完結(R18)赤い手の嫌われ子爵夫人は、隣国の騎士に甘すぎる果実を食べさせられる

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
65 / 84

59

しおりを挟む
 馬車が突然止まった。 

「きゃあ!」

 一気に前につんのめる。転げ落ちそうになったが、寸でのところで堪えた。

「雨? きゃあっ!」

 気が付かなかったが、まだ昼過ぎだというのに、周囲は真っ暗だった。雨が激しく振っており、天は神が怒りを表しているかのように、大きな黒い雲の中で雷が発生している。御者台から、ピスティの声がした。

「フェルミさん、落雷があったようで、大木が行く手を塞いでいます。ここから先は馬車では通れません。このまま待機するには、追手が来る可能性があるため、得策ではありません。馬も怯えて動けないようです。雨に濡れてしまいますが、歩けますか?」
「はい、大丈夫です」

 ピスティに言われるがまま、フェルミは馬車から降りた。一瞬で身体がずぶ濡れになる。ワンピースが張り付いて、うまく走れない。水を含んだ服がどんどん体温を奪っていった。

「大雨だと私のスキルは役に立ちません。ですが、もうすぐ町があるはずです。そこまで行けば……」
「はい、私なら走れますから……ああ、ピスティさん、ピスティさん!」

 息があがる。脇腹も痛い。必死に呼吸をくり返した。自分がいないほうが、ピスティは身軽に動けるだろう。そう思った時、眼の前を走る彼がゆっくり倒れた。肩に矢が突き刺さっている。

「しっかりしてください! ああ、どうしたら……」

 フェルミは、本では様々なバトルシーンを読んでいた。だが、実際に見たのが初めてで、崩れ落ちた彼の側に膝をつき、ただ泣き叫ぶのが精一杯だった。

「くそ、約束が違うじゃないか……。お茶会のあと、公爵邸ではなく、港町にいるあの方の元に、連れて行く予定だけだったはずなのに」
「ピスティさん、何を?」

 雨の音と、近づく数人の足音のせいで、彼が何を言ったのかわからない。

 ぐいっと乱暴に腕を掴まれて立たされた。

「ピスティ、ご苦労だったな」
「お前、奇襲をかけるなんて聞いていないぞ? これはどういうことだ? 御者は買収していたし、シアノだってどうとでもできた。このことは、あの方は知っているのか?」
「あの方は知らないさ。今の俺の主は、別の方だからな。お前がもたもたしているせいで、数ヶ月もこの国に足止めされちまった。しびれを切らした俺が、報酬が良い新しい主に鞍替えするのは当然さ。最初から、こうしてればよかったんだよ!」

 男が言い終わると同時に、ピスティの胸に剣が突き立てられた。彼の口から、真紅の命の煌めきが大量に失われていく。

「ピスティさん! ピスティさん! 離して!」
「フェル……すまな……ごぼっ!」

 どうやら、ピスティと彼らは顔見知りのようだ。彼は、いわゆるスパイだったのかもしれない。
 だが、今はそれどころではない。見る間に、ピスティの胸の動きがなくなっていった。

「くくく。ちょっと奇襲をかけただけで、簡単に手に入れられる女に、今までの連中ときたら。ははは、なんともまあ無様なことだ」

 男たちは、全員覆面をかぶっている。ピスティと離しをしていた男が、フェルミを肩に担ぎ上げた。

「いやっ! おろして !」
「残念だったな、お嬢さん。またまた予定変更だ。この国も、あの方が申し出をした時に、大人しく会見の場を設ければよかったのになあ。恨むなら、穏便にあんたに会いたがっていたせいで数ヶ月も待っちまったあの方や、この国、そして公爵を恨むんだな。俺は一生遊んで暮らせる大金貰えるってわけだ。最高だろ? ま、うるさいからねんねしておきな」

 男の肩がお腹にぐっと入って痛い。圧迫されて気分も悪くなる。
 楽しそうに、色々言っていた男が黙ると、瞼が降りてきた。

「ピスティ、さ……カイ……」

 フェルミの意識がブラックアウトする。その向こう側で、自分を甘やかしていたカインの笑顔が見えた気がした。

 目を覚ますと、海の香りとウミネコの鳴く声がした。とても気持ちが悪く、目眩がして起き上がれない。

「起きたかい? 大変だったね」

 すぐそばで、穏やかな声がした。うっすら目を開けると、そこには心配そうに自分を見つめる男性がいた。

「???」

 何がなんだか、わからない。疑問だらけで、頭の中が、まとまらない思考がぐるぐる回っていた。

「まずは、気になっているだろうことから話そう。今の君は、私の保護下に置かれている。ああ、フレイム国から出ていないし、危害を加えるつもりもない。君が望めば、話をしたあと、ゲブリオ公爵邸に送り届けると誓う。信じてくれるかい?」

 フェルミは、じっと彼の瞳を見つめた。信じるも信じないも、この状況では彼の手のひらの上だろう。それに、乱暴をするような人物にも見えない。

 フェルミがコクリと頷くと、男は大切なものを見るかのように微笑んだ。

「今回はすまなかったね。もっとスマートにこうして会いたかったんだが、いつまで経ってもフレイム国王やゲブリオ公爵の許可が降りなくてね。私の国の過去の所業を考えると無理はないんだが……。ピスティに、君をここに連れてくるように頼んだ。強引な手を使ったことで、他者に介入され、君を危険な目に合わせることになった。我ながら、情けないことだ」
「では、ピスティさんはあなたの仲間で、襲撃犯は元の仲間で裏切り者だということでしょうか?」
「ああ、襲撃犯たちは、元々私が雇った騎士の端くれなんだ。だが、我が国の王族の一派が、あいつらに多額の報酬を約束し、君を攫うよう依頼した。だから、こんなことになったんだが……。私がきちんとあいつらを統率できていればこんなことにはならなかった。本当にすまない」

 岩の国の危険さは、コーパやガヴァネスたちから聞いている。一枚岩ではないため、裏切りが日常茶飯事だということも。

「あの、ピスティさんは? シアノさんも、怪我をされて……!」

 フェルミは、最後に見たふたりの姿を思い出して声をあげた。特にピスティは、瀕死のような状態だ。すぐに助けないとと男性に詰め寄った。

「私が、一刻も早く君に逢いたいから、側近たちを向かわせていたんだ。そうしたら、偶然、襲撃に遭った騎士に出会った。すぐに、君たちを追った彼らが、ちょうど君が攫われそうになっていたところを発見して、君を救出できたんだ。勿論、ピスティも他の関係者たちも全員無事だ」
「そうだったんですね。ああ、無事で良かった……」

 フェルミが、自分のことよりも他人が助かっとことに、神に感謝の祈りを捧げるのを見て、男は微笑みながら話しを続けた。

「実は、ピスティは私の甥でね、なんとか君と会えるように取り計らってもらっていた。どうか、彼を恨まないで欲しい」

 フェルミは、彼の言葉にびっくりした。祈りをやめて、まじまじ彼を見つめる。

「ピスティさんは、あなたの甥なのですか? それなら、彼から私に直接伝えていただければ、お会い出来たかと思うのですが」
「それが、何度も申し込みをしたんだ。ピスティも、何度も君に話しをしたがったそうだが、君とふたりきりになるチャンスがなかったそうだ。それに、私と君の関係性もあって、ピスティが動かなければ、一生会えなかったと思う」
「私と、あなたの関係……、ですか?」

 フェルミは、彼の話しを聞いて顎が外れんばかりに驚愕したのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

処理中です...