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 あれから3年。

 ほぼ半年ごとに、フェルミたちは各地を巡っている。その際には、狼藉者や破落戸たちの襲撃などもあったが、素人の集団だったため、一緒に来ていた騎士たちの手で簡単に殲滅された。

 ブロック国の手先と思しき集団にも襲われた。明らかに訓練された手誰の集団で、騎士たちの手に余るようだ。集団行動を訓練された騎士たちの中に、カインが加わると、かえって邪魔になる。そのため、カインは、常日頃から彼らと一緒に訓練もしていたのだ。

「ち、あの国も性懲りもなく次から次へと。いい加減、諦めたらどうなんだ。フェル、絶対に扉を開けるなよ?」
「カイン……」

 彼の実力は知っていても、戦いに出る人への心配は尽きない。こうしている間にも、外では剣撃の音が鳴り始め、男たちの悲鳴や怒号が聞こえだした。

 カインは、不安そうに見上げてくるフェルミに微笑んで、額にキスを落とした。

「すぐに戻るよ」

 自分に出来ることは、カインの言う通り、扉を閉めてじっとしていることだけ。下手に動けば足手まといどころか、彼を窮地に陥らせてしまう。

(泣いたらダメ。泣いたら、カインが私を心配して、戦いに集中出来ずに怪我をしちゃう)

「気を付けて、いってらっしゃい。早く帰ってきてね?」

 そんな彼女の思いを汲んで、カインがもう一度キスを落とす。フェルミは、必死に涙を堪えて、彼の無事を願い送り出した。

 一分が一生分の時の長さのようだ。一向に鳴り止まない外の金属音と男たちの声が、フェルミの不安を双幅させた。

 扉が強く叩かれた。叩くというよりも、壊そうと殴っているようだ。フェルミは、できる限りそこから離れて、身を隠す場所を探した。

「ベッドの下は、狭くて無理だわ……クローゼットは……すぐに見つかっちゃう。どうしよう……」

 鼻に、何かが燃える臭いが届く。恐らく、相手が火をつけたのだろう。

 焦るばかりで、一向に良い案など浮かばない。ドキドキして、足が震えた。

「そうだ、あそこなら……! はやく、はやく……ああ、お願い。カイン、無事でいて……」

 こんなところにまで敵が来たのだ。カインの安否が気になる。男のスキルだろうか。蝶番付近の金属が、見る間に腐食していった。蝶番を止めているネジが緩んだのか、扉が軋む音がどんどんひどくなる。

 ばきぃ!

 剣でドアノブが壊されたのか、扉が開いた。身たこともない男が部屋に乗り込んでくる。

《ち……どこに隠れやがった?》

(これは、ブロック国の言葉……やっぱり、カインの言う通り、この人たちはあの国から来たのね)

 フェルミは、小さな隙間から男の姿を見つめる。男は、ベッドの下、クローゼットなど、人が隠れそうな場所を虱潰しに探していた。

《なんだ? どこにもいねぇ。お貴族様のご令嬢様様が隠れそうなところは全部探したってのに。さては、とっくに逃げたのか?》

 男は、剣で乱暴にカーテンまで切り裂き始めた。だが、フェルミの姿が見えないことに苛立ち、悪態をつく。

《なんだよ。女一人をかっさらってくるだけの簡単な仕事だっつったやつは。お頭も、王弟が王位を簒奪するために、を娶るとか阿呆なことを抜かすおっさんの依頼を請け合いしやがって……くそ、作戦は失敗だ! 野郎ども、ずらかるぞ!》

 ぴぃーっと、男が笛を拭く。どうやら撤退するようだ。ほっとして力が抜けたが、まだ油断はできない。

(お願い、そのまま部屋を出ていって……)

 フェルミは、天に祈るように男たちが去っていくことを願った。足音が窓に近づいてくる。呼吸の音すら気づかれそうで、息をつめた。

《ん? なんだこりゃ。なんだって、枯れた葉っぱなんかが落ちて……そういや、枯れ木のお姫様は、植物を枯らすスキル持ちだったっけ。はは、俺ってばツイてる。お姫様、かくれんぼは終わりだ》

(そんな……焦っていたから、完全に枯らして消すことができなかったのね……。ああ、もうダメ。見つかる……っ!)

 男は、大きな花瓶に手を伸ばす。そして、がっと足をで蹴り飛ばした。重い花瓶が横たわり、中に入っていた水が床にこぼれ落ちた。
 
 重い花瓶は転がりもせず横たわっている。その中を男が覗き込もうとした時、カインの声が聞こえた。

「フェル! 無事か?」

 男は驚愕してカインの方を振り向く。剣を構えて怒鳴った。

《お前、なんでここにいる? さっき倒したはずなのに!》
《倒した? 夢でも見ていたんじゃないか?》
《フレイム国の男が、ブロック国の言葉を流暢にしゃべるなよ》
《すまないな。俺は職業柄、4つほど言語を操れる。お前と違って、頭の出来が違うんだ。あ、戦闘能力も男の魅力もなにもかもだな》
《この透かし野郎!》

 カインの手から、めらめらと燃える炎が産まれる。フェルミのいる場所にまで、その熱さが伝わってきた。

 限りなく高温になった炎が、男の持つ剣をあっという間に包み込んだ。金属が真っ赤に焼け始め、男はたまらず剣を落とした。
 剣は床を燃やし始め、煙が部屋に充満していく。

(さっきの焦げた臭いも、的じゃなくて、カインの仕業だったのね……)

 カインが火の発生源なら、大火事にはなるまい。この旅館は大丈夫だと胸を撫で下ろす。


《馬鹿野郎! こんな場所で炎なんかだしやがって。皆殺しにするつもりか?》
《ろうそく一本、火事のもと。カインさん、その男の言う通りですよ。あなたが起こした火災を消すのに大変なんですから》
《俺には、国が違えど、同じ人を守るための頼もしい仲間がいるんでね。後始末くらい、笑顔で引き受けてくれるさ》
《な!》

「全く、人を消火器代わりにしようとしないでくださいよ」

 カインの後を追ってきたのは、水の国出身の騎士だった。フェルミを護衛する騎士のうち、半数は他国の人物が占める。
 グリーン国に恩を売って、食料などの貿易を有利にすすめようとする各国の思惑が透けて見えるが、様々なスキルをうまく利用すれば、どれほどの手練れの軍勢だろうとひとたまりもないだろう。

 男は、カインの猛攻撃に膝を屈した。ブロック国では、捕まれば拷問された上に処刑される。そんな目に合うくらいならと、歯に仕込んだ毒を飲み込もうとした。

「カイン、その人を止めて! 死んじゃう!」

 完全にカインたちが戦いを制したと知ったフェルミが姿を現した。男が倒した花瓶の中からではない。

「フェル、どうやってそんなところに?」

 フェルミは、花瓶の後ろにあった、出窓の下から出てきた。そこは、本来なら出窓の下にある単なる壁だったものだが、貴重品の隠し場所として外壁の空間を利用した金庫だった。花の色や形で目の錯覚を起こさせ、一見すると扉がないように見える。

《最初わ、きょのかびぃんに、きゃくれようとしたにょ。でみょ、みじゅがいっぱいだたきゃらやめたにょ》

 フェルミも、彼らを真似てブロック国で話しをしてみた。まさか、フェルミがあんなところに隠れているとは思っていなかった。しかも、ブロック国の言語を拙いながらも理解しているとは。男は驚愕のあまり目を丸くして、歯に仕込んだ毒を飲み込むのを忘れた。
 カインは苦笑しながらも、なんともかわいらしい彼女の発音に微笑んだ。

「フェル、無理に言葉を合わせなくていい。その男もグリーン国の言葉くらいわかっているさ」
「そりゃ、カインたちと違って、外国語はへただけど。でも。こうしたら、その人が、ブロック国で独り言を言っていた内容が、私に筒抜けだったってわかるでしょう?」

 フェルミは、男に向かって続けた。

《はちゅおんは、にぎゃてだけど。聞き取りは得意なにょよ。あにゃたが、きょきょで口をとじてぇも、ブロックきょく王弟ぎゃ、きゅろまくだってわかってりゅかりゃ》
《……》

 フェルミがゆっくり男に伝えると、男はがっくり項垂れた。彼女の言う通り、ここで自ら命を断っても意味はないだろう。

 フェルミのその説明に、カインは感心して抱き上げた。

「俺のフェルは、本当に最高だ!」
「カイン、無事で良かった……!」

 ふたりは、脇目も振らず熱い抱擁を交わした。カインがフェルミにキスをしようとしたところ、一緒にいた騎士によって阻まれる。

「カインさん、そういうのはあとでしてください。後処理がたくさん残ってますから」

 男を捕縛した騎士に呆れられながら、カインは連れて行かれたのであった。
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