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 陸地がどんどん遠ざかる。港町にぽつぽつ灯りが灯りだした。

 反対側にある太陽は、ぼんやりと明るく輝き、丸いはずのその形が、頭の下がくびれて、まるで体が出来たように見える。

「あれが、だるま夕日……」

 太陽というものは、自分が知る限り丸い形だ。明るく世界を照らしている光を纏っているため、本当に丸いかわからないので、光の中の本当の姿はこんなものなのかもしれないとも思う。

 冒険ものの本に、温暖差が激しいときにしか、この姿は見ることができないと書かれてあった。何もかもが初めて見る景色の中で、その太陽の姿は、フェルミの心に強烈に染み込んだ。
 壮大な景色を、何もかも忘れて見入っていると、あれほどゆっくり進んでいた太陽が、あっという間に沈んでしまった。かわりに、闇夜が世界を支配する。

 船に備え付けられたランプがあるとはいえ、このままここにいるのは危険だろう。甲板に出ている人は、もうフェルミ以外に数人だけだ。その人たちも歩き出した。このままここにいると、船員たちにも迷惑がかかる。

 フェルミは、チケットに書かれていた自分の部屋を探した。割とすぐに見つかった場所は、船の上のほうにあった。どうやらトラムは、そこそこ上質な部屋を用意してくれていたようだ。

 中に入ると、今まで住んでいた部屋の半分ほどの広さがあった。ユニットタイプのシャワー室まであって、隣接する部屋には小さなベッドがふたつある。フェルミは、ベッドを見て、はて、と首をかしげる。ひとりでフレイム国に行く自分には、ベッドはふたついらない。

(どうしてベッドがふたつもあるのかしら? 予備のベッドを、倉庫代わりに置いている、とか?)

 馬鹿なことを考えていると、部屋の扉がノックされた。

「はい、どちらさまでしょうか?」
「遅くなり申し訳ありません。この度、護衛として契約させていただいたカインと申します」
「あ、少々お待ちください」

 フェルミは、もしかしたら来ないと思っていた人物が来たことに、心の底からほっとした。受付の男たちは太鼓判を押していたが、やはり来ないかもと不安だったのである。

 壁にある小さな鏡で身だしなみを確認して扉を開ける。目の前には、書類に書かれていた特徴そのままの男がいた。彼を実際に見るなり、フェルミは驚いた。

「この度は、私の都合で大変失礼なことになり申し訳ありませんでした。見ず知らずのこちらを信頼していただき、感謝いたします」

 男は、フェルミを確認するとスマートに頭を下げた。明らかに上流の洗練された動きだ。優しいオレンジ色の前髪が、さらりと下に落ちる。
 フェルミは、想像していた以上に丁寧で真摯な態度に、慌てて声をかけた。

「頭を上げてください。あの、その節は、ありがとうございました。覚えておいででしょうか。以前、街で雷の国の商品を扱った詐欺に合いそうになったところを助けていただいた者です。あの時は、碌にお礼も言えず、失礼いたしました」

 フェルミの言葉に、今度はカインが驚いた。頭をあげてまじまじと彼女を見つめる。しばらく視線を上にして考えると、思い出したようで笑顔がこぼれた。

「あー、あの時の。一緒にいた、元気な女性とちっこい護衛はどうしたんだ? 君なら、護衛なんて雇わなくても良かったんじゃないか?」

 先ほどまで、恐縮しきりで至極丁寧な言葉遣いだったカインは、あの時と同じように砕けた口調になった。フェルミは、自分よりも頭ふたつは高い彼の温もりを与えてくれるような、焚火のような揺らめく瞳をじっと見つめる。

 そんな彼女の視線に、あまりにも踏み込んだ質問だったかと、ばつが悪そうに、カインもまた彼女の金の瞳を見つめてきた。

「えっと……。ちょっと事情があって、ひとりで向かうことになったのです。あなたこそ、護衛などしなくても良かったのでは?」
「あー、失礼なことを聞いてごめん。護衛って初めてで。雇い主のプライベートを、興味本位で訊ねてはいけなかったんだった。すまない、忘れてくれ。聞いていると思うが、帰国するついでなんだ。実は、手違いで帰国の船のチケットが準備されてなくてね。買おうと思ったら、完売されていたんだ。そこで、ちょうど護衛の仕事があるって聞きつけて、一緒にフレイム国まで連れて行ってもらおうと思ってね。お嬢さんは、きちんと護衛の分と、チケットを二枚持ってるんだろ?」

 フェルミは、こんなにも完璧そうな彼も、ミスをするのかと物珍しくてじろじろみてしまった。そこで、やっとベッドがふたつある理由に思い当たった。チケットは二枚だが、割り当てられた部屋はここだけだ。つまり、彼とこの部屋で一緒に過ごすことになるのだ、と。

「え、ええ。港についたら、護衛を雇ったほうがいいからと、トラ……、知人が用意してくれていたんです。でも、あなたのような、その、カインさんは、フレイム国では名のある方なのですよね? カインさんが使うような上等な船室じゃないですけれど……。よろしいのでしょうか?」

 フェルミの言いたい真意は別にある。とはいえ、直接聞くのは恥ずかしい。男女がひとつの部屋で数日泊ってもいいのかと、おずおずと訊ねた。耳どころか、首筋まで真っ赤になっているフェルミを見て、カインも、彼女の意図がわかったようだ。

「これでも、仕事がら野宿も慣れているんだ。正直、チケットさえもらえればいいと思って引き受けた仕事だ。言い方は悪いが、君を利用させてもらったんだ。俺は、この近くにある広間のソファで過ごすつもりだ。ああ、きちんと仕事はするから安心して欲しい。それに、俺としては報酬はタダでもいいくらいなんだが」

 フェルミは、ぽかんと彼を見上げる。彼のために、自分がどこかで過ごすつもりで聞いたのに、まさか野宿などしなさそうなカインが、ソファで過ごすなど簡単に言うとは思っていなかった。

「それはダメです。代金は、きちんとお支払いいたします。というよりも、すでに支払っていますから、きちんとお受け取りくださいね。あと、ソファなんて、そんな……。えっと、あ、の! ああ、あっち、あっちの部屋に、ベッドがふたつあったんです。ですから、そこで休んでいただければ、と」

 カインは、フェルミが天然でそう言っているのか、自分を誘っているのかほんの少し逡巡した。うぶなふりをして、自分を誘ってくる女性はあとを絶たない。しかし、目をぐるぐる回して汗まみれで真っ赤になってる彼女からは、自分に対する厚意以上の何も感じられなかった。

 簡単に、詐欺商品を信じていたあの時も思ったが、世間知らずで無知な女性なんだろうと少々呆れた。正直なところ、ソファで眠るよりはベッドで寝たい。カインは、フェルミの言葉をありがたく受諾することにしたのである。

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