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40 危険な雇い主
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カインは、眼の前で起こったことが信じられなかった。
髪や瞳の色はともかく、彼女はグリーン国出身だ。植物を増やしたり、果実を甘く大きく実らせたり、薬草の効果を倍増させるといったものがメインだ。とにかく、緑に関連したスキルを授かるはずなのに、彼女はそれと相反する。
他の国でも、こうした効果を発動させる人など聞いたことがない。
初めて見たフェルミの、恐らくは世界で唯一の素晴らしいスキルに感嘆していた。
「……ご、ごめんなさいっ!」
フェルミが、カインが重ねていた手を振りほどいた。すると、両手を合わせて、カインや船長たちに頭を下げて謝罪をくり返し始めたのである。
「お、おい? お嬢ちゃん、一体、何を謝って……」
彼女が、いきなり手を振りほどき自分から遠ざかったことに小さなショックを受けていると、船長がとまどいながらフェルミに問いかけた。
「あ、あの……恐ろしいですよね。こんなスキルを黙っていて、も、申し訳、ございません。ブロック国の方が、以前、このスキルを大したことがないって仰っていて、皆様がこれほど驚かれるなんて思ってなかったんです。あの、信じてはいただけないかもしれませんが、私は植物に触れないとスキルを発動できません。フレイム国につくまで、部屋から出ませんので、どうかお許しくださいっ!」
俯いているせいで、彼女の表情が見えない。声がうわずり、下がった前髪から透明の雫が落ちている。
華奢な肩が、小刻みに震えており、彼女が泣いているのがわかった。
(泣くな、泣かないでくれ)
すぐさま、彼女を泣き止ませたくなった。カインの取るに足らない話や、珍しくもない料理に目を輝かせていた彼女の笑顔が見たいと思った。
「フェルミさん、落ち着くんだ」
「カインさん……あの、私、あなたとの契約をなかったことにしますから。もう、護衛もしていただかなくて結構です」
「何を言っているんだ」
「あ、あの、お金はそのままお受け取りいただいて……」
「フェルミさんっ!」
カインは、フェルミの体を抱きしめた。船長たちが驚いてこちらを見ているが構わない。
(完全に気が動転しているな。恐らく、自分でも何を言っているのかわかっていないだろう)
「フェルミさん、落ち着いて。大丈夫だから。な?」
「ひぃっく、ひ……ご、ごめ、ごめなさ……」
カインは、フェルミが自分のスキルを恐ろしいものだと認識していることが不思議だった。たしかに、珍しいスキルだ。
(なぜ、こんなにも自分のスキルを怖がっているんだ?)
フェルミは、単身フレイム国に行くことになった。普通、貴族ならば侍女のひとりやふたり連れて行く。しかも、既婚者だというのに、荷物も少なすぎる。
本で得た知識だけで、実際は無知で一般常識も知らない。それなのに、婚家が彼女をひとりで外国に行かせるだろうか。
どういうわけなのかと頭を回転させた。
「フェルミさん、フレイム国に行くのは、このスキルのせいなのか? 家を、追い出されたとか?」
「……」
沈黙の返事が、カインの考えを肯定していた。どうやら考えているよりも複雑そうな彼女の境遇に、わけもわからず、見たこともない彼女の夫への怒りが沸く。
「おいおい、熱烈なのはいいことだが。ちょっと俺達のことを思い出してくれねぇか?」
フェルミの涙が引っ込み始めた時、船長が声をかけてきた。カインはそれを聞いていたが完全にスルーして抱きしめたまま、フェルミの背を撫で続けようとした。
「え? あ、きゃあ。か、かかか、カインさん。あの、その……もう、大丈夫です、から」
フェルミは、そっとカインの胸を押して、腕の中から出ていった。途端に胸元が寂しくなった。
だが、真っ赤になっている彼女が、カインを意識しているのが胸を弾ませた。
「お嬢ちゃん、いや、フェルミさん。落ち着いたか? 何を恐れて謝っているのかはわからないが、ここにいるやつらは、誰一人として、フェルミさんをどうこうしようなんざ思っていない。わかるか?」
船長は、フェルミのスキルを見て、対等の相手だと認めたようだ。興奮が冷めない様子で、フェルミに船員たちの姿を確認させ、彼なりに彼女を落ち着かせようとしていた。
「あ、の……はい……。あの、皆さんは、平気なのでしょうか?」
彼らの姿が、フェルミにとって意外だったらしい。笑顔の彼らを見て戸惑っている。
「平気もなにも、すんげぇスキルじゃねぇか! ちょっとばかし、びっくりしたがよ!」
「そうだぜ、発動から効果が現れ始めたのもめちゃくちゃ早かったし。枯れるのだってあっという間とか。こんな強力な初めて見た!」
「そうそう。上位のスキル保持者くらいしか、こんなにも見事なもん、出せやしねぇ。マジ、すげぇよ」
船員たちも、船長と同じように、いや、それ以上に興奮していた。彼女を囲うように近づき、自分の思いを伝え始めたのである。
「え……? 凄い、んですか?」
きょろきょろと、フェルミは彼らを何度も見た。彼女もまた、初めて見る彼らの態度に信じられない思いをしているようだった。
(グリーン国では、冷遇されていたのか……何事も適材適所で、フェルミさんのスキルの活躍の場はいたるところにあっただろうに)
カインは、これまでの言動から、彼女の心が傷つき萎縮するほどの対応をうけていたのだと悟った。
「ああ。フェルミさんは、素晴らしいスキルの使い手だ。恐らく、騎士たちでも、フェルミさんほど上手にスキルを使えるやつはいない」
きらめく太陽のような瞳は、今は赤く染まり、目尻には涙のあとがあった。カインは、船員たちを押しのけて、フェルミの前に立つ。ハンカチを探すが、汚れていたため、指で拭うと、彼女はくすぐったそうに首をすぼめた。
(か、かわいいな……)
どうも彼女が相手だと、調子が狂いっぱなしだ。泣いている女性は面倒くさい以外の何物でもなかったというのに。
カインは、顔をしっかりあげた彼女に笑みが浮かぶと、心の底からほっとした。
(グリーン国では受け入れられなかったのかもしれないが、これからは引く手あまただろう。警戒心がなく、分かりやすい詐欺に簡単にひっかかりそうになったんだ。このまま、彼女ひとりでフレイム国にいるのは危ない)
カインは、フェルミのスキルを見て、ますます離れがたくなった。契約が終了しても、なんとか彼女を守り続けることができないかと考えを巡らせたのである。
髪や瞳の色はともかく、彼女はグリーン国出身だ。植物を増やしたり、果実を甘く大きく実らせたり、薬草の効果を倍増させるといったものがメインだ。とにかく、緑に関連したスキルを授かるはずなのに、彼女はそれと相反する。
他の国でも、こうした効果を発動させる人など聞いたことがない。
初めて見たフェルミの、恐らくは世界で唯一の素晴らしいスキルに感嘆していた。
「……ご、ごめんなさいっ!」
フェルミが、カインが重ねていた手を振りほどいた。すると、両手を合わせて、カインや船長たちに頭を下げて謝罪をくり返し始めたのである。
「お、おい? お嬢ちゃん、一体、何を謝って……」
彼女が、いきなり手を振りほどき自分から遠ざかったことに小さなショックを受けていると、船長がとまどいながらフェルミに問いかけた。
「あ、あの……恐ろしいですよね。こんなスキルを黙っていて、も、申し訳、ございません。ブロック国の方が、以前、このスキルを大したことがないって仰っていて、皆様がこれほど驚かれるなんて思ってなかったんです。あの、信じてはいただけないかもしれませんが、私は植物に触れないとスキルを発動できません。フレイム国につくまで、部屋から出ませんので、どうかお許しくださいっ!」
俯いているせいで、彼女の表情が見えない。声がうわずり、下がった前髪から透明の雫が落ちている。
華奢な肩が、小刻みに震えており、彼女が泣いているのがわかった。
(泣くな、泣かないでくれ)
すぐさま、彼女を泣き止ませたくなった。カインの取るに足らない話や、珍しくもない料理に目を輝かせていた彼女の笑顔が見たいと思った。
「フェルミさん、落ち着くんだ」
「カインさん……あの、私、あなたとの契約をなかったことにしますから。もう、護衛もしていただかなくて結構です」
「何を言っているんだ」
「あ、あの、お金はそのままお受け取りいただいて……」
「フェルミさんっ!」
カインは、フェルミの体を抱きしめた。船長たちが驚いてこちらを見ているが構わない。
(完全に気が動転しているな。恐らく、自分でも何を言っているのかわかっていないだろう)
「フェルミさん、落ち着いて。大丈夫だから。な?」
「ひぃっく、ひ……ご、ごめ、ごめなさ……」
カインは、フェルミが自分のスキルを恐ろしいものだと認識していることが不思議だった。たしかに、珍しいスキルだ。
(なぜ、こんなにも自分のスキルを怖がっているんだ?)
フェルミは、単身フレイム国に行くことになった。普通、貴族ならば侍女のひとりやふたり連れて行く。しかも、既婚者だというのに、荷物も少なすぎる。
本で得た知識だけで、実際は無知で一般常識も知らない。それなのに、婚家が彼女をひとりで外国に行かせるだろうか。
どういうわけなのかと頭を回転させた。
「フェルミさん、フレイム国に行くのは、このスキルのせいなのか? 家を、追い出されたとか?」
「……」
沈黙の返事が、カインの考えを肯定していた。どうやら考えているよりも複雑そうな彼女の境遇に、わけもわからず、見たこともない彼女の夫への怒りが沸く。
「おいおい、熱烈なのはいいことだが。ちょっと俺達のことを思い出してくれねぇか?」
フェルミの涙が引っ込み始めた時、船長が声をかけてきた。カインはそれを聞いていたが完全にスルーして抱きしめたまま、フェルミの背を撫で続けようとした。
「え? あ、きゃあ。か、かかか、カインさん。あの、その……もう、大丈夫です、から」
フェルミは、そっとカインの胸を押して、腕の中から出ていった。途端に胸元が寂しくなった。
だが、真っ赤になっている彼女が、カインを意識しているのが胸を弾ませた。
「お嬢ちゃん、いや、フェルミさん。落ち着いたか? 何を恐れて謝っているのかはわからないが、ここにいるやつらは、誰一人として、フェルミさんをどうこうしようなんざ思っていない。わかるか?」
船長は、フェルミのスキルを見て、対等の相手だと認めたようだ。興奮が冷めない様子で、フェルミに船員たちの姿を確認させ、彼なりに彼女を落ち着かせようとしていた。
「あ、の……はい……。あの、皆さんは、平気なのでしょうか?」
彼らの姿が、フェルミにとって意外だったらしい。笑顔の彼らを見て戸惑っている。
「平気もなにも、すんげぇスキルじゃねぇか! ちょっとばかし、びっくりしたがよ!」
「そうだぜ、発動から効果が現れ始めたのもめちゃくちゃ早かったし。枯れるのだってあっという間とか。こんな強力な初めて見た!」
「そうそう。上位のスキル保持者くらいしか、こんなにも見事なもん、出せやしねぇ。マジ、すげぇよ」
船員たちも、船長と同じように、いや、それ以上に興奮していた。彼女を囲うように近づき、自分の思いを伝え始めたのである。
「え……? 凄い、んですか?」
きょろきょろと、フェルミは彼らを何度も見た。彼女もまた、初めて見る彼らの態度に信じられない思いをしているようだった。
(グリーン国では、冷遇されていたのか……何事も適材適所で、フェルミさんのスキルの活躍の場はいたるところにあっただろうに)
カインは、これまでの言動から、彼女の心が傷つき萎縮するほどの対応をうけていたのだと悟った。
「ああ。フェルミさんは、素晴らしいスキルの使い手だ。恐らく、騎士たちでも、フェルミさんほど上手にスキルを使えるやつはいない」
きらめく太陽のような瞳は、今は赤く染まり、目尻には涙のあとがあった。カインは、船員たちを押しのけて、フェルミの前に立つ。ハンカチを探すが、汚れていたため、指で拭うと、彼女はくすぐったそうに首をすぼめた。
(か、かわいいな……)
どうも彼女が相手だと、調子が狂いっぱなしだ。泣いている女性は面倒くさい以外の何物でもなかったというのに。
カインは、顔をしっかりあげた彼女に笑みが浮かぶと、心の底からほっとした。
(グリーン国では受け入れられなかったのかもしれないが、これからは引く手あまただろう。警戒心がなく、分かりやすい詐欺に簡単にひっかかりそうになったんだ。このまま、彼女ひとりでフレイム国にいるのは危ない)
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