22 / 84
18
しおりを挟む
フェルミがラートの妻となってから半年が経過した。まだ一度も会ったこともない夫は、子爵夫人が言うにはそろそろ帰国してくるらしい。
「お嬢様、マザコン野郎の顔が、ようやく拝めますね」
「ファーリったら」
ファーリは、相変わらずフェルミのことを若奥様と呼ばない。実際、籍は入っているそうだが、顔合わせどころか手紙一つやり取りしていないのだ。
フェルミが手紙を出そうとしても、子爵夫人が「出しておくわ」と言うため、本当にラートの元に行っているのか疑わしい。さらに、ラートからフェルミ宛に返事が来たと彼女が言っても、実物を見せてくれないのである。
「あの子ったら、あなたに恥ずかしいから見せるなですって。ふふふ、本当に照れ屋さんなんだから。でも、とても嬉しがっているのよ。優しい子だから、とっても大切にしてくれるわ」
「そうなんですね。嬉しいです」
「そうそう、あの子が小さいころはね……」
子爵夫人の「あの子語り」は尽きないようで、フェルミが聞き上手なのをいいことに一時間は軽く超える。その内容も、ほとんどが夫人に対する優しさいっぱいの天使の武勇伝など、自慢話ばかりだった。
籍を入れてから5か月経った頃、伯爵家から残りの持参金が支払われたらしい。離婚すれば返金しなければならないものだが、子爵家には返す気はさらさらなかった。もらったもん勝ち、使ってしまったもん勝ちと言わんばかりに、あっという間にそれも全額使ったようだ。
そもそも、フェルミが自分たちにとって、一ミリも害がないとわかった今、あえて追い出す必要はないと考えているようだ。ラートが気に入らなければ、それこそ屋根裏でも閉じ込めてしまえばいいと高笑いをしていたと教えてくれたのは、現在ファーリと恋人になったトラムである。
彼は、この家には欠かせない人物で、裏の裏まで知っている。子爵すら知らないことまで、彼がいないと回らない部分もあり、彼がいなければとっくにバスタ子爵家は潰れていただろう。
「お嬢様、本当にいいのですか? 実は、トラムが、子爵が使い切ったって言っている持参金の一部を、お嬢様のために隠してくれているんです。逃げるのなら、マザコンが帰国する前しかないと思いますけど」
「まあ、トラムったら。思っていたけれど、とっても有能なのね。ファーリは、そんな彼と出会って結ばれる運命だったのねぇ。ふふふ、トラムはファーリにとっても甘いもの。情熱的で素敵……」
フェルミは、トラムとファーリの読んだ物語の主人公たちのような、ふとした時に醸し出される甘い雰囲気を思い出して、ほぅっとため息を吐く。
「そうなんですよ。彼ったら、亡くなったお母様の治療を先々代の子爵がしてくれたからってだけで、こんなところで馬車馬のごとく働き続けていたでしょう? 二重三重の帳簿なんて朝飯前ですから、チョロい子爵なんていくらでも騙せます……って、そうじゃないですよ!」
すると、ファーリも頬に手を当てて、うっとりと彼ののろけ話をするのだ。しかし、フェルミが自分の話題をそらすために話をしていることがわかったのか、話を止めた。
「お嬢様、わかってるんですか? いくら会ったこともない人だからって、もう夫婦なんですよ? 実物のマザコンが来ちゃったら、どんな相手でも夫婦としての……」
フェルミも、彼女が言わんとすることはわかっていた。本で読んだし、カロナからも教えてもらっている。
恥ずかしいよりも怖いイメージだが、世の中の男女はほとんどしていると聞いていた。だから、大丈夫だと思うようにしていたのである。
「うん、それは……。でも、お義母様がいうには、優しくて頼もしい男性らしいし」
「母親なんですから、どんな乱暴で阿呆な不細工でもかわいいに決まってます。あてになりません!」
「でも、本当はすごく良い人だったら? 嫁に逃げられたって悪い噂が立つだろうし、気の毒だわ」
「それは……」
フェルミの言葉に、ファーリは彼女の夫がどういった人物かわからないのに、幸せな家庭を築くかもしれない、万が一ほどの可能性も潰して良いのかと口ごもる。
「ね、ファーリ。ファーリが、私を思って言ってくれてるのはわかってるつもり。過去と決別してくれたのも、ここに留まってくれたのも、私のためだって。でもね、私がここを出ていったら? ファーリはここにはいられない。次も過去を捨てちゃうの? そんなの、もうダメ。私は、ファーリには、今度こそ愛する人と幸せになって欲しいの」
「お嬢様……」
フェルミは、ファーリには本当に感謝していた。そして、嫌われている自分のために、彼女がどれほどのものを諦めてくれたのかと、一生かけても償えないほどの申し訳ない気持ちを抱えていた。
フェルミは、自分よりもファーリにこそ幸せになってもらいたかったのである。
「お嬢様、マザコン野郎の顔が、ようやく拝めますね」
「ファーリったら」
ファーリは、相変わらずフェルミのことを若奥様と呼ばない。実際、籍は入っているそうだが、顔合わせどころか手紙一つやり取りしていないのだ。
フェルミが手紙を出そうとしても、子爵夫人が「出しておくわ」と言うため、本当にラートの元に行っているのか疑わしい。さらに、ラートからフェルミ宛に返事が来たと彼女が言っても、実物を見せてくれないのである。
「あの子ったら、あなたに恥ずかしいから見せるなですって。ふふふ、本当に照れ屋さんなんだから。でも、とても嬉しがっているのよ。優しい子だから、とっても大切にしてくれるわ」
「そうなんですね。嬉しいです」
「そうそう、あの子が小さいころはね……」
子爵夫人の「あの子語り」は尽きないようで、フェルミが聞き上手なのをいいことに一時間は軽く超える。その内容も、ほとんどが夫人に対する優しさいっぱいの天使の武勇伝など、自慢話ばかりだった。
籍を入れてから5か月経った頃、伯爵家から残りの持参金が支払われたらしい。離婚すれば返金しなければならないものだが、子爵家には返す気はさらさらなかった。もらったもん勝ち、使ってしまったもん勝ちと言わんばかりに、あっという間にそれも全額使ったようだ。
そもそも、フェルミが自分たちにとって、一ミリも害がないとわかった今、あえて追い出す必要はないと考えているようだ。ラートが気に入らなければ、それこそ屋根裏でも閉じ込めてしまえばいいと高笑いをしていたと教えてくれたのは、現在ファーリと恋人になったトラムである。
彼は、この家には欠かせない人物で、裏の裏まで知っている。子爵すら知らないことまで、彼がいないと回らない部分もあり、彼がいなければとっくにバスタ子爵家は潰れていただろう。
「お嬢様、本当にいいのですか? 実は、トラムが、子爵が使い切ったって言っている持参金の一部を、お嬢様のために隠してくれているんです。逃げるのなら、マザコンが帰国する前しかないと思いますけど」
「まあ、トラムったら。思っていたけれど、とっても有能なのね。ファーリは、そんな彼と出会って結ばれる運命だったのねぇ。ふふふ、トラムはファーリにとっても甘いもの。情熱的で素敵……」
フェルミは、トラムとファーリの読んだ物語の主人公たちのような、ふとした時に醸し出される甘い雰囲気を思い出して、ほぅっとため息を吐く。
「そうなんですよ。彼ったら、亡くなったお母様の治療を先々代の子爵がしてくれたからってだけで、こんなところで馬車馬のごとく働き続けていたでしょう? 二重三重の帳簿なんて朝飯前ですから、チョロい子爵なんていくらでも騙せます……って、そうじゃないですよ!」
すると、ファーリも頬に手を当てて、うっとりと彼ののろけ話をするのだ。しかし、フェルミが自分の話題をそらすために話をしていることがわかったのか、話を止めた。
「お嬢様、わかってるんですか? いくら会ったこともない人だからって、もう夫婦なんですよ? 実物のマザコンが来ちゃったら、どんな相手でも夫婦としての……」
フェルミも、彼女が言わんとすることはわかっていた。本で読んだし、カロナからも教えてもらっている。
恥ずかしいよりも怖いイメージだが、世の中の男女はほとんどしていると聞いていた。だから、大丈夫だと思うようにしていたのである。
「うん、それは……。でも、お義母様がいうには、優しくて頼もしい男性らしいし」
「母親なんですから、どんな乱暴で阿呆な不細工でもかわいいに決まってます。あてになりません!」
「でも、本当はすごく良い人だったら? 嫁に逃げられたって悪い噂が立つだろうし、気の毒だわ」
「それは……」
フェルミの言葉に、ファーリは彼女の夫がどういった人物かわからないのに、幸せな家庭を築くかもしれない、万が一ほどの可能性も潰して良いのかと口ごもる。
「ね、ファーリ。ファーリが、私を思って言ってくれてるのはわかってるつもり。過去と決別してくれたのも、ここに留まってくれたのも、私のためだって。でもね、私がここを出ていったら? ファーリはここにはいられない。次も過去を捨てちゃうの? そんなの、もうダメ。私は、ファーリには、今度こそ愛する人と幸せになって欲しいの」
「お嬢様……」
フェルミは、ファーリには本当に感謝していた。そして、嫌われている自分のために、彼女がどれほどのものを諦めてくれたのかと、一生かけても償えないほどの申し訳ない気持ちを抱えていた。
フェルミは、自分よりもファーリにこそ幸せになってもらいたかったのである。
10
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説
孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?
季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……
【R18】軍人彼氏の秘密〜可愛い大型犬だと思っていた恋人は、獰猛な獣でした〜
レイラ
恋愛
王城で事務員として働くユフェは、軍部の精鋭、フレッドに大変懐かれている。今日も今日とて寝癖を直してやったり、ほつれた制服を修繕してやったり。こんなにも尻尾を振って追いかけてくるなんて、絶対私の事好きだよね?絆されるようにして付き合って知る、彼の本性とは…
◆ムーンライトノベルズにも投稿しています。
【R18】今夜、私は義父に抱かれる
umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。
一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。
二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。
【共通】
*中世欧州風ファンタジー。
*立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。
*女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。
*一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。
*ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。
※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
スパダリ猟犬騎士は貧乏令嬢にデレ甘です!【R18/完全版】
鶴田きち
恋愛
★初恋のスパダリ年上騎士様に貧乏令嬢が溺愛される、ロマンチック・歳の差ラブストーリー♡
★貧乏令嬢のシャーロットは、幼い頃からオリヴァーという騎士に恋をしている。猟犬騎士と呼ばれる彼は公爵で、イケメンで、さらに次期騎士団長として名高い。
ある日シャーロットは、ひょんなことから彼に逆プロポーズしてしまう。オリヴァーはそれを受け入れ、二人は電撃婚約することになる。婚約者となった彼は、シャーロットに甘々で――?!
★R18シーンは第二章の後半からです。その描写がある回はアスタリスク(*)がつきます
★ムーンライトノベルズ様では第二章まで公開中。(旧タイトル『初恋の猟犬騎士様にずっと片想いしていた貧乏令嬢が、逆プロポーズして電撃婚約し、溺愛される話。』)
★エブリスタ様では【エブリスタ版】を公開しています。
★「面白そう」と思われた女神様は、毎日更新していきますので、ぜひ毎日読んで下さい!
その際は、画面下の【お気に入り☆】ボタンをポチッとしておくと便利です。
いつも読んで下さる貴女が大好きです♡応援ありがとうございます!
冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!
仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。
18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。
噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。
「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」
しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。
途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。
危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。
エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。
そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。
エルネストの弟、ジェレミーだ。
ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。
心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる