうだ。だから、追い出すなんて嘘だと、冗談だと言ってと切に願う。だって、父は母には激アマなんだから。おじさんおばさんなのに、私たちの前でも20代かよとうんざりするほどいちゃいちゃしている。そんな父が、母のお願いを却下するなんて今までなかったんだから。

 そう思ったのも束の間で、父が、ポケットから財布を出し、一万円札を何枚か渡してきた。しかも乱暴な手つきで裸のまま。一番上に見えたのが、おもちゃのような新紙幣なのが、さらに私に、父の考えが強固なものだと知らしめているかのようだ。

「30枚ある。これをやるから、今すぐここから出ていけ」

 私は、その30万をぼうっと手に持った。

 父が、右手でドアを指している。小さな頃、大阪のテーマパークで見たモンスターが歌っていたここから出ていけの音共に指をさした、お化けの花嫁のように。(※1)

「お父さん、なんの準備もなしに清玖を追い出すなんて。せめて、住む場所くらいは準備してあげてからでも……」

 母の言葉を聞いて、頭ががつんと叩かれたようだ。住む場所を準備してくれるということは、母も、私をこの家から追い出すのか。

 私は、やっぱり家族にも見放されてしまうようなダメ人間なのだ。はは、と乾いた笑いがでそうになるが、口の中が乾燥しきって舌が一ミリも動かない。

「約束を破って、お父さんやお母さんの上にあぐらをかき続けるような子は、うちの子じゃない。いいか、清玖。渡した金の半分以下で暮らしている同年代の子も、お前よりもずっと年下の子だっている。頑張れば2ヶ月は過ごせるだろう。さあ、何をしている。出ていけ!」

 単なる脅しではなかった。その証拠に、腕をぐっとひっぱられる。握られた手首と肩が痛いがそれを感じたのかどうかすらわからないほどパニックになった。
 体が急にパソコンデスクから離れたから、ヘッドホンがはじけ飛んだ。本体につけていたコードがひっぱられて、高かったゲーミングパソコンの本体が、モニターや付属品と共に勢いよく倒れて落下する。

 バランスをくずしながら玄関に向かう父の跡を追う。掴まれた手首を覆うその手を、私を地獄に放り込もうとする父から離れるために足掻くことすらせずに。

「いいか? きちんと収入を定期的に得られるようになるまで戻ってくるな!」
「そんな、お父さん! 清玖、ほら、あんたもすぐに働くって約束しなさいっ!」
「ちょ、お父さん、ちょ、いくらなんでもやりすぎじゃ。夜も遅いし、危ないじゃん。お姉ちゃんだって考える時間がちょっとはないと」
「お母さんも、短詩も黙ってなさい。明日になれば、ずっとそう思って見守ってきた。この子には劇薬が必要なんだ!」

 油圧式の玄関のドアがゆっくり閉まっていく。私は、そのドアをこじ開けて入りたかったけれど、体が動かなかった。

「おとう、さん。おとうさんっ! ごめんなさい。私、働くから、はたらくから。家に入れてよ!」

 私は、こうなってやっと言葉が出るようになった。

 必死にドアをどんどん叩いて、父に謝罪を繰り返して彼の慈悲に訴えかける声。でも、無常にもドアの上下についた鍵が、上から順番にがちゃり、がちゃりと勢いよく閉まった。



※1
 Gloria GaynorのI Will Survive。ご存じでしょうか。大昔?ですが今も人気の名曲です。ユニモンでフランケンシュタインの花嫁が歌っているものもたくさんご覧いただけますので、ご興味のあるかたは検索してみてくださいませ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...