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9 なんでこの男が?
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そのパーティには、やはりというか既婚女性とその夫たち、そして独身男性がちらほらいた。ここの参加しているということは、皆貴族か、平民でもしっかりとした身元の人物のみ。
お兄さまは、あれほど私を守るといいつつ、少しでも気に入られようと、美しい既婚女性の周りをうろつきにいった。それはいつものことなんだけど、今日は、私を連れてブーケを受け取った少年に話しかけにいったのだ。
「あ、リーマ隊長の奥様。ご無沙汰しております。その節は、僕にブーケを受け取る栄誉を与えてくださってありがとうございました。お陰様で、素晴らしい人とこうして過ごせております」
「お幸せそうでよかったです。他のご主人たちとも仲良くされているとか。今度、赤ちゃんが生まれるそうですね。おめでとうございます」
「はい! 僕、本当に幸せで。産まれてくる子のためにも、もっと頑張ろうと思います!」
ぱっと見、少年の面影はもうないけれど、輝く目や心から嬉しそうな様子に口元が綻ぶ。彼の幸せは本当に嬉しい。でも、今の私たちとの違いを見せつけられているようで、羨ましくて妬ましくも思えた。
「あいつ、今度、世界の中心、海洋の調査に行くんだ」
「え?」
彼と別れてから、お兄さまが唐突にそんなことをぽつりと言った。
海洋の調査は、各国の中心の海域にいくことになる。そこは、一年中荒れ狂っている場所で、調査に言った3割が帰ってこない。無事に帰ってきた人の半分は、大けがをしていたり、未知の病気などによって帰国してから命を落とす人も。
「最後に、いい思い出ができたって、本当に嬉しそうでさ」
「……」
騎士の仕事は過酷だ。だからこそ、夫にすることは敬遠されているし、したとしても、除隊してもらったり、一時の夫としてわりきったりと、色々な事情を抱えている家庭ばかり。
お兄さまのように、貴族の騎士なら、そこまで危険だけれど重要な任務に就くことはない。あと、誰かの夫になれた騎士は、平民であってもそういった任務から比較的話してもらえる。
今回、彼の能力が必要だということで、白羽の矢がたった。もちろん、彼を気に入っている妻は夫たちと共に猛反対したらしい。けれど、国のため、妻や彼女をささえる夫たちのために、自分しかできないその任務に行くと彼自身が受けたという。
私は何も言うことができず、ただ、明るく奥様と仲良くしている私よりも年下の彼の姿を見ていた。今から任務が延期になったり彼が外れたとしても、いずれ誰かがやらなければいけない調査なのだ。
「無事に、皆さまが帰ってくることを祈ります」
「ああ、そうだな」
彼の奥様たちやご両親はどれほど胸をいためているか。私にできることは、祈ることだけだ。他の人たちも同じだろう。中には、自分とは関係がないからと、平然と過ごす人たちもいる。私だって、こうしてかかわりのある人が、その任務に行くまで、世界のどこかで危険な任務をしてくれている人たちのことなんて、これっぽっちも思わなかった。
リーマも、彼のように……?
勿論、騎士である彼と結婚するときに覚悟はしていた。でも、覚悟をしていたつもりだったことがわかった。突然、私を他人事ではない恐怖と不安が足元から這い上がる。
ふらっと体が揺れて、隣にいるお兄さまに手を伸ばした。
え?
さっきまでそこにいたお兄さまが、別の人と話すために離れていた。てっきり助けてもらえると体をそっちに向けたのに。
不意にバランスが大きく崩れて、そのまま倒れてしまう。痛みに耐えるためにぎゅうっと目をとじた。でも、誰かが抱き留めてくれたみたい。
そっと目を開けて助けてくれた方を見あげた。
「大丈夫ですか? ご気分がすぐれないのでは?」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です」
彼のことは見覚えがある。黄色味の強いブロンドの髪に、緑の瞳。がっしりした体つきで、今日の装いは私服だけど、騎士団のひとりだということがわかる。結婚式の時に来ていただいていたリーマの同僚で、彼と一緒に部隊長に昇進していた。魔法よりも肉体重視の任務が多い部隊の隊長で、彼の名前はリーマからよく聞いている。
「不躾に触れてしまい申し訳ない。カナキリ・YSR・パイプベンダと申します」
「噂はかねがね。先日は、部隊長昇進おめでとうございます。内々に、副騎士団長の打診があるとか。有能で、頼もしい方だと、夫からも聞いております」
すると、カナキリさまは少しびっくりしたように眉を少しあげる。でも、すぐに表情を取り繕って、そっと私をしっかり立たせると、右手の甲にキスをして紳士の礼をした。
「こちらこそ、麗しの夫人に、こうしてお会いできて光栄です。それにしても、ダクト子爵は侮れないな。その話は、ごく一部の者しかしらないし、リーマもそのはずなのだが……」
「ふふふ、他にもご存じの方はおられますわ」
この話は、別のご婦人から聞いた。お母さまも知っていると思う。公然の秘密と言うか、そこそこ社交をしている貴族で知らない人はいないと思う。
「ライト! どうした? なんでこの男がお前の近くにいるんだ? カナキリ、いくらお前でも、妹に変なことを考えているのなら容赦はしない」
「お兄さま、失礼ですわ。カナキリ卿は、お兄さまが突然いなくなって危なかった私を助けて下さったのですよ」
私と彼は初対面だ。挨拶も交わしていない。だというのに、手が触れるほど近くに男性がいることのほうがおかしい。
お兄さまが焦る気持ちもわかるけど、そもそも、お兄さまが私から離れたのが原因なんだからと睨む。
「いや、フロアの気持ちもわかります。私が失礼なことをしましたから。改めて、ご挨拶に伺っても?」
後日、家への訪問。それは、私への結婚の打診だ。普段ならお断りするのだけれど、助けていただいたこともあるし、決定事項というわけでもない。
私はお兄さまに相談して、彼の訪問を許可する事にしたのである。
お兄さまは、あれほど私を守るといいつつ、少しでも気に入られようと、美しい既婚女性の周りをうろつきにいった。それはいつものことなんだけど、今日は、私を連れてブーケを受け取った少年に話しかけにいったのだ。
「あ、リーマ隊長の奥様。ご無沙汰しております。その節は、僕にブーケを受け取る栄誉を与えてくださってありがとうございました。お陰様で、素晴らしい人とこうして過ごせております」
「お幸せそうでよかったです。他のご主人たちとも仲良くされているとか。今度、赤ちゃんが生まれるそうですね。おめでとうございます」
「はい! 僕、本当に幸せで。産まれてくる子のためにも、もっと頑張ろうと思います!」
ぱっと見、少年の面影はもうないけれど、輝く目や心から嬉しそうな様子に口元が綻ぶ。彼の幸せは本当に嬉しい。でも、今の私たちとの違いを見せつけられているようで、羨ましくて妬ましくも思えた。
「あいつ、今度、世界の中心、海洋の調査に行くんだ」
「え?」
彼と別れてから、お兄さまが唐突にそんなことをぽつりと言った。
海洋の調査は、各国の中心の海域にいくことになる。そこは、一年中荒れ狂っている場所で、調査に言った3割が帰ってこない。無事に帰ってきた人の半分は、大けがをしていたり、未知の病気などによって帰国してから命を落とす人も。
「最後に、いい思い出ができたって、本当に嬉しそうでさ」
「……」
騎士の仕事は過酷だ。だからこそ、夫にすることは敬遠されているし、したとしても、除隊してもらったり、一時の夫としてわりきったりと、色々な事情を抱えている家庭ばかり。
お兄さまのように、貴族の騎士なら、そこまで危険だけれど重要な任務に就くことはない。あと、誰かの夫になれた騎士は、平民であってもそういった任務から比較的話してもらえる。
今回、彼の能力が必要だということで、白羽の矢がたった。もちろん、彼を気に入っている妻は夫たちと共に猛反対したらしい。けれど、国のため、妻や彼女をささえる夫たちのために、自分しかできないその任務に行くと彼自身が受けたという。
私は何も言うことができず、ただ、明るく奥様と仲良くしている私よりも年下の彼の姿を見ていた。今から任務が延期になったり彼が外れたとしても、いずれ誰かがやらなければいけない調査なのだ。
「無事に、皆さまが帰ってくることを祈ります」
「ああ、そうだな」
彼の奥様たちやご両親はどれほど胸をいためているか。私にできることは、祈ることだけだ。他の人たちも同じだろう。中には、自分とは関係がないからと、平然と過ごす人たちもいる。私だって、こうしてかかわりのある人が、その任務に行くまで、世界のどこかで危険な任務をしてくれている人たちのことなんて、これっぽっちも思わなかった。
リーマも、彼のように……?
勿論、騎士である彼と結婚するときに覚悟はしていた。でも、覚悟をしていたつもりだったことがわかった。突然、私を他人事ではない恐怖と不安が足元から這い上がる。
ふらっと体が揺れて、隣にいるお兄さまに手を伸ばした。
え?
さっきまでそこにいたお兄さまが、別の人と話すために離れていた。てっきり助けてもらえると体をそっちに向けたのに。
不意にバランスが大きく崩れて、そのまま倒れてしまう。痛みに耐えるためにぎゅうっと目をとじた。でも、誰かが抱き留めてくれたみたい。
そっと目を開けて助けてくれた方を見あげた。
「大丈夫ですか? ご気分がすぐれないのでは?」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です」
彼のことは見覚えがある。黄色味の強いブロンドの髪に、緑の瞳。がっしりした体つきで、今日の装いは私服だけど、騎士団のひとりだということがわかる。結婚式の時に来ていただいていたリーマの同僚で、彼と一緒に部隊長に昇進していた。魔法よりも肉体重視の任務が多い部隊の隊長で、彼の名前はリーマからよく聞いている。
「不躾に触れてしまい申し訳ない。カナキリ・YSR・パイプベンダと申します」
「噂はかねがね。先日は、部隊長昇進おめでとうございます。内々に、副騎士団長の打診があるとか。有能で、頼もしい方だと、夫からも聞いております」
すると、カナキリさまは少しびっくりしたように眉を少しあげる。でも、すぐに表情を取り繕って、そっと私をしっかり立たせると、右手の甲にキスをして紳士の礼をした。
「こちらこそ、麗しの夫人に、こうしてお会いできて光栄です。それにしても、ダクト子爵は侮れないな。その話は、ごく一部の者しかしらないし、リーマもそのはずなのだが……」
「ふふふ、他にもご存じの方はおられますわ」
この話は、別のご婦人から聞いた。お母さまも知っていると思う。公然の秘密と言うか、そこそこ社交をしている貴族で知らない人はいないと思う。
「ライト! どうした? なんでこの男がお前の近くにいるんだ? カナキリ、いくらお前でも、妹に変なことを考えているのなら容赦はしない」
「お兄さま、失礼ですわ。カナキリ卿は、お兄さまが突然いなくなって危なかった私を助けて下さったのですよ」
私と彼は初対面だ。挨拶も交わしていない。だというのに、手が触れるほど近くに男性がいることのほうがおかしい。
お兄さまが焦る気持ちもわかるけど、そもそも、お兄さまが私から離れたのが原因なんだからと睨む。
「いや、フロアの気持ちもわかります。私が失礼なことをしましたから。改めて、ご挨拶に伺っても?」
後日、家への訪問。それは、私への結婚の打診だ。普段ならお断りするのだけれど、助けていただいたこともあるし、決定事項というわけでもない。
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