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手紙が届けられたのは、やけに明るい日差しが降り注ぐ午後だった。
フェルミは、そこに書かれていた内容を見て、ふっとため息を吐く。
「やっと……」
目を閉じ、様々なことを思い出す。フェルミは、ファーリのせいで、ラートのようなマザコンというのは極悪非道の悪人のイメージが強い。ラートと話をしたのも片手でもあまるほどの回数だったこともあり、自分につけられた重い鎖が取れたような、晴れ晴れとした気持ちしかなかった。
「フェルミさん、なんと書かれているのか教えていただいても?」
「騎士団長様、わざわざ持ってきてくださりありがとうございました。これまでと状況が変わったので、いずれ知ることにもなる皆様にも聞いていただけるほうが良いかと思います」
カインは、背筋を伸ばしているフェルミの隣に居座っていた。隙あらば、手を握ったり、腰に手を当てそうなほど近い。だが、空気を読めとコーパに睨まれて背後に回った。
ランサミは彼が立ち上がった時の、フェルミの不安そうな表情を見ていたので、座ったままのほうがいいのかもしれないと思っていたが、団長に逆らうほどはないと、口には出さなかった。
「まず、皆様の想像通り、私の結婚は無効になりました。ですので、今後、私はバスタを名乗ることはできません」
「そうですか。では、今後はご実家の名を?」
当然の言葉に、コーパ含む、部屋にいる全員がそう思った。ところが、彼女が首を横に振りながら続けた内容に眉をしかめる。
「ロキソ伯爵家が、私の存在に関して、国に虚偽の報告をしたのはご存知ですよね。ですが、フレイム国に来てからの現在の私の状況を知った伯爵家は、忌み子として病気でなくなったと死亡届を出した私を、実は生きていたと、国に提出した書類の修正をして戻そうとしたらしいです」
「フェルミさんのスキルが、実は貴重なもので、主要国の後見を得たからか。今更、そんなこと、許されるはずはない」
思わず、カインが口を挟んだ。彼は、あまりにも身勝手な伯爵家の、あからさますぎる厭らしい思惑に憤る。それはカインだけではなかった。侍女長などは、内心伯爵家に悪態を吐いている。
フェルミは、体をカインのほうに向けて、頭を下げた。
「カインさん、皆さん、私のために怒っていただいてありがとうございます。ただ、そもそも私の気持ちがあの家にはありませんので、国王陛下やゲブリオ公爵様の口添えもあり、フェルミという子供は死亡したままになったようです。伯爵家は意義を申し立てたそうですが、私への虐待の事実があることで受け入れられず、今後、かの家に対して裁判が開かれる予定だと書かれています」
「守るべき子供への虐待だけでなく、国民の生死を、一貴族が書類を好き勝手にしたのだから、それ相応の罪に問われるだろうな。だが、フェルミさんはそれでいいのか?」
「ええ……。私は、あの家では産まれてきてはいけない子だったんです。ですので、私の家族は、ずっと側にいてくれたファーリだけです。ファーリだけが、当時の私のスキルを見ても、ありのままの私を受け入れてくれました。だから、彼女以外に私の家族なんていません」
きっぱりそう言ったフェルミの瞳に、戸惑いや未練などなかった。そんな彼女の意思に、誰もが言葉を失う。感嘆しつつも、なんと声をかけていいのかわからないのだろう。
「ロキソ伯爵家のことは、国王陛下がたが、きちんと対処されるので心配しなくていいそうです。ただ、心の負担になるほどの罰は、私の意思がなければ科さないと」
「フェルミさんが望む通りに処罰を与えるということか」
「……私は、復讐など望みません。全て陛下にお任せして、公正な裁判さえしていただければ意義は唱えません。だって、私には、グリーン国ではファーリたちがいましたし、ここでは、カインさんや公爵家の皆様、そして騎士団の皆様がいてくださいますから……だから、幸せなんです」
小さくつぶやいた彼女の言葉に、聞いていた人々の胸が痛んだ。本来なら、伯爵令嬢として蝶よ花よと育てられ、その幸せな人生に一点の曇もなかったはずだ。なぜ、フェルミがこのような扱いを受けたのか、それは、グリーン国で開かれる裁判で明らかになっていくだろう。
フェルミは、コーパを正面から見つめた。その後ろで、自分を名指しで言ってくれたと喜んで微笑んでいるカインの姿は、彼女には見えないが、コーパを呆れさせている。
「それで、私の名前ですが、新たに戸籍をいただきました。これまでのことや、今後のことを考えて、このまま、ゲブリオ公爵様の養女として、フェルミ・ゲブリオと名乗ることを許されました。このまま、この邸で過ごすようにとのことです」
カインは、その言葉を聞いて衝撃を受けた。フェルミが公爵令嬢になるのなら、自分では逆立ちしても身分が足らない。今後、高位貴族どころか、王族までが彼女に求婚するだろう。
カインを襲った凄まじい衝撃や焦燥は、フェルミは知る由もない。
「あと……えーと……。……今後の婚姻に関しては、私の一存で決めるようにと……。よほど問題のある男性でなければ、誰と結ばれても良いと。……あり得ないですよね」
先走った公爵の手紙に、顔を真っ赤にして身悶えるフェルミを見て、先程まで絶望の淵にいたカインの心が急上昇する。ころころ感情のまま変わり続ける彼の表情を見て、コーパは笑いを堪えるのに必死だった。
「いや、もうすでに、ゲブリオ公爵や、あなたを預かっているフレイム国、後見人の聖女様のもとに、各国から求婚書が届いているんだ。フェルミさんさえよければ、会いたいと言っているそうだ。あなたを実際に見て、是非にと申し出ている男もいるらしい」
「え? そんな……。私、もう結婚とか結構です……。皆様の役にたちながら、静かに生きていけたらと思います」
「結婚したくないのか? あなたを真剣に慕っている男もいると思うんだが……」
「まあ、ふふふ。騎士団長様でも御冗談を仰るんですね。社交辞令はありがたくいただいきますが、そのような男性がいるはずがありません」
「いるはずがない、ねぇ……」
フェルミが笑いながら言ったあと、コーパは含みのある表情でカインを見た。ランサミだけでなく、侍女長たちにまで、彼の気持ちはだだ漏れなのである。
前途多難だと、全員がカインを憐れみ、フェルミ以外がこっそりため息を吐いた。
余談だが、ラートたちが伯爵家にした借金について、連帯保証人の欄は、借金取立人のマキロになっていた。彼は、フェルミを襲おうとしたことがあり、それを不問にするためにトラムが連帯保証人変更のサインをさせたのである。本来なら、死者が契約書にサインができるはずがないため、それも無効になるはずだった。しかし、マキロの罪も重いためそのままになったのである。
フェルミは、そこに書かれていた内容を見て、ふっとため息を吐く。
「やっと……」
目を閉じ、様々なことを思い出す。フェルミは、ファーリのせいで、ラートのようなマザコンというのは極悪非道の悪人のイメージが強い。ラートと話をしたのも片手でもあまるほどの回数だったこともあり、自分につけられた重い鎖が取れたような、晴れ晴れとした気持ちしかなかった。
「フェルミさん、なんと書かれているのか教えていただいても?」
「騎士団長様、わざわざ持ってきてくださりありがとうございました。これまでと状況が変わったので、いずれ知ることにもなる皆様にも聞いていただけるほうが良いかと思います」
カインは、背筋を伸ばしているフェルミの隣に居座っていた。隙あらば、手を握ったり、腰に手を当てそうなほど近い。だが、空気を読めとコーパに睨まれて背後に回った。
ランサミは彼が立ち上がった時の、フェルミの不安そうな表情を見ていたので、座ったままのほうがいいのかもしれないと思っていたが、団長に逆らうほどはないと、口には出さなかった。
「まず、皆様の想像通り、私の結婚は無効になりました。ですので、今後、私はバスタを名乗ることはできません」
「そうですか。では、今後はご実家の名を?」
当然の言葉に、コーパ含む、部屋にいる全員がそう思った。ところが、彼女が首を横に振りながら続けた内容に眉をしかめる。
「ロキソ伯爵家が、私の存在に関して、国に虚偽の報告をしたのはご存知ですよね。ですが、フレイム国に来てからの現在の私の状況を知った伯爵家は、忌み子として病気でなくなったと死亡届を出した私を、実は生きていたと、国に提出した書類の修正をして戻そうとしたらしいです」
「フェルミさんのスキルが、実は貴重なもので、主要国の後見を得たからか。今更、そんなこと、許されるはずはない」
思わず、カインが口を挟んだ。彼は、あまりにも身勝手な伯爵家の、あからさますぎる厭らしい思惑に憤る。それはカインだけではなかった。侍女長などは、内心伯爵家に悪態を吐いている。
フェルミは、体をカインのほうに向けて、頭を下げた。
「カインさん、皆さん、私のために怒っていただいてありがとうございます。ただ、そもそも私の気持ちがあの家にはありませんので、国王陛下やゲブリオ公爵様の口添えもあり、フェルミという子供は死亡したままになったようです。伯爵家は意義を申し立てたそうですが、私への虐待の事実があることで受け入れられず、今後、かの家に対して裁判が開かれる予定だと書かれています」
「守るべき子供への虐待だけでなく、国民の生死を、一貴族が書類を好き勝手にしたのだから、それ相応の罪に問われるだろうな。だが、フェルミさんはそれでいいのか?」
「ええ……。私は、あの家では産まれてきてはいけない子だったんです。ですので、私の家族は、ずっと側にいてくれたファーリだけです。ファーリだけが、当時の私のスキルを見ても、ありのままの私を受け入れてくれました。だから、彼女以外に私の家族なんていません」
きっぱりそう言ったフェルミの瞳に、戸惑いや未練などなかった。そんな彼女の意思に、誰もが言葉を失う。感嘆しつつも、なんと声をかけていいのかわからないのだろう。
「ロキソ伯爵家のことは、国王陛下がたが、きちんと対処されるので心配しなくていいそうです。ただ、心の負担になるほどの罰は、私の意思がなければ科さないと」
「フェルミさんが望む通りに処罰を与えるということか」
「……私は、復讐など望みません。全て陛下にお任せして、公正な裁判さえしていただければ意義は唱えません。だって、私には、グリーン国ではファーリたちがいましたし、ここでは、カインさんや公爵家の皆様、そして騎士団の皆様がいてくださいますから……だから、幸せなんです」
小さくつぶやいた彼女の言葉に、聞いていた人々の胸が痛んだ。本来なら、伯爵令嬢として蝶よ花よと育てられ、その幸せな人生に一点の曇もなかったはずだ。なぜ、フェルミがこのような扱いを受けたのか、それは、グリーン国で開かれる裁判で明らかになっていくだろう。
フェルミは、コーパを正面から見つめた。その後ろで、自分を名指しで言ってくれたと喜んで微笑んでいるカインの姿は、彼女には見えないが、コーパを呆れさせている。
「それで、私の名前ですが、新たに戸籍をいただきました。これまでのことや、今後のことを考えて、このまま、ゲブリオ公爵様の養女として、フェルミ・ゲブリオと名乗ることを許されました。このまま、この邸で過ごすようにとのことです」
カインは、その言葉を聞いて衝撃を受けた。フェルミが公爵令嬢になるのなら、自分では逆立ちしても身分が足らない。今後、高位貴族どころか、王族までが彼女に求婚するだろう。
カインを襲った凄まじい衝撃や焦燥は、フェルミは知る由もない。
「あと……えーと……。……今後の婚姻に関しては、私の一存で決めるようにと……。よほど問題のある男性でなければ、誰と結ばれても良いと。……あり得ないですよね」
先走った公爵の手紙に、顔を真っ赤にして身悶えるフェルミを見て、先程まで絶望の淵にいたカインの心が急上昇する。ころころ感情のまま変わり続ける彼の表情を見て、コーパは笑いを堪えるのに必死だった。
「いや、もうすでに、ゲブリオ公爵や、あなたを預かっているフレイム国、後見人の聖女様のもとに、各国から求婚書が届いているんだ。フェルミさんさえよければ、会いたいと言っているそうだ。あなたを実際に見て、是非にと申し出ている男もいるらしい」
「え? そんな……。私、もう結婚とか結構です……。皆様の役にたちながら、静かに生きていけたらと思います」
「結婚したくないのか? あなたを真剣に慕っている男もいると思うんだが……」
「まあ、ふふふ。騎士団長様でも御冗談を仰るんですね。社交辞令はありがたくいただいきますが、そのような男性がいるはずがありません」
「いるはずがない、ねぇ……」
フェルミが笑いながら言ったあと、コーパは含みのある表情でカインを見た。ランサミだけでなく、侍女長たちにまで、彼の気持ちはだだ漏れなのである。
前途多難だと、全員がカインを憐れみ、フェルミ以外がこっそりため息を吐いた。
余談だが、ラートたちが伯爵家にした借金について、連帯保証人の欄は、借金取立人のマキロになっていた。彼は、フェルミを襲おうとしたことがあり、それを不問にするためにトラムが連帯保証人変更のサインをさせたのである。本来なら、死者が契約書にサインができるはずがないため、それも無効になるはずだった。しかし、マキロの罪も重いためそのままになったのである。
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