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 フェルミの頭の中に、幼いころに聞いた伯爵家の使用人たちの言葉が浮かんでくる。

 彼女は、読書と、離れの小さな庭を散歩する時間が好きだった。それしか許されなかったのもあるが、その散歩の時に聞こえてきた心ない言葉は、最初のうちはなにを言っているのかわからなかった。
 年を重ねていくうちに、彼らの言っている言葉を理解するようになり、胸の中に大きく深い傷を作った。忘れようとしても、ファーリたちと幸せな時を過ごしても消えないそれらは、事あるごとにフェルミを苦しめた。

『あれが、儀式の時に枝を枯れさせた破滅の子……? ああいやだ。あんな子がここのご令嬢だなんて。側にいる私たちにも、何か良くないことがあるんじゃないかしら?』
『実際被害は出ている。この領地だけ、周囲と比べて生産高が少ないんだ。周りの生産高は少なくとも2倍、多いところで5倍にも膨れ上がっているらしい。徐々に、この家の権勢も落ちているようだ。そのうち、給金が減らされるんじゃないか? ほかの家に今のうちに職場を変えたほうがいいって、みんな言ってる』
『しっ、旦那様がお戻りのようだ。お前たち、聞かれたらただではすまないぞ!』
『ああ、どうしてあんな子を、ご主人様は離れで育ててらっしゃるのかしら。いやだわ』

 フェルミが儀式をした時に、植物を枯らすスキルを授かったということは、緘口令を敷かれていた。だが、人の口に戸は立てられない。伯爵家では公然の秘密となっていた。

 彼らの言葉でショックを受けた際に、偶然触れたオリーブの木を枯らした。数秒で枯れたそれを見た使用人たちが悲鳴をあげて、大騒動になったのである。

『神よ、なぜ試練をお与えになられるのか。そうだ、この子は何かの間違いでこの世に来た悪魔かもしれない』
『きっとそうよ。ああ、おしまいだわ……!』
『どこかに消えてしまえばいいのに!』

 小さなフェルミに、大勢の大人が距離をとって責め立てた。恐ろしくて目を閉じていると、体に小さいが硬いものがいくつも当たってくる。額に当たった時、温かい水がフェルミの顔を濡らした。
 騒ぎを聞きつけたファーリが、フェルミの耳をふさいで離れに避難させてくれなければ、どうなっていたかわからない。それほど、使用人たちは殺気だっていた。

 どうやって部屋に戻ったのかは記憶にない。気が付けば、頭や腕に包帯が巻かれ、体のあちこちがガーゼで保護されていた。ファーリも手首に包帯を巻いており、一生懸命フェルミを慰めてくれていたことは覚えている。

 それ以来、フェルミが散歩をすることが極端に少なくなった。出ても、必ず本邸の使用人がいない時間を見計らって、短時間ですませていたのである。 

 過去の、途切れ途切れの悲しい記憶が、スキルを発動しようとしたフェルミを嘲笑った。あの時の大人たちの、恐ろしい姿が、フェルミは世界に存在してはいけない悪魔だと指差してくる。

(こわい……。でも、でも、この船に乗っている人たちを助けたい。私も、皆の役に立ちたい。どうか、どうか……カインさんたちが驚きませんように……。ああ、でも……嫌われたらどうしよう……)

 フェルミは、手に持った葉をじっと見つめた。彼らの反応が、ものすごく恐ろしい。

(厄災を呼ぶスキルだと、船から放り出されたらどうしよう)

 冒険ものの本で、犯罪を犯した人が、船員に囃し立てられて、サメが沢山いる海に処刑されたシーンを思い出す。数分後の自分のように思えて体が震えた。 

(新しい土地で新しい自分になれるだなんて、なんてだいそれた考えを持っていたのかしら……。やっぱり、私にはできない。無理よ……)

 小さく芽生えた勇気が、みるみる萎む。今すぐ船長に頭を下げて、出て行こうと思いかけた。

「フェルミさん、自信を持ってやってみるといい。大丈夫だ。ここには、人々を助けようと頑張るフェルミさんを笑うやつはいない。もしも、そんなやつがいたら、俺がぶっ飛ばしてやる」

 カインの温かくて大きな手が、彼女の手を包み込む。フェルミは、その手と、背後にいる彼の大きな温もりを感じて、息を深く吸った。

 カインや船長が、じっとしているフェルミをなんだと見守っている。しびれを切らした船長が、フェルミを追い出そうとした。

「おい、もういいか? こっちは忙し」
「やります……!」

 その時、フェルミは目を開いて、今まで使おうとしなかったスキルを発動した。みるみるうちに、手に持った観葉植物が枯れていく。水分がすっかりぬけてしおれたかと思うと、さらに風化が進み、鉢植えには土と、ほんの少しの茎の欠片が残されていた。

「な……なんだと?」
「すげぇ……。こんなスキル、初めて見た」

 彼女のスキルを目の当たりにした船長や船員たちから、簡単と驚愕の言葉が漏れた。そのあとに続く言葉がなかった。

 酷い罵声が飛んでくると目をぎゅっと閉じた。重なっていたカインの手が、フェルミの手をぎゅっと握ったまま動かない。心なしか、彼の温かかった手が冷たくなったような気がした。

(やっぱり、やめればよかった……)

 フェルミの目じりに涙が浮かんでくる。後悔してももう遅い。忌み嫌われた自分が行った厄災を見た彼らに、これからどのような対応をされるのかと、体を強張らせた。
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