完結(R18)赤い手の嫌われ子爵夫人は、隣国の騎士に甘すぎる果実を食べさせられる

にじくす まさしよ

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 フェルミは、トラムから話を聞いた後、本当にここは現実の世界なのだろうかと思った。全くもって非日常すぎて、実は不審者が来たとファーリが慌てたところから今の今まで夢の中なんじゃないかとさえ感じる。

 しかし、これは紛れもなく本当に起こったことで、本の世界でも、他人の物語でも、ましてや妄想でもなんでもなかった。

「なんですってぇ?!」

 フェルミと同じように、数分無言だったファーリも、ようやく頭が理解したようだ。瞬間湯沸かし装置のように、感情が爆発する。

「では、借金取りの男は、お嬢様を盾に、この家の借金返済をさせるために、伯爵家からお金をせびっていたっていうこと? で、伯爵家は持参金があるだろうと、あれ以上の金銭の援助を拒否をしたからって、子爵が頼み込んで借金として大金を定期的に渡してもらっていたですって?」
「はい……」
「トラムは知っていたのね?」
「最初は知りませんでしたが、わかっておりました。男に、お金を支払わなければ、子爵家の全財産はもちろんのこと、ラート様の命まで取ると言われて、旦那様や奥様が強行してしまい……申し訳ございません」
「なんで、止めてくれなかったのよ! あんな家から、借金を重ねるだなんて」

 フェルミは、まるで他人事のようにふたりの会話を聞いていた。彼女は、お金の価値がまだあまりわかっていない。小遣い程度のやりくりはなんとなくわかるが、働いたこともなく、浪費もしないので本当の子供のような感覚だ。

「どのくらい、借金があるの?」
「旦那様が、あちらの条件を全て飲んだため、24%の利子を合わせると、半年でこのくらいになっております……。ただ、返済期限は、通常よりも若干長めに設定してもらっておりました」
「ぼったくり!」

 ファーリは、ちょっとした領地の税収ほどの金額にあんぐりと口を開けた。あまりにも高額すぎて、一般庶民の彼女もまた、フェルミと同じく金銭感覚がわからなくなる。

「それって、ここの品物を売ったり、普通に働いたら返せるものなのかしら?」
「残念ながら。おそらくは、この家や若奥様の持参金で購入された、奥様のドレスや宝石類を合わせてもまだ足らないかと。勿論、旦那様は収入や商売でやりくりをして少しずつ返済されておりますが……」
「返済できない分は、ラート様が引き継ぐということね?」

 フェルミの真っ当な問いに、トラムが返した言葉は考えられないものであった。

「……いざとなれば、この家に若奥様を置き去りにして海外に逃亡するつもりです」
「はなっから踏み倒す気満々じゃない。しかも、お嬢様はサインなんかしてないのに、名義はマザコンでも連帯保証人はお嬢様とかありえない! これは詐欺よ! 文書偽造なんだから無効よ!」
「私が気づいた時には、もう、根保証の借金を申し込まれておりまして。どんどん負債額が膨れ上がってしまったあとでした……。どうしようか悩んでいたのですが……。公的に、その書類が認められており、私にはどうすることもできず……。契約に関与しておらず使用もしていない若奥様にも、当然支払う義務が生じてしまいます」

 フェルミは、どうして借金をしていないのに、自分が払わなければならないのかよくわからず首を傾げた。しかし、真面目で頭の良いトラムがそう言っているのならば、連帯保証人とはそういうものなのだろう。納得などできないが、彼がどうしようもなかったものを、自分がどうこうできるはずがない。

「もしも、もしもお義父たちがいなくなって、私ひとりになったら?」
「国に救済を求めることもできますが、伯爵家と若奥様の家族間のやりとりですので、不介入として処理されます。ただ、伯爵家の言うことを聞かなければならないでしょう」
「どんな要求であっても?」

 トラムは、口をつぐんだままこくりと頷いた。どんな命令をしてくるのか。普通の家庭なら、娘なのだからと借金など帳消しになるだろうが、あの伯爵家のことだ。どう考えても、フェルミのことを通常以上に責め立ててくるだろう。

「じゃあ、じゃあ。どう転んでも、お嬢様は詰んじゃってるじゃない! ねぇ、トラム。今すぐお嬢様と逃げましょう?」
「それでは、連帯保証人になった若奥様だけが、旦那様たちが逃亡した後に国際指名手配をされてしまう。伯爵家の借金を踏み倒せば処刑もやむを得ない罪なんだぞ。そうなれば、若奥様はどこの国に行っても生きてはいけない」
「マザコンが作った借金なんだから、生産者たちとマザコンだけが処刑になればいいじゃない!」
「ファーリ、口が過ぎるぞ」
「だって、だって……。こんなのあんまりよ! やっと、すこしだけでも、お嬢様にも平和な日が訪れたのに」

 フェルミは、自分の代わりに涙を流して怒ってくれるファーリを見て心がじんと温かくなる。くじけそうになる度に、何度も彼女は心の支えになってくれていた。
 まだ、多額の借金を背負ったという実感がわかないこともあり、とても冷静な自分になれたのは、ファーリがいてくれたおかげだろう。

「ファーリ、私のために怒ってくれて、本当にありがとう。お義父さまだって、今のところは返済なさっているようだし、様子を見るしかないのかしら。それはそうと、借金取りの男が、ラート様を逃がさないためにここに来たのはわかったけれど、どうして私の部屋に来たのかしら?」
「あの男は、女癖も酒癖が悪く、普段はラート様とともに女街に行くのですが……、たまに行けない日があるので……まさか、若奥様に手を出そうとしているとは思っていませんでした。レドを若奥様の護衛に戻すように進言します。このまま部屋に帰るのは危険ですので、今日は、不便でしょうが、こちらで我々とお過ごしください」

 色々な情報が一気に入りすぎて、頭がパンクしそうなほどいっぱいになっている。アルコールに弱いフェルミは、ファーリが勧めてくれた度数のほとんどない果実酒を少し飲んだだけで、瞼が下りてきた。

 ソファにもたれかかり、彼女を心配して見守っているふたりの側で、いつの間にか眠りについたのであった。




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