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 トラムの計らいで、フェルミの側にレドがいるようになった。もともと、ラートが好き勝手する度に、レドが彼にあれこれ言うので煙たがられていたようだ。二つ返事でフェルミの護衛に戻ったのである。

「レド、毎晩徹夜の上に、昼間は庭でお仕事でしょう? たまには休んで」
「ん? 1週間くらいは貫徹平気ですよ。ラート様は、僕を使いっぱしりにするし、酔っぱらったり、イライラしたら殴ってきましたから、フェルミ様のところのほうが天国です」
「ダメよ。今日は休んで。私は大丈夫だから」

 フェルミが、レドに気を使って休むように言った夜、レドがいないことがわかった借金取りの男が、性懲りもなくフェルミの部屋を訪れた。鍵をがちゃりと開け、ドアノブに手をかける。

「ちっ、やっぱり開かないか。でもまあ、ロープのようなもんでくくってるな。なら……」

 男は、扉の隙間にダガーを差し込む。ごつっとした物に当たると、前後に動かし始めた。

「ラートの野郎のせいで、寂しい夜を過ごしているんだってなぁ。くくく、今から俺が楽しい夜にしてやるよ」

 男は、長い舌で唇をなめた。少しずつ、ぴんと張られた紐が切れていく感触が伝わる。手入れの行き届いた、切れ味の良い刃が、あっという間に邪魔な物を切り裂いた。

「さぁて、人妻かあ。しかも、あの女好きのラートが、この女を毛嫌いしていてまだ手をつけていないとか。ラッキー」

 どうやら、この部屋の主は忌み嫌われるスキルを持っているらしい。髪の色も瞳の色も違うため、保守的なグリーン国では異物として扱われてきたという。

「たかが草を枯らすだけのスキルを怖がってるとか、この国のやつらは情けない弱虫ばかりがそろってやがる。バカバカしいにもほどがあるな。火の国の連中なんざ、業火で全てを焼き尽くすっつーの。さあ、ファーリさん、優しくしてやるから、怖がらなくていい。今日からは、俺のことを旦那様って言っていいんだぜ?」

 くくくと笑いながら、男が手を伸ばす。ちらっと見ただけだが、地味だが美しい顔をしていた。ラートは、もっと色っぽいゴージャスな年上の女性が良いと、今も酒ををくらって女を買っているだろう。

 今日は邪魔なレドもいない。ゆっくりと、こんもりもりあがっているベッドに近づき、シーツをはぎ取った。

「なんだ、てめぇ!」

 そこそこ好みの女との情事を思い浮かべながら、にやついていた顔が固まる。ベッドには、フェルミとは似ても似つかない人物がいた。

「おっさん、こんなところで何をしているんだ?!」
「それはこちらのセリフです。夜中に、ドアのカギを開けてこっそり忍びこむなど。どのようなご用件で?」

 フェルミの代わりにベッドで横になっていたトラムが、涼しい顔をして男を見上げる。男はハメられたと悟ると、大声でわめきだした。

「うるせぇ。てめぇは馬鹿親子の尻ぬぐいをしてりゃいいんだよ。それよりも、俺の女はどこいった?」
「俺の女? おかしいですね、ここはラート様の奥方様の部屋です。お間違えでは?」
「やかましい!」

 男が激高し、拳をトラムの顔面目掛けて振り下ろした。ブロック国出身の彼は、肉体の一部を鉄に還ることができる。その拳は、重い鉄器と化していた。そのまま当たれば、トラムの顔面は破壊されるだろう。

 グリーン国の民は、緑に関連したスキルしかもたない。そのために、火の国や岩の国のような、戦闘スキルに特化したスキルにとって、御しやすい国なのである。
 ただ、彼らの国にはほとんど食料を生産することができないため、食料を輸出しているグリーン国と諍いを起こす事を禁止されていた。

 男は、数秒後には、血で濡れ鼻と歯が崩れたトラムの顔を想像し、フェルミの居場所を聞き出そうと興奮していたのに、体が動かせなくなっていた。

「な、なんだ? 腕が動かねぇ……!」
「おやおや、自慢の拳が、届かないようですね?」

 トラムがベッドから立ち上がり、手を軽く振った。彼の指先から、クレマチスが男に向かってのびていた。白やピンク、赤に青といった可愛らしい花が咲いている。
 一本や二本なら、男の力で簡単に引きちぎることができただろう。だが、男の体に巻き付いたクレマチスは何重にも重なり、それは炭素が混合された鋼よりも硬く壊すことなど不可能なほどであった。

「やった、さっすがトラム!」

 部屋の角から、ファーリが出てきてトラムに抱き着く。その後ろに、男の目当ての女性と、いなくなっていたレドが立っていた。

 形成は完全に逆転した。男は、他国、しかもブロック国と同盟国の貴族相手にやりすぎた。事後なら、初めてを奪われた女性の口など、どうとでも封じることができると思っていた。だからこそ、このような暴挙にでたのだが、この状況を、しかるべき機関に報告されれば国際問題に発展し、男の明日はない。それどころか、男の所属する組織に捜査の手が入れば、男は国と組織の両方に命を狙われるだろう。

「じょ、じょうだんだぜ? ちょっと、わるふざけがすぎちまった、かな? ははは」
「トラムさん、この男に僕が丹精込めて咲かせたバラを差し上げても?」
「この間、レドが改良したっていう、棘に毒があるバラか。いいんじゃないか?」

 男は、全く反省していないのがわかるほど、この期に及んで人を食ったかのような態度だった。恥知らずな男の我慢ならない態度に頭に来たレドが、クレマチスに覆われていない顔にバラを近づけた。深紅のその薔薇は美しく、香りも素晴らしい。だが、鋭い棘が未処理なそれの先が、男の頬や目に向かって伸びていた。このまま、少しでも顔をそれに近づければ、棘は容赦なく突き刺さる。

「ひ、ひい、や、やめてくれ!」
「この方は、今は子爵家の嫁がれましたが、元はこの国の伯爵家のご令嬢。そのことはあなたもご存じのはず。若奥様の許可さえあれば、今すぐ処理をしてもかまわないんですよ?」
「い、いてぇ! と、とげが刺さっちまった……! は、はやく毒をぬいてくれ! わ、わるかったよ! だから、命だけはたすけてくれぇえええ!」

 トラムの軽い脅しに、男はいとも簡単に白旗をあげる。その姿は、クレマチスの可憐花で彩られていたが、醜悪そのものであった。
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