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15 朝日を浴びて輝くふたつの黄金は
しおりを挟む「くそ、せっかくデートしていたのに、お前らのせいでっ! 覚悟はいいですか?」
「ひぃぃ! お、お許しを」
「謝って許されるのなら、騎士団はいらないんですよ!」
あれから、ライトさんを襲った犯罪グループを摘発した。運良く、ナイフを持った男は新入りだったらしく、任務失敗のあとにすぐにアジトに戻ってくれたのだ。
実行犯たちは、いつも、いくつもルートを変えて騎士団の裏をかくように隠れて、騎士団が撤収してから戻っていたのだが。
おかげで、あっという間に全員を捕らえることができた。
逃げ出そうとしたり、罵詈雑言を浴びせたりするやつらもいたが、そいつらには実力で、大人しくするように理解を求める。
「カナキリ卿、もうそのへんで。これ以上は私刑になります」
「だが、こいつらはあろうことか女性たちを誘拐し、あまつさえ、ライトさんを……。死刑が禁止されているのが腹立たしい。こうなったら執行猶予なし、禁錮800年でも生ぬるいです」
「大手柄なのですから、ご夫人も、立派なカナキリ卿の姿に、きっと惚れましたって!」
「デートの最中に、女性ではなく仕事を優先して行ってしまったんですよ? あなたたちのように、フラれるに決まってますっ!」
「ぐあっ! カナキリ卿ひどいです! 俺たちだってフラれたくてフラれたわけじゃないですからね!」
「流れ弾で部下を傷つけないでくださいよ! ほら、この間同じ状況でフラれたやつらが泣きそうになっているじゃないですか!」
「更に追い打ちとかっ! ひでぇ!」
そんなやり取りをしつつ、大勢捕らえたから、仕事が片付いたのは夜中を過ぎたあとだった。
ライトさんに、求婚できたのも運が良かっただけだった。それに、デートは、ピピさまという精霊とフロアのおかげといってもいい。
もう二度と、あんな奇跡はない。彼女に会うことすらできないだろうと、書類の束をじっと見つめる。
「お疲れ様でした。夫人が、デートのことを楽しそうに話しておられましたよ。素晴らしくて楽しかったって。それに、平民騎士の私にも親切で礼節を守っていただけたんです。とても素敵な方ですね。弟のドーナツの店によってくださったんですってね。ご夫人に、カナキリ卿に、弟の本店に連れて行って貰うよう勧めて、デートに誘う口実を作っていますから。ほら、気を取り直して今度こそデートを成功させてくださいね」
「本当か? 私はなんて良い部下を持ったんだ!」
「それにしても、名前で呼ぶことを許されたんですね。良かったじゃないですか。つかみはばっちりですね」
「あ……」
ドサクサに紛れて、名前どころか、フロアのようにニックネームで呼んでしまっている。それに、さっきは緊急時とはいえ、抱きしめて、横抱きにするというセクハラ行為まで。
ふんわりして、小さくて、いい香りがしたなぁ。じゃないっ! しまった……やらかした……
「まさか、許されていないのに、勝手に?」
「うわ、それは減点対象ですよ。いくら、初めて女性とデートするからってありえません」
「これは、俺達の仲間入り決定ですかね?」
部下たちの容赦ない言葉の暴力に、私の心はずたずたに引き裂かれた。
彼女の夫になれたリーマが羨ましい。
ふたりの結婚式で、初めて彼女を見た時から忘れられなかった。どうにかして近づきたい、そう思って、デートをしたのだが、もっと惹かれた。彼女のように優しくてかわいらしい人はいない。絶対に結婚したいと思っていたのに。
解散のあと一睡も出来ずに、もう二度と会うことのない、かわいらしい女性と、抱きしめた時の思い出を胸に、執務室から太陽が昇っていくのをぼんやりとながめていた。
「ん? あれは……」
執務室からは、寮や女性騎士が済んでいる区画が見える。その家の一つから、朝日を浴びて黄金に輝く小さな点が見えた。
ひとつだった黄金がふたつになる。よりそったふたつの影は、やがてひとつになり、しばらく離れなかった。
「まさか、そんな……」
両目とも6.0の無駄に目が良いことが、幸いしたのか、それともこんな場面を見て不幸なのか。
既婚男性の女遊びはよくあることだが、まさか、妻ひとすじで、夫婦仲が良いと評判の男が、その部下とキスをして抱きしめ合っている場面を見て呆然とした。
見たことを、リーマに伝えるのも変な話だ。だが、彼女が知ればきっと、いや、絶対に傷つく。
だが、女遊びをする既婚の男は、妻から飽きられた場合なのだ。夫がまだひとりでデート中にもリーマのことを考えている彼女は、絶対に彼を愛している。
自分でそう思って、じりっと胸が焦げ付く。
フロアに言えば、おそらくは大騒動になるだろう。
誰にも言えず、悶々と過ごしていると、ふてくされたフロアがやってきた。
「本当は渡したくないんだがな」
そう言いながら渡されたのは、彼女の家の、夕食の招待状。
「この間の礼だとさ」
「そ、そうですか!」
デートをすっぽかしたことで、てっきり嫌われたと思っていたが、そうではないらしい。招待状の中に、彼女のかわいらしい直筆の心のこもったお礼や、感謝の気持ちが綴られていた。
「それはそうと、あの女性はいないのか?」
「あの女性?」
「お前と違って、ライトを家まで無事に届けてくれたという騎士だよ! ライトが、美しく聡明で、明るくて優しい完璧な女性だったと繰り返し言ってるんだ。名前は? 年齢は? お、夫はいるのか?」
フロアの気持ちは明白だ。
「ふむ、彼女か。だがなあ、同じ騎士であっても、気軽に教えるわけには」
基本的な情報は別に隠さなくても良い。
「そこをなんとか!」
「いやしかし、そこをなんとかと言われましても困りましたね」
「お願いしますから! カナキリ卿、この通りです!」
全く困らない。が、フリアの本気度が伺える。今の私には、彼の気持ちが痛いほど良く分かり、同志のような気分になった。
教えるのは簡単だ。だがそれではこちらにメリットがあまりない。
私は、悪魔に魂を売ることにした。
部下の情報をフロアに小出しに与える代わりに、ライトさんの情報提供と彼の協力を得ることができたのだった。
「ひぃぃ! お、お許しを」
「謝って許されるのなら、騎士団はいらないんですよ!」
あれから、ライトさんを襲った犯罪グループを摘発した。運良く、ナイフを持った男は新入りだったらしく、任務失敗のあとにすぐにアジトに戻ってくれたのだ。
実行犯たちは、いつも、いくつもルートを変えて騎士団の裏をかくように隠れて、騎士団が撤収してから戻っていたのだが。
おかげで、あっという間に全員を捕らえることができた。
逃げ出そうとしたり、罵詈雑言を浴びせたりするやつらもいたが、そいつらには実力で、大人しくするように理解を求める。
「カナキリ卿、もうそのへんで。これ以上は私刑になります」
「だが、こいつらはあろうことか女性たちを誘拐し、あまつさえ、ライトさんを……。死刑が禁止されているのが腹立たしい。こうなったら執行猶予なし、禁錮800年でも生ぬるいです」
「大手柄なのですから、ご夫人も、立派なカナキリ卿の姿に、きっと惚れましたって!」
「デートの最中に、女性ではなく仕事を優先して行ってしまったんですよ? あなたたちのように、フラれるに決まってますっ!」
「ぐあっ! カナキリ卿ひどいです! 俺たちだってフラれたくてフラれたわけじゃないですからね!」
「流れ弾で部下を傷つけないでくださいよ! ほら、この間同じ状況でフラれたやつらが泣きそうになっているじゃないですか!」
「更に追い打ちとかっ! ひでぇ!」
そんなやり取りをしつつ、大勢捕らえたから、仕事が片付いたのは夜中を過ぎたあとだった。
ライトさんに、求婚できたのも運が良かっただけだった。それに、デートは、ピピさまという精霊とフロアのおかげといってもいい。
もう二度と、あんな奇跡はない。彼女に会うことすらできないだろうと、書類の束をじっと見つめる。
「お疲れ様でした。夫人が、デートのことを楽しそうに話しておられましたよ。素晴らしくて楽しかったって。それに、平民騎士の私にも親切で礼節を守っていただけたんです。とても素敵な方ですね。弟のドーナツの店によってくださったんですってね。ご夫人に、カナキリ卿に、弟の本店に連れて行って貰うよう勧めて、デートに誘う口実を作っていますから。ほら、気を取り直して今度こそデートを成功させてくださいね」
「本当か? 私はなんて良い部下を持ったんだ!」
「それにしても、名前で呼ぶことを許されたんですね。良かったじゃないですか。つかみはばっちりですね」
「あ……」
ドサクサに紛れて、名前どころか、フロアのようにニックネームで呼んでしまっている。それに、さっきは緊急時とはいえ、抱きしめて、横抱きにするというセクハラ行為まで。
ふんわりして、小さくて、いい香りがしたなぁ。じゃないっ! しまった……やらかした……
「まさか、許されていないのに、勝手に?」
「うわ、それは減点対象ですよ。いくら、初めて女性とデートするからってありえません」
「これは、俺達の仲間入り決定ですかね?」
部下たちの容赦ない言葉の暴力に、私の心はずたずたに引き裂かれた。
彼女の夫になれたリーマが羨ましい。
ふたりの結婚式で、初めて彼女を見た時から忘れられなかった。どうにかして近づきたい、そう思って、デートをしたのだが、もっと惹かれた。彼女のように優しくてかわいらしい人はいない。絶対に結婚したいと思っていたのに。
解散のあと一睡も出来ずに、もう二度と会うことのない、かわいらしい女性と、抱きしめた時の思い出を胸に、執務室から太陽が昇っていくのをぼんやりとながめていた。
「ん? あれは……」
執務室からは、寮や女性騎士が済んでいる区画が見える。その家の一つから、朝日を浴びて黄金に輝く小さな点が見えた。
ひとつだった黄金がふたつになる。よりそったふたつの影は、やがてひとつになり、しばらく離れなかった。
「まさか、そんな……」
両目とも6.0の無駄に目が良いことが、幸いしたのか、それともこんな場面を見て不幸なのか。
既婚男性の女遊びはよくあることだが、まさか、妻ひとすじで、夫婦仲が良いと評判の男が、その部下とキスをして抱きしめ合っている場面を見て呆然とした。
見たことを、リーマに伝えるのも変な話だ。だが、彼女が知ればきっと、いや、絶対に傷つく。
だが、女遊びをする既婚の男は、妻から飽きられた場合なのだ。夫がまだひとりでデート中にもリーマのことを考えている彼女は、絶対に彼を愛している。
自分でそう思って、じりっと胸が焦げ付く。
フロアに言えば、おそらくは大騒動になるだろう。
誰にも言えず、悶々と過ごしていると、ふてくされたフロアがやってきた。
「本当は渡したくないんだがな」
そう言いながら渡されたのは、彼女の家の、夕食の招待状。
「この間の礼だとさ」
「そ、そうですか!」
デートをすっぽかしたことで、てっきり嫌われたと思っていたが、そうではないらしい。招待状の中に、彼女のかわいらしい直筆の心のこもったお礼や、感謝の気持ちが綴られていた。
「それはそうと、あの女性はいないのか?」
「あの女性?」
「お前と違って、ライトを家まで無事に届けてくれたという騎士だよ! ライトが、美しく聡明で、明るくて優しい完璧な女性だったと繰り返し言ってるんだ。名前は? 年齢は? お、夫はいるのか?」
フロアの気持ちは明白だ。
「ふむ、彼女か。だがなあ、同じ騎士であっても、気軽に教えるわけには」
基本的な情報は別に隠さなくても良い。
「そこをなんとか!」
「いやしかし、そこをなんとかと言われましても困りましたね」
「お願いしますから! カナキリ卿、この通りです!」
全く困らない。が、フリアの本気度が伺える。今の私には、彼の気持ちが痛いほど良く分かり、同志のような気分になった。
教えるのは簡単だ。だがそれではこちらにメリットがあまりない。
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