完結(R18)赤い手の嫌われ子爵夫人は、隣国の騎士に甘すぎる果実を食べさせられる

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
60 / 84

54 甘い香りの雇い主

しおりを挟む
「カインさん、こう言ってはあれなんですけど、フェルミさんに、全くと言っていいほど相手にされてませんよね……」
「シー、おま、言うなよ。本人が一番わかってるって。傷をえぐるな」
「もともと高嶺の花だもんなあ。そういえば、お前らはゲブリオ公爵の邸で知り合った侍女ちゃんたちと恋人になったらしいな」
「僕は、国や団長の命令もありましたし、頑張ろうと思ったんですけどね。年上の女性で魅力的でしたし。でも、ほら。あのカインさんですら太刀打ち出来ないんですよ。僕なんか無理ですって。そりゃ、近くにいる可愛い侍女ちゃんが告白してくれたら、仲良くなってもいいじゃないですか」
「悪いとは言ってない。仕事に支障がなければな。それにしても、騎士団の中で、残っているのはカインだけとはな……」

 コーパの執務室には、今日の当番の騎士以外が勢揃いしている。勿論、その中にはカインもいて、彼らの会話を聞いてふてくされていた。
 コーパは、ランサミはもともとその気はないとしても、5人も様々なタイプの男がずっと側にいれば、誰かと懇意になってもおかしくないと考えていた。だからこそ、独身の騎士をつけたのだ。
 しかし、フェルミにとって、男というものは異次元生物のような、知人や友人以外にはなり得ない存在なのだろうか。最初から有利なカインが側にいて、赤羅様なアプローチをしても、なしのつぶてなのは計算外もいいところだった。

「おい、お前ら。聞こえているぞ。ちゃんと、脈はあるんだ、脈は。現に、俺にしか見せない表情や反応があるんだからな。フェルミさんは俺を真っ先に頼ってくれるし。隣にいさせてくれるし。この間なんて、手を握って腰を支えても許してくれたんだぞ」
「そりゃ、彼女が躓いたからだろ」

 カインは、ぐっと言葉を詰まらせた。悪あがきのように言ってみたものの、彼らと同じようにフェルミに相手にされていないと痛感している。

「カインさんがいない時は、俺達もお前のように頼りにされてるんだが」
「僕は、カインさんほど図々しくできないので、何もないのにぴったり隣にひっつくなんて無理ですけど。ダンスの相手になった時は、全面的に信頼して体を預けてくれますよ 」

 騎士たちは、少々鬱屈とした気分の彼を慰めるどころか、更に追い打ちをかけた。コーパは、確認済みの書類に目を落として知らんふりをしている。

「な、なん、なっ……! だ、ダンスの相手、だと? ダンスといえば、男女が密着するアレか? お前、フェルミさんのあんなところやこんなところを、俺の許可なく触ったのか?」

 聞き捨てならないことを言ったシアノに、カインが詰め寄った。彼は、しまったと口を手で隠すが、出てしまった言葉はもう戻らない。

「わあ、馬鹿野郎。カインだけダンスの練習パートナーになってないってことは内緒だっただろ……あ、いや、カイン、今のは言葉のあやというか。そもそも、いかがわしい想像なんかするなって!」

 さらに、タオが追い打ちをかける。自分だけダンスのパートナーにしてくれなかったと知り、カインは燃え尽きた灰のように項垂れた。

「そんな、フェルミさん……。俺だけだって……言ってたのに……」

 勿論、フェルミはカインに「あなただけよ♡」などと言ったことはない。勘違いさせるような言動もしたことなど皆無だ。あるとすれば、彼女が信頼をしているのは、ファーリの次がカインだと言うくらいだろう。

(この間の夜会の時に、どこぞの王族が彼女とダンスをしてベタベタベタベタベタベタ触っていた。あれほど腸が煮えくり返ったのはあの時が最初だが、が断れない相手とのダンスだからと容認してやっていたのに)

 カインは再起不能なほど、ずどんと落ち込んだ。

「まあなんだ。カイン以外も公爵邸に行きたい理由がある。今後も今のメンバーで問題なかろう。ただなぁ、陛下から数ヶ月経つのに、女性一人に何をやっているとお叱りがあってな。傷心中なんだから、もうちょっとなんとかしろだとさ。フェルミさん自身が男とどうこうという気持ちがないがな。カイン、今のところお前が一番有力候補だ。もう少し、お前の出番を増やしたいが、大丈夫か?」

 コーパの提案に、カインの底辺まで落ちた気持ちが急上昇して、ふたつ返事で了承した。

「毎日、二十四時間大丈夫です。なんなら、俺ひとりでもいいです。俺達は一緒に寝起きした仲ですし、寝室まででも俺はかまいません」
「カインさん、誤解を招くような言い方をしないでくださいね。それは船の中限定でしょう? ただ、僕は、カインさんを応援します。ですから、勝算がこれっぽっちもなくても諦めないでください!」
「お前は一言多いんだよ。たしかに、勝算はなさそうだが、俺も手伝ってやるから。ただし、寝室はダメだぞ」

 こうして、カインは週のの殆どをフェルミと共に過ごすことになった。天にも登りそうなほど足取りは軽い。暖簾に腕押し状態の彼を、憐れに思って応援する侍女たちの協力もあり、フェルミと更に打ち解けていった。

 ガヴァネスの授業が一段落するやいなや、カインが軽食を持ってきた。そこには、お茶だけでなく、カットされたメローゴールドが乗せられ、酸味を和らげるはちみつや生クリーム、砂糖などが添えられている。切り口はぷりっとしており、とてもみずみずしい。グレープフルーツよりも苦みがないため、とても甘く感じられた。

「フェルミさん、珍しい外国の果物があるんだが、そろそろ休憩して食べないか?」
「ええ。カインさんも、ランサミさんも一緒にどうですか?」
「私は、その果物が苦手なので遠慮しておきます。どうぞ、ふたりで食べてください」

 カインが睨まずとも、ランサミに彼を邪魔する気はない。少し離れたところでフェルミを見守る。

 ランサミは、女性を寄せ付けなかったカインのあまりの変わりように、最初はびっくりしたが、変わらずフェルミにだけ甘い態度を取るカインに慣れてきた。スルー検定というものがあるとすれば、ランサムがトップだろう。

 カインがでれでれと目尻を下げて、メローゴールドを刺したフォークを差し出す。まるで、求愛給餌行動をしている雄鳥のようだ。

「か、カインさん。ひとりで食べられますから」
「昨日、本で指を切っただろう? 小指に逆剥けもある。切り傷に知るが入ったら大変だ。ほら、口をあけて」
「とても小さい傷ですから。もう治ってますし……」
「ダメだよ。ほら」

 カインが強引に口元に持っていくと、照れた彼女の小さな唇が開く。ぷるんとした唇は、思わず吸い付きたくなるほどだ。彼女の口の中に消えたメローゴールドの果実が羨ましいとさえ思う。

「フェルミさん、ついてる」

 唇についたメローゴールドの汁が、カインの唇を吸い寄せようと魅了してくる。苦渋の決断で我慢をして指先で拭き取った。

「あ、あの……ありがとう、ございます……。もっとすっぱくて苦いのかと思っていたんですけど、とても甘いですね」
「フェルミさんが好きなら、また買ってくるよ」
「え? これ、カインさんが買ってきてくれたんですか?」
「ああ。また、これの他にも、美味しそうなものを見つけたら買ってくる」

 カインがそう言いながら微笑むと、フェルミが顔を真っ赤にする。それは、まるで熟した甘いイチゴのようだ。まだ、彼女にとっては自分は恋人以前の存在だろう。しかし、誰よりも自分がフェルミの心に近しいのだと感じて口元が綻んだ。

(こういう時、この人が俺を好きなのかもしれないと勘違いしそうになる……。フェルミさんの気持ちは、俺に完全に向いていないんだ。強引に進めるにはまだ早いし、今はこれで満足しないと)

 カインは、もどかしい彼女との距離を推し量りながら、思わせぶりに繋いだ指を絡めるだけにとどめたのであった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

処理中です...