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32 カイン・ラゾールという男
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狭い客室に初対面の男を入れたフェルミの無防備さと、今になって慌てふためいている姿に、カインは笑いそうになるのをこらえていた。雇用契約書によると、彼女は19歳になっており、すでに成人している。
どう見ても世間知らずすぎる彼女が、たったひとりでどうしてフレイム国に行かなくてはいけないのだろうと思った。公私混同は避けるべきだが、なぜか彼女のことが気になって仕方がない。
(ほかの男が護衛になっていたら、5日もあればあっという間にどうこうできていそうだな……)
護衛の中には、そういった手合いがいるのも知っている。合意の元であれば、国営の人材派遣会社であっても、いくら規約違反とはいえ介入はできない。実際、護衛と雇い主が結ばれて結婚している事例もあるのだから。
だが、たいていの場合は行きずりで、特に安価な未認可の人材派遣を利用した女性の場合は、目的地に着いた途端逃げる相手に対して訴えることもできず、泣き寝入りする事案がかなりの頻度で発生しているのだった。
ふたりは、備え付けられているソファに腰を下ろした。気まずい空気の中、どうしようとうろたえているフェルミが、唐突に立ち上がったかと思うと、カバンをがさごそ漁った。
「あの、お仕事が終わって直ぐに駆けつけていただいたのですよね? おなかがすいていませんか? 港で食べていた揚げた魚を挟んだパンを包んでくれてたんです。おまけも頂いていて、そちらなら口をつけていませんので、良かったらどうぞ」
カバンから、小さな袋を取り出す。中には、ふたつ包みがあり、どちらも同じものだという。カインは、フェルミから新しいそれを受け取ると、大きな口を開けて頬張った。
「あの港町の人気商品だね。気になっていたんだが、食べたことがなかったんだ。うん、冷めてもうまい」
「良かった! 揚げ物は船酔いしやすいらしいので、ほどほどになさってくださいね。あ、酔い止めもありますが、大丈夫でしょうか?」
ぺろりと平らげたカインを見つつ、手をパチンと叩いてはしゃぐ彼女がとても愛らしく見えた。派手な化粧っ気などない、ほぼ素顔の彼女は、地味に見えるがとても美しい顔立ちなのがわかる。
「はは、フェルミさんよりも船旅には慣れているから大丈夫だ。もっと荒れ狂う冬の海を渡ったこともある。酔い止めなんていらないさ」
「まあ、頼もしいですね。でしたら、カインさんは色んな国に行ったことがあるんですか? あの、差支えがなかったら、お話を聞かせていただけませんか? 私、お恥ずかしながら家からほとんど出たことがなくて。本ばっかり読んでいたんです」
キラキラ目を輝かせて訊ねてくる彼女は、年齢が本当は未成年の児童なんじゃないかと思えるほど無垢で純粋だと微笑む。仕事内容は話せないが、カインが各国で見たもの、感じたことを話すうちに、ふたりは徐々に打ち解けていった。
カインが、フレイム国の騎士団に入団したのは、今から10年ほど前だった。
もともと、各分野による学生の青田買いが有名な学園で、特に剣技やスキルを応用した学生の戦闘能力が高い学生は、卒業前に入団することが決まっていた。
カインの戦闘能力は、ほかの学生を遥かに抜きんでており、当時の部隊長と軽く渡り合えるほどであった。誰よりも最初に、騎士団から声がかかっていたのである。
しかし、当時のカインにとって、国に縛られる騎士という職業は魅力的に見えなかった。国同士の戦争は、今は不可侵条約を各国が結んでおり平和だが、やはりもめ事が多い。職業的には国によって保障されているので高給で手厚い福利厚生があるため人気職ではあるが、国の要請があれば否応なしにあちこちに飛ばされ危険な仕事をせざるを得ない。
カインは学業も上位に食い込んでおり、家族に心配をかけ続ける職業よりも、そこそこの給料で安定的な文官のほうがいいと断っていたのである。
しかし、卒業間近の文官の試験に落第したのだ。これには、学園中に激震が走るほど、自他ともに合格間違いなしだしだと思われていたカインにとって、初めての挫折だったのかもしれない。
卒業まであとわずかな時期に、就職先が決まっていないのは極まれだ。将来を決めていない学生は、継ぐ家があるとか、働かなくても良い環境であるとか、のんびりできる状況の学生だけなのである。
そんな中、中途採用はほとんど望めない文官の試験に落ちてしまったカインは、ギリギリでも声をかけてくれたコーパ騎士団長の勧誘に二つ返事でOKしたのであった。
不本意であったが、基礎体力も戦闘スキルも申し分なく、何事にも真面目に取り組む彼にとって、騎士という職業は思った以上に肌に合った。息をするように様々な課題をこなし、基本的に頭を使うことが苦手な騎士たちに頼られるようになるのに時間はかからなかった。
入団してから着実に昇級していき、100年に一度の逸材と言われた彼は、ここ50年の歴史の中で最年少で騎士団長直属の特殊部隊に入ることになった。
この部隊は、表立って活躍することがない。だが、彼らの仕事は国の存続を左右するほど重要であることが多く、各国に派遣されることも珍しくはなかった。
今回、グリーン国に仕事で来ていたのは、二国間の協定によるものだった。グリーン国に、前代未聞の豊作が続いたことで、儲けようと犯罪者が密入国する事件が多発した。自国で解決するには、グリーン国には、他国の戦闘能力に特化した犯罪者と渡り合えるスキルを持つような国民が圧倒的に少ない。
カインは、そういった密入国の犯罪者を捕らえて組織を壊滅させる手伝いをするために、グリーン国に滞在していたのである。
どう見ても世間知らずすぎる彼女が、たったひとりでどうしてフレイム国に行かなくてはいけないのだろうと思った。公私混同は避けるべきだが、なぜか彼女のことが気になって仕方がない。
(ほかの男が護衛になっていたら、5日もあればあっという間にどうこうできていそうだな……)
護衛の中には、そういった手合いがいるのも知っている。合意の元であれば、国営の人材派遣会社であっても、いくら規約違反とはいえ介入はできない。実際、護衛と雇い主が結ばれて結婚している事例もあるのだから。
だが、たいていの場合は行きずりで、特に安価な未認可の人材派遣を利用した女性の場合は、目的地に着いた途端逃げる相手に対して訴えることもできず、泣き寝入りする事案がかなりの頻度で発生しているのだった。
ふたりは、備え付けられているソファに腰を下ろした。気まずい空気の中、どうしようとうろたえているフェルミが、唐突に立ち上がったかと思うと、カバンをがさごそ漁った。
「あの、お仕事が終わって直ぐに駆けつけていただいたのですよね? おなかがすいていませんか? 港で食べていた揚げた魚を挟んだパンを包んでくれてたんです。おまけも頂いていて、そちらなら口をつけていませんので、良かったらどうぞ」
カバンから、小さな袋を取り出す。中には、ふたつ包みがあり、どちらも同じものだという。カインは、フェルミから新しいそれを受け取ると、大きな口を開けて頬張った。
「あの港町の人気商品だね。気になっていたんだが、食べたことがなかったんだ。うん、冷めてもうまい」
「良かった! 揚げ物は船酔いしやすいらしいので、ほどほどになさってくださいね。あ、酔い止めもありますが、大丈夫でしょうか?」
ぺろりと平らげたカインを見つつ、手をパチンと叩いてはしゃぐ彼女がとても愛らしく見えた。派手な化粧っ気などない、ほぼ素顔の彼女は、地味に見えるがとても美しい顔立ちなのがわかる。
「はは、フェルミさんよりも船旅には慣れているから大丈夫だ。もっと荒れ狂う冬の海を渡ったこともある。酔い止めなんていらないさ」
「まあ、頼もしいですね。でしたら、カインさんは色んな国に行ったことがあるんですか? あの、差支えがなかったら、お話を聞かせていただけませんか? 私、お恥ずかしながら家からほとんど出たことがなくて。本ばっかり読んでいたんです」
キラキラ目を輝かせて訊ねてくる彼女は、年齢が本当は未成年の児童なんじゃないかと思えるほど無垢で純粋だと微笑む。仕事内容は話せないが、カインが各国で見たもの、感じたことを話すうちに、ふたりは徐々に打ち解けていった。
カインが、フレイム国の騎士団に入団したのは、今から10年ほど前だった。
もともと、各分野による学生の青田買いが有名な学園で、特に剣技やスキルを応用した学生の戦闘能力が高い学生は、卒業前に入団することが決まっていた。
カインの戦闘能力は、ほかの学生を遥かに抜きんでており、当時の部隊長と軽く渡り合えるほどであった。誰よりも最初に、騎士団から声がかかっていたのである。
しかし、当時のカインにとって、国に縛られる騎士という職業は魅力的に見えなかった。国同士の戦争は、今は不可侵条約を各国が結んでおり平和だが、やはりもめ事が多い。職業的には国によって保障されているので高給で手厚い福利厚生があるため人気職ではあるが、国の要請があれば否応なしにあちこちに飛ばされ危険な仕事をせざるを得ない。
カインは学業も上位に食い込んでおり、家族に心配をかけ続ける職業よりも、そこそこの給料で安定的な文官のほうがいいと断っていたのである。
しかし、卒業間近の文官の試験に落第したのだ。これには、学園中に激震が走るほど、自他ともに合格間違いなしだしだと思われていたカインにとって、初めての挫折だったのかもしれない。
卒業まであとわずかな時期に、就職先が決まっていないのは極まれだ。将来を決めていない学生は、継ぐ家があるとか、働かなくても良い環境であるとか、のんびりできる状況の学生だけなのである。
そんな中、中途採用はほとんど望めない文官の試験に落ちてしまったカインは、ギリギリでも声をかけてくれたコーパ騎士団長の勧誘に二つ返事でOKしたのであった。
不本意であったが、基礎体力も戦闘スキルも申し分なく、何事にも真面目に取り組む彼にとって、騎士という職業は思った以上に肌に合った。息をするように様々な課題をこなし、基本的に頭を使うことが苦手な騎士たちに頼られるようになるのに時間はかからなかった。
入団してから着実に昇級していき、100年に一度の逸材と言われた彼は、ここ50年の歴史の中で最年少で騎士団長直属の特殊部隊に入ることになった。
この部隊は、表立って活躍することがない。だが、彼らの仕事は国の存続を左右するほど重要であることが多く、各国に派遣されることも珍しくはなかった。
今回、グリーン国に仕事で来ていたのは、二国間の協定によるものだった。グリーン国に、前代未聞の豊作が続いたことで、儲けようと犯罪者が密入国する事件が多発した。自国で解決するには、グリーン国には、他国の戦闘能力に特化した犯罪者と渡り合えるスキルを持つような国民が圧倒的に少ない。
カインは、そういった密入国の犯罪者を捕らえて組織を壊滅させる手伝いをするために、グリーン国に滞在していたのである。
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