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ゆらゆらと、海に浮かぶ小舟に乗っているような気分だ。いつも見るとても悲しい夢ではなく、ファーリたちがお茶とお菓子を準備してフェルミを待っていた。
(ああ、ファーリ、皆……すぐ、そっちに行くわ)
これは、現実ではない。とても幸せで、ずっとそこにとどまりたくなる幻想だとわかった。
それでも良かった。目が覚めるまで彼女たちといたい。
そう思ったフェルミが、どれほど手を伸ばしても、ファーリたちには届かない。それどころか、ファーリたちが遠のいていく。
(待って、待って……)
どんどん景色がぼやけていく。代わりに、耳に人々のざわめきが聞こえてきた。
「わしは、孫の結婚式に遅れるわけにはいかなかったんだ。だが、フェルミさんのおかげで充分間に合う。彼女に礼を言いたい。どうか、彼女に会わせてくれ」
「彼女は安静中なんです。令嬢とフレイム国の王子殿下のご結婚、誠におめでとうございます。彼女が起きたら、きちんと大公殿下の伝言は申し伝えますから。部屋で大人しく過ごしてください」
「私に、フェルミさんを診させていただけませんか? あれから、目が覚めておられないのでしょう? 心配で……」
「今の彼女に必要なのは、ゆっくり眠ることだけです。船医にも診てもらっています。光の国の聖女様のお申し出は大変ありがたいですが、どうぞお引き取りを」
知らない人々の声と、冷静そうに見えて苛立つ対応をしているカインの声がした。
彼の名を呼ぼうとした時、フェルミの唇に指をあてられた。眼の前に、海をうつしこんだような瞳をした美しい女性がいて微笑んでいる。
「フェルミさん、目が覚めたのね。ここがどこかわかるかしら? 今、あなたが起きたことを、あの人達に知られたら大騒動になるの。だから、シー。ね?」
フェルミは、彼女の美しい笑みと声に圧倒され、こくこく頷く。
「ふふふ、あなたにとっては、はじめましてかしら。私は、初日にあなたを診察した船医よ。スキルを使ったことは覚えているかしら?」
そういえば、スクリューが無事に動いたという声は聞こえた。そこから先の記憶がない。フェルミがコクリと頷くのを見た彼女から、続けて状況を説明された。
「あなたのおかげで、船は順調に航海を再開したの。予定よりも少し遅れるけれど、フレイム国に明日には到着できるわ。だから、船長たちどころか、乗客たちにも英雄扱いになってしまってね。騒がしいのはそのせいよ。そうそう、あなたは、あれから2日も眠っていたの。あまり、スキルを使っていなかったのかしら? いきなり大きなスキルを使ったせいで、体に負担がかかったんだと思うわ。大丈夫、すぐに回復するし、よくあることだから心配しないでね」
(2日も……。私は、そんなにも長い間眠っていたのね。スキルは、あの時以来使っていなかったのに、力いっぱい使ってしまったから、かえってご迷惑をかけてしまったのね)
まだはっきりと覚めていない頭で、フェルミは考え込んだ。やがて、人々の声がなくなり、カインがぶつくさいいながらこっちに向かってきた。
「まったく、どいつもこいつもやかましい。追い払っても追い払っても、次から次へと……。フェルミさん、目が覚めたのか!」
フェルミが船医と話をしているのを見て、カインは仏頂面から一転して満面の笑顔になる。急いでフェルミのもとに来ると、小さな手を握った。
(この手……ずっと感じていた温もりはカインさんの手だったのね。あったかい……)
夢の中で、フェルミがあれほど温かい気持ちで幸せな夢を見ることができたのは、この手のおかげかもしれない。フェルミは、カインを見上げると微笑んだ。
「カインさん、もしかしてずっと看病をしていてくれたんですか? ありがとうございます。でも、いきなり意識を失ってしまって……。本当にごめんなさい」
カインが、お礼と謝罪を同時にしたフェルミの手を軽く握りしめた。
「フェルミさんが謝る必要なんてないさ。夜の海という危険な中、皆のために頑張って、見事スクリューを動かしたんだ。皆、あなたに感謝してる。だから、胸を張ってくれ」
カインは、だからこそ、五月蠅い連中が次々やってくるんだがなと、苦笑した。彼の、ゆらゆらきらめく灯のような瞳には、自分に対する優しさが込められているのがわかった。フェルミは、胸の奥が温かくなる。
「カインさんが、一緒にいてくれたから。カインさんが、今みたいに励まして背中を押してくれたからです」
「俺なんて、大したことはしてない。それよりも、どこか辛いところはないか?」
「はい。不思議と、とても気分がいいです。目覚めもすっきりで、二日も眠っていたなんて信じられません」
フェルミは、自分にとっても呪縛のようだったスキルで人々の役に立てたのは、カインのおかげだと本気で思っている。カインに心を込めてそう言うと、彼は少し照れたように笑った。
「こほん、雰囲気のいいところごめんなさーい? そろそろ患者の診察をしたいんだけどいいかしら? 着替えもしなきゃね。カインさんは、フェルミさんが起きたことを船長に伝えてきてね」
ふたりが微笑み合っていると、船医の言葉が割り込んできた。慌てて離れると、カインは耳を真っ赤にして出ていった。
一方のフェルミといえば、ごくごく普通だった。彼女としては真面目にカインに恩を感じているだけなのかと、船医は吹き出しそうになるのをこらえていた。
「クスクス、なるほどなるほど。あのカインがねぇ。これはまた、難儀しそうな相手だわ」
「あの?」
どうやら、船医もカインと知り合いのようだ。意味ありげに笑う彼女を見て、フェルミは首をかしげた。
「いいのいいの、こっちの話。それよりもフェルミさん、体をきれいに拭いて着替えもその時にしているんだけど、気持ち悪くない? 動けそうならシャワーを浴びてもいいわよ」
「なにからなにまで、本当にお世話になってしまって。あの、よろしければ、お言葉に甘えてシャワーを浴びたいです」
「うんうん。あなたの体内の魔力の流れを診たところ、すごく安定しているから大丈夫だと思うわ。あ、普段は侍女と一緒に入っているのかもしれないけれど、ここにはそういう人はいないから、ひとりで入れるのなら、だけどね」
「あ、はい。ずっとひとりで入っておりましたから、大丈夫です」
船医の許可が出たので、フェルミは立ち上がりシャワー室に向かう。手慣れた様子で着替えなども準備するのを、船医は不思議そうに彼女の様子を見守っていた。
(ああ、ファーリ、皆……すぐ、そっちに行くわ)
これは、現実ではない。とても幸せで、ずっとそこにとどまりたくなる幻想だとわかった。
それでも良かった。目が覚めるまで彼女たちといたい。
そう思ったフェルミが、どれほど手を伸ばしても、ファーリたちには届かない。それどころか、ファーリたちが遠のいていく。
(待って、待って……)
どんどん景色がぼやけていく。代わりに、耳に人々のざわめきが聞こえてきた。
「わしは、孫の結婚式に遅れるわけにはいかなかったんだ。だが、フェルミさんのおかげで充分間に合う。彼女に礼を言いたい。どうか、彼女に会わせてくれ」
「彼女は安静中なんです。令嬢とフレイム国の王子殿下のご結婚、誠におめでとうございます。彼女が起きたら、きちんと大公殿下の伝言は申し伝えますから。部屋で大人しく過ごしてください」
「私に、フェルミさんを診させていただけませんか? あれから、目が覚めておられないのでしょう? 心配で……」
「今の彼女に必要なのは、ゆっくり眠ることだけです。船医にも診てもらっています。光の国の聖女様のお申し出は大変ありがたいですが、どうぞお引き取りを」
知らない人々の声と、冷静そうに見えて苛立つ対応をしているカインの声がした。
彼の名を呼ぼうとした時、フェルミの唇に指をあてられた。眼の前に、海をうつしこんだような瞳をした美しい女性がいて微笑んでいる。
「フェルミさん、目が覚めたのね。ここがどこかわかるかしら? 今、あなたが起きたことを、あの人達に知られたら大騒動になるの。だから、シー。ね?」
フェルミは、彼女の美しい笑みと声に圧倒され、こくこく頷く。
「ふふふ、あなたにとっては、はじめましてかしら。私は、初日にあなたを診察した船医よ。スキルを使ったことは覚えているかしら?」
そういえば、スクリューが無事に動いたという声は聞こえた。そこから先の記憶がない。フェルミがコクリと頷くのを見た彼女から、続けて状況を説明された。
「あなたのおかげで、船は順調に航海を再開したの。予定よりも少し遅れるけれど、フレイム国に明日には到着できるわ。だから、船長たちどころか、乗客たちにも英雄扱いになってしまってね。騒がしいのはそのせいよ。そうそう、あなたは、あれから2日も眠っていたの。あまり、スキルを使っていなかったのかしら? いきなり大きなスキルを使ったせいで、体に負担がかかったんだと思うわ。大丈夫、すぐに回復するし、よくあることだから心配しないでね」
(2日も……。私は、そんなにも長い間眠っていたのね。スキルは、あの時以来使っていなかったのに、力いっぱい使ってしまったから、かえってご迷惑をかけてしまったのね)
まだはっきりと覚めていない頭で、フェルミは考え込んだ。やがて、人々の声がなくなり、カインがぶつくさいいながらこっちに向かってきた。
「まったく、どいつもこいつもやかましい。追い払っても追い払っても、次から次へと……。フェルミさん、目が覚めたのか!」
フェルミが船医と話をしているのを見て、カインは仏頂面から一転して満面の笑顔になる。急いでフェルミのもとに来ると、小さな手を握った。
(この手……ずっと感じていた温もりはカインさんの手だったのね。あったかい……)
夢の中で、フェルミがあれほど温かい気持ちで幸せな夢を見ることができたのは、この手のおかげかもしれない。フェルミは、カインを見上げると微笑んだ。
「カインさん、もしかしてずっと看病をしていてくれたんですか? ありがとうございます。でも、いきなり意識を失ってしまって……。本当にごめんなさい」
カインが、お礼と謝罪を同時にしたフェルミの手を軽く握りしめた。
「フェルミさんが謝る必要なんてないさ。夜の海という危険な中、皆のために頑張って、見事スクリューを動かしたんだ。皆、あなたに感謝してる。だから、胸を張ってくれ」
カインは、だからこそ、五月蠅い連中が次々やってくるんだがなと、苦笑した。彼の、ゆらゆらきらめく灯のような瞳には、自分に対する優しさが込められているのがわかった。フェルミは、胸の奥が温かくなる。
「カインさんが、一緒にいてくれたから。カインさんが、今みたいに励まして背中を押してくれたからです」
「俺なんて、大したことはしてない。それよりも、どこか辛いところはないか?」
「はい。不思議と、とても気分がいいです。目覚めもすっきりで、二日も眠っていたなんて信じられません」
フェルミは、自分にとっても呪縛のようだったスキルで人々の役に立てたのは、カインのおかげだと本気で思っている。カインに心を込めてそう言うと、彼は少し照れたように笑った。
「こほん、雰囲気のいいところごめんなさーい? そろそろ患者の診察をしたいんだけどいいかしら? 着替えもしなきゃね。カインさんは、フェルミさんが起きたことを船長に伝えてきてね」
ふたりが微笑み合っていると、船医の言葉が割り込んできた。慌てて離れると、カインは耳を真っ赤にして出ていった。
一方のフェルミといえば、ごくごく普通だった。彼女としては真面目にカインに恩を感じているだけなのかと、船医は吹き出しそうになるのをこらえていた。
「クスクス、なるほどなるほど。あのカインがねぇ。これはまた、難儀しそうな相手だわ」
「あの?」
どうやら、船医もカインと知り合いのようだ。意味ありげに笑う彼女を見て、フェルミは首をかしげた。
「いいのいいの、こっちの話。それよりもフェルミさん、体をきれいに拭いて着替えもその時にしているんだけど、気持ち悪くない? 動けそうならシャワーを浴びてもいいわよ」
「なにからなにまで、本当にお世話になってしまって。あの、よろしければ、お言葉に甘えてシャワーを浴びたいです」
「うんうん。あなたの体内の魔力の流れを診たところ、すごく安定しているから大丈夫だと思うわ。あ、普段は侍女と一緒に入っているのかもしれないけれど、ここにはそういう人はいないから、ひとりで入れるのなら、だけどね」
「あ、はい。ずっとひとりで入っておりましたから、大丈夫です」
船医の許可が出たので、フェルミは立ち上がりシャワー室に向かう。手慣れた様子で着替えなども準備するのを、船医は不思議そうに彼女の様子を見守っていた。
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