完結 【R18】結婚指輪を外した夫と、結婚指輪を望む彼

にじくす まさしよ

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18 よくあること

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 最初、ふたりは私に気づかなかった。でも、それほど広くない店舗なのだ。すぐに、私が呆然とふたりを見ている事に気づき、リーマはバツの悪そうな表情をした。トーチさんは、一瞬だけ目を大きく開けたあと、にっこり美しい顔で微笑んで、彼の腕にしがみつく。

「エル、これは違うんだ」

 何が「違う」んだろう。仕事でこういう業務が会ったと言われて、それを信じる妻がどこにいるのか。いたら紹介してもらいたいくらいだった。

「あらら、バレちゃった。リーマ、もう隠す必要はないみたいね。もともと、んでしょ? いいじゃない、よくあることだし。奥様はカナキリ卿と、リーマは私と楽しめば」

 どうして、聞いてもいないのに彼女が偉そうにそんなことを言うのだろう。

 頭がクラクラして、このままここから立ち去りたいのに、足が動いてくれなかった。

「エル、大丈夫か?」

 大丈夫じゃなくさせたのは、他ならぬ目の前で心配そうに駆け寄ってくる人だ。なのに、彼女じゃなくて私の方に来てくれるのかと、心の何処かが喜んでいる。

 もしかしたら、これをきっかけに、あの頃の私だけを大切にしてくれていた彼に戻ってくれるかもという思いと、裏切った彼の姿が悲しくて辛くて、拒否したい気持ちが交差する。

 こんなのは、よくあることなのだ。

 夫が別の女性と一緒にいるなんて。離婚したりすることだって、よくあること。

 でも、世界中の妻が納得していたとしても、私が無理なのだ。狭量な妻だと罵られても、束縛しすぎる女性なんてと糾弾されても、私が嫌だと思う気持ちは確かにここにある。

 どうすれば、リーマと彼女を認めて、他の女性たちのように祝福できるのだろうか。

 そんな方法があっても、そんなの知らないし、知りたくもない。

「ライトさん! ライトさん、しっかりしてくださいっ!」
「ぴぴ!」

 やけに焦ったカナキリさんとピピの声がする。

 あれ? なんだか体が熱い。

「いやあ、なんなの? 一体、この電流はどこからきてるのよ!」
「うわあ、店が、店が!」

 トーチさんの叫び声やドーナツ屋のマスターの悲鳴まで聞こえてきた。

 鼻に、高圧電流によって焦げた色々なものの嫌な臭いが入ってくる。

 ああ、私は小さな頃のように、電流のコントロールができていないのね。早く沈めなきゃ、この辺り一帯が焼け野原になってしまう!

 そう頭では理解した。でも、どうしてだかコントロールできない。

 周囲の物が壊れるけたたましい音、騒ぎを聞きつけて集まってきた人々の恐怖と阿鼻叫喚のざわめきが、遠くで聞こえる。それは、本当に非現実的だった。

「ライトさん! ぐぅ!」
「カナキリさん? 危ないから離れて……」
「あなただけを、残してはいけない」

 カナキリさんがとてもつらそう。心底心配してくれているのがわかる。ちょっとだけ嬉しいけど、今の私は悲しみがさらにましただけだった。
 なぜ、私を抱きしめて心配してくれているのが、リーマじゃないんだろうという思いだけ。

 リーマはどこなんだろうと、うすぼんやりとした景色を見渡す。だけど、どこにもいなかった。

「ライトちゃん!」
「カキョウおばさま……どうしてここに?」
「ピピが、慌てたようすで私のところに来たのよ。胸騒ぎがして、ピピと一緒にここに来たんだけど。何があったの? しっかりして」
「わ、私、わたしぃ……」
「いえ、今はそれどころじゃないわね。落ち着いてコントロールしましょう。ムキ、カナキリさんを連れてここから離れて。あの頃は小さかったからなんとかなったけど、大人になったライトちゃんの力が凄すぎて、私でも抑えられるかどうか……危険だから、早く!」

 いつも微笑んで冷静なカキョウおばさまが、これほど取り乱しているのを見るのは初めてだ。

「……いやだ。僕はカキョウさんと一緒にいるんだ。だって、ずっと一緒って約束したでしょ? カキョウさんが危険な時に一緒にいないなら、僕は生きていたってしょうがない」

 相変わらず、ムキおじさまは、おばさまひとすじだなあ。おばさまが羨ましい。

「私も、ライトさんが苦しんでいるのに離れるなんてできません。ムキさんと絶縁アイテムを着込みますから、ここにいさせてください」
「カナキリさん、おばさまの言う通り離れて……」
「断ります。初めてのデートの時に、あなたから離れて仕事を選んだ時、どれほど後悔したか。今度こそ、私はあなたの側にいます!」
「カナキリさん……」
「他の誰があなたを傷つけようとも、私がいます。私は、あなたを傷つけません。ですから、私まで拒絶しないでください」

 私よりも年上で、とても大きくて、もうすぐ副騎士団長になるというすごい人が、涙を流して私に懇願してくれている。

「話してください。いくら、電流に耐性のあるこの国のひとだからって、危ないですよ」
「あなたをひとりにして悲しませるくらいなら、ちょっとくらい感電してもどうということはありません」

 カナキリさんの大きな手が、私のバチバチ火花をちらしている雷そのもののような手を握る。心配かけまいと笑おうとしているけど、脂汗をかいていた。

 彼は、私がどれほど言っても、この手を話してくれないだろう。彼の手が私の電流によって焦げて使い物にならなくなるかもしれない。

「ライトさん、会って間もない私の言葉など大した意味には感じないかも知れません。ですが、好きなんです。出会ってから、今この瞬間のあなたのことが、本当に愛しくてたまらないんです。すぐに気持ちを向けて欲しいとはいいません。でも、嫌いでなければ、どうかこの手を握ってください」
「カナキリさん、私、そんな、あなたにそんな風に言ってもらえるような人間なんかじゃない……」
「いいえ。私は、今のあなたが好きなんです。どうか、少しずつでいいですから、私のことを信じて、この手を取ってください」

 ぎゅうっと私の手を握りしめたまま離さない彼の手。私は、信じて欲しいという彼の大きなそのこころを、ゆっくりと握り返したのだった。
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