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最近、カインと一緒にいる時間が増えた。それに伴って、彼が自分を甘やかしすぎるので戸惑いを隠せない。
カインのわかりやすい行動は、男性に、というよりも、他人に甘えることを知らないフェルミにとって、嬉しいようでいて負担になっていたのである。
「フェルミ様、どうされましたか?」
勉強の最中だというのに、物憂げに本を見ているだけの彼女に、ガヴァネスが心配して問うた。
「あ、授業中なのに、ぼうっとしてしまって申し訳ありません」
「また、ご無理をなさっておられませんか? 今日は、もう終了しましょう」
「いえ、勉強が辛いとかじゃなくて、ちょっと悩み事があるだけで……」
「上の空では、なにひとつ身につきませんよ。私でよろしければ、お聞きいたしますが……いえ、言いたくないのなら、言わずとも結構です」
フェルミは、勉強とは違う質問をしていいものかと考え込む。だが、自分ひとりではどうあがいても答えはでないだろう。
思い切って、最近のカインの言動と、どうするべきか訊ねた。
「あら、まあ……」
「すみません、こんなことを聞いて。困りますよね?」
「いえいえ、大好物で、コホン。そうですか、そうですか。カイン卿は、私がいない時にはそのような態度なのですね。そうですねぇ、私ひとりでは手にあまりますので、他の子達も呼んでお茶会にしましょう。勿論、男子禁制なので、廊下に聞こえないように」
どことなく、普段は冷静沈着で何事にも同時なさそうな彼女の鼻息が荒いような気がする。目を輝かせ、浮かれながら侍女たちを呼ぶ姿は、とても楽しそうに見えた。
「まあ、では、甘い果物をあーんをされた上に、手を握っただけでなく、指を絡めて?」
「そうなんですよ、先生。やや強引ですが、カイン様のそこが素敵で。その時のカイン様と照れながらも受け入れるフェルミ様のお姿は、とてもお美しくて。ふたりきりの世界がそこにはあったんです。皆、ため息をつきましたわ」
「カイン様はとっても素敵ですもの。他の騎士様がたも凛とされて格好いいのですが、ひとつ飛び抜けていると言いましょうか」
「そうですわよね。普段は、きりっとなさっているのに、フェルミ様にだけ甘いお顔をなさいますもの。きっと、フェルミ様と一緒に船旅をされた時から、カイン様は……」
きゃあ、と小さな悲鳴があがる。皆、頬を赤らめてあらぬ想像をしているようだ。
(どこかで読んだ、恋愛小説の恋人同士みたいに見えたの? あれが?)
フェルミは、体中を真っ赤にして下を向いたまま、恥ずかしすぎて顔を上げることが出来なかった。
このような調子で女子トークが繰り広げられる。時に自分の体験談を交えてのろけながら、話題はカインとフェルミがいかにお似合いかを熱く語り続けていた。
「真面目で浮ついたところがなく、女性の影もない。家督は継がれないとは家、上級騎士ですから経済力も申し分がありません。非の打ち所のない素敵な殿方なのに、フェルミ様は、どうして困っていらっしゃるの?」
「いえ、あの……。自惚れているようで、お恥ずかしいのですが、カインさんには好意を向けられているのではと思う時もありました。ですが、彼はとても真面目な方ですので、私があまりにも頼りないから、生まれたての雛の保護者のような気分なのかなと……」
「まあ、フェルミ様! たとえそうだとしても、男性が女性に、指を絡めますか? 事あるごとに、フェルミ様に喜んでいただこうと努力しますか? そういえば、フェルミ様が熱を出された時など、職務を放りだして来てくださったではありませんか。これはもう、愛です、愛!」
「あ、愛? カインさんが?」
フェルミは、好意どころか、淡い恋をすっ飛ばして、いきなり愛になったことにびっくりした。心がついてこない。ぽかんと口を開けていると、侍女長が満面の笑顔で語りだした。
「先生の仰るのは、親子の愛情とかではありませんからね? フェルミ様の側にいたファーリさんというかたは恋多き女性だったんでよね? 彼女の恋人たちと比べて、カインさんはどうです? フェルミ様をお嫌いな素振りなどありましたか?」
「料理長さんやトラムさんと比べて……。あの、彼らより、もっと大切にしていただいている、と思います」
フェルミは、正直にあるがままを答えた。百戦錬磨のファーリと自分を比べられるわけはないので、相手の対応が違っても当たり前だろう。
「きゃあ、フェルミ様ったら。無自覚でのろけを仰るなんて。ふふふ」
「の、のろけ? いえ、そういうつもりでは……」
「あら? フェルミ様は、カイン卿がご迷惑でしょうか?」
「いえ、とんでもない! 迷惑だなんて……」
「好みではない、とか? お友達にもなれないほど、嫌なタイプでしょうか?」
「こ、ここ、好みとか、よくわかりませんが、嫌ではありません」
ところが、話しが全く違う方向にいった。軌道修正しようにも、フェルミと彼女たちでは多勢に無勢。考えようとしている間に、どんどん話しが進んだ。
「では」
「じゃあ」
「それでは」
「ふふふ、フェルミ様も、カイン様にってことですよね?」
「最初は、友達感覚でいいんですよ。そうと決まれば、明日の授業は、特別なものにしないと」
「特別授業、ですか?」
「カイン様に限らず、男性とお付き合いするための、デートの予行演習です。フェルミ様、明日までに、流行の恋愛小説をお読みになってくださいね。それが、本日の課題です」
「先生、ナイスです! では、とっておきの大人用のベストセラーをお持ちしますね!」
「カイン卿にも、事前準備をしていただきましょう」
「あ、あの! ああ、行っちゃった。どうしよう……」
彼女たちは、走りだしたら止まらない。本気で、カインとの仲を取り持つつもりだろう。
彼女たちは、もともと、カインのわかりやすすぎる猛アプローチが全然効果がないのをやきもきしていたのである。
フェルミの気持ちが、少しでも彼に傾いているのなら、自分たちの手で、その角度をぐんとカインに向けてやれば良い。
かくして、彼女たちが想像している、フェルミの芽生えさえまだしていない恋や愛といった小さな心は、完全に置いてけぼりになった。
カインのわかりやすい行動は、男性に、というよりも、他人に甘えることを知らないフェルミにとって、嬉しいようでいて負担になっていたのである。
「フェルミ様、どうされましたか?」
勉強の最中だというのに、物憂げに本を見ているだけの彼女に、ガヴァネスが心配して問うた。
「あ、授業中なのに、ぼうっとしてしまって申し訳ありません」
「また、ご無理をなさっておられませんか? 今日は、もう終了しましょう」
「いえ、勉強が辛いとかじゃなくて、ちょっと悩み事があるだけで……」
「上の空では、なにひとつ身につきませんよ。私でよろしければ、お聞きいたしますが……いえ、言いたくないのなら、言わずとも結構です」
フェルミは、勉強とは違う質問をしていいものかと考え込む。だが、自分ひとりではどうあがいても答えはでないだろう。
思い切って、最近のカインの言動と、どうするべきか訊ねた。
「あら、まあ……」
「すみません、こんなことを聞いて。困りますよね?」
「いえいえ、大好物で、コホン。そうですか、そうですか。カイン卿は、私がいない時にはそのような態度なのですね。そうですねぇ、私ひとりでは手にあまりますので、他の子達も呼んでお茶会にしましょう。勿論、男子禁制なので、廊下に聞こえないように」
どことなく、普段は冷静沈着で何事にも同時なさそうな彼女の鼻息が荒いような気がする。目を輝かせ、浮かれながら侍女たちを呼ぶ姿は、とても楽しそうに見えた。
「まあ、では、甘い果物をあーんをされた上に、手を握っただけでなく、指を絡めて?」
「そうなんですよ、先生。やや強引ですが、カイン様のそこが素敵で。その時のカイン様と照れながらも受け入れるフェルミ様のお姿は、とてもお美しくて。ふたりきりの世界がそこにはあったんです。皆、ため息をつきましたわ」
「カイン様はとっても素敵ですもの。他の騎士様がたも凛とされて格好いいのですが、ひとつ飛び抜けていると言いましょうか」
「そうですわよね。普段は、きりっとなさっているのに、フェルミ様にだけ甘いお顔をなさいますもの。きっと、フェルミ様と一緒に船旅をされた時から、カイン様は……」
きゃあ、と小さな悲鳴があがる。皆、頬を赤らめてあらぬ想像をしているようだ。
(どこかで読んだ、恋愛小説の恋人同士みたいに見えたの? あれが?)
フェルミは、体中を真っ赤にして下を向いたまま、恥ずかしすぎて顔を上げることが出来なかった。
このような調子で女子トークが繰り広げられる。時に自分の体験談を交えてのろけながら、話題はカインとフェルミがいかにお似合いかを熱く語り続けていた。
「真面目で浮ついたところがなく、女性の影もない。家督は継がれないとは家、上級騎士ですから経済力も申し分がありません。非の打ち所のない素敵な殿方なのに、フェルミ様は、どうして困っていらっしゃるの?」
「いえ、あの……。自惚れているようで、お恥ずかしいのですが、カインさんには好意を向けられているのではと思う時もありました。ですが、彼はとても真面目な方ですので、私があまりにも頼りないから、生まれたての雛の保護者のような気分なのかなと……」
「まあ、フェルミ様! たとえそうだとしても、男性が女性に、指を絡めますか? 事あるごとに、フェルミ様に喜んでいただこうと努力しますか? そういえば、フェルミ様が熱を出された時など、職務を放りだして来てくださったではありませんか。これはもう、愛です、愛!」
「あ、愛? カインさんが?」
フェルミは、好意どころか、淡い恋をすっ飛ばして、いきなり愛になったことにびっくりした。心がついてこない。ぽかんと口を開けていると、侍女長が満面の笑顔で語りだした。
「先生の仰るのは、親子の愛情とかではありませんからね? フェルミ様の側にいたファーリさんというかたは恋多き女性だったんでよね? 彼女の恋人たちと比べて、カインさんはどうです? フェルミ様をお嫌いな素振りなどありましたか?」
「料理長さんやトラムさんと比べて……。あの、彼らより、もっと大切にしていただいている、と思います」
フェルミは、正直にあるがままを答えた。百戦錬磨のファーリと自分を比べられるわけはないので、相手の対応が違っても当たり前だろう。
「きゃあ、フェルミ様ったら。無自覚でのろけを仰るなんて。ふふふ」
「の、のろけ? いえ、そういうつもりでは……」
「あら? フェルミ様は、カイン卿がご迷惑でしょうか?」
「いえ、とんでもない! 迷惑だなんて……」
「好みではない、とか? お友達にもなれないほど、嫌なタイプでしょうか?」
「こ、ここ、好みとか、よくわかりませんが、嫌ではありません」
ところが、話しが全く違う方向にいった。軌道修正しようにも、フェルミと彼女たちでは多勢に無勢。考えようとしている間に、どんどん話しが進んだ。
「では」
「じゃあ」
「それでは」
「ふふふ、フェルミ様も、カイン様にってことですよね?」
「最初は、友達感覚でいいんですよ。そうと決まれば、明日の授業は、特別なものにしないと」
「特別授業、ですか?」
「カイン様に限らず、男性とお付き合いするための、デートの予行演習です。フェルミ様、明日までに、流行の恋愛小説をお読みになってくださいね。それが、本日の課題です」
「先生、ナイスです! では、とっておきの大人用のベストセラーをお持ちしますね!」
「カイン卿にも、事前準備をしていただきましょう」
「あ、あの! ああ、行っちゃった。どうしよう……」
彼女たちは、走りだしたら止まらない。本気で、カインとの仲を取り持つつもりだろう。
彼女たちは、もともと、カインのわかりやすすぎる猛アプローチが全然効果がないのをやきもきしていたのである。
フェルミの気持ちが、少しでも彼に傾いているのなら、自分たちの手で、その角度をぐんとカインに向けてやれば良い。
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