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(どうやら、お嬢様は一命をとりとめたようね)
ファーリは、それがわかるとホッとした。あとは、自分がどうやって助かるかを考えれば良い。
床に手と膝をつき、頭上で怒りを露わにしている伯爵に恐れおののいているにも拘らず、自分の保身のために頭をフル回転させる。心に余裕が出来てきた。
普段、自分にあれほど偉そうで嫌味なメイド長が萎縮していることにびっくりしつつも、もっと怒られればいいとも思った。
「こ、これは、全部そこの女のせいです!」
ところが、追い込まれたメイド長が、びしっと自分を指差して声をあげたではないか。
全てを自分のせいにしようとするメイド長に怒りが沸く。
(ナニ言ってんのよ! あんたら大人だってお嬢様を放置していたくせに。ん? まてよ?)
伯爵は言っていた。「令嬢としての予算を組んでいる」と。しかし、ファーリが知る限り、食事とかほんとうに生きるのに最低限の予算しか割り当てられていなかったはずだ。だから、自分だけでも中の上くらいの生活をするために、婚活がてら、必死に男に甘えていたのに。
「お、お待ち下さい。あたしの話を聞いて下さい!」
(きっと、貴族なんだから、最低限ったって、目茶苦茶大金だったはずよね? この家を、新築そっくりなようにリフォームできるくらいはあったんじゃないかしら。なら、それって、どこにいったの? メイド長とかがネコババしたとか? このまま、冤罪まで押し付けられてたまるか)
伯爵は、見たところまだ保護の必要そうな年齢のファーリを見下ろす。華奢な肩がブルブル震えており、それはとても憐れに見えた。
「なんだ、お前は? どうして子供がここにいる?」
「あ、あたしは、5年前からお嬢様のお世話をたったひとりでさせていただいているファーリと申します。今年、15になります」
伯爵は、この少女が10歳の時から、赤ん坊の娘の世話をしていたと知ると混乱する。
「子供が? たったひとりで? 他の使用人はどうした?」
「いません……。食事は本邸に取りに行っていました。残飯のような食事でしたけど。でも、それでは気の毒だと、副料理長が、バレたら困るはずなのに、お嬢様を思って便宜を図ってくれていました。外出も、お嬢様は一歩たりとも許さないってきつく言われていて。洋服だって、お嬢様に年に一度しか贈られていませんでしたから、あたしが、不器用でしたけど繕っていたんです」
ファーリは、ぱっと立ち上がり、タンスの中にあるフェルミのボロ服を伯爵に見せた。彼女が言ったように繕いのあとがたくさんあり、フェルミには小さすぎる服は、少し力をいれれば簡単に破れそうなほど薄くなっている。
ファーリは、10歳の時、つまり5年前の募集から、ずっとここで右も左もわからないまま世話をしていたと、自分の苦労を話した。さり気なく、懇意にしている副料理長たちを持ち上げて。
彼女は狡猾だが、来た当初は本当に困っていたのだ。今のように手を抜くこともなく、一生懸命頑張っていた。しかし、聞いても誰も教えてくれない。手助けなどなく、声をかけても無視されることが多かった。その結果として、大人たちの目がないと知り、大人たちのマネをして、徐々に仕事をしなくなっていったのである。
「あたし、本当は赤ちゃんの世話なんて、やったことがなかったんです。でも、働き始めたら、大人たちもいるだろうから、お嬢様のために一生懸命覚えて、十二分に働けるよう頑張ろうと思いました。でも、実際にはあたしひとりで……。気の毒に思って手を差し伸べてくれた副料理長や、庭師や門番の人たちがいなかったら、お嬢様はもっと早く危険な目にあったと思います」
「なぜ、すぐに報告しなかった?」
「……絶対に、ここで働く人達にも秘密にするように命令されていたんです。これは、上からの指示だって。それに、逃げようとしたら捕まえて処分するって……。平民のあたしには、貴族様に逆らって、小さなお嬢様を連れて逃げるなんて無理で……」
「……」
メイド長が口を挟もうとするが、それは伯爵のひと睨みで失敗する。
「メイド長は、牢に連れて行け。色々聞かねばならぬことがある。ファーリといったな。お前の言い分はわかった。だが、お前がしっかり職務を全うしていれば、フェルミがこうなることはなかったのも事実。そうだな?」
「はい……、もっとよくお嬢様を見るべきでした。申し訳ございません」
「お前は、自分の部屋で謹慎するように」
ファーリは、内心、謹慎処分ですんでラッキーだと思った。
このままクビになるだろう。こんな訳ありの貴族の家にいたら、絶対に未来がないからクビ上等。そうしたら、男たちから貢いでもらった装飾品や貯金、退職金を持って、王都でもっといい男を見つけようとほくそ笑む。
「旦那様、少々よろしいでしょうか」
その時、伯爵の最側近である執事が声をあげた。
「なんだ?」
「恐れながら、お嬢様の世話を、使用人たちは嫌がるかと。無理に任命すれば、退職願を出す者が続出します。そうなれば、我が家には何かトラブルがあると周囲が噂をするでしょう。もともと、誰も適任者がいないため、そこのファーリが雇われたのです。私も、まさか子供が子供の世話をしているとは思っていませんでしたが」
「……つまり、このままこの子供を、フェルミの側に仕えさせろということか?」
「左様でございます。今まで以上に、ここを管理するよう、きちんと申し伝えます。予算の件は調査と同時に、ここの改築をいたしましょう。お嬢様が、今後困ることのないように、定期的に私もフォローします」
執事がうやうやしく礼をした。伯爵は、フェルミのスキルを考え、確かに彼の言う通りだと頷く。
これから自由になると喜んでいたファーリにとっては誤算もいいところ。フェルミが成人するまでここで仕事を続けなければならない。しかも、今までと違って仕事量は増えて、監視つきの檻のような環境になったのである。
ファーリは、それがわかるとホッとした。あとは、自分がどうやって助かるかを考えれば良い。
床に手と膝をつき、頭上で怒りを露わにしている伯爵に恐れおののいているにも拘らず、自分の保身のために頭をフル回転させる。心に余裕が出来てきた。
普段、自分にあれほど偉そうで嫌味なメイド長が萎縮していることにびっくりしつつも、もっと怒られればいいとも思った。
「こ、これは、全部そこの女のせいです!」
ところが、追い込まれたメイド長が、びしっと自分を指差して声をあげたではないか。
全てを自分のせいにしようとするメイド長に怒りが沸く。
(ナニ言ってんのよ! あんたら大人だってお嬢様を放置していたくせに。ん? まてよ?)
伯爵は言っていた。「令嬢としての予算を組んでいる」と。しかし、ファーリが知る限り、食事とかほんとうに生きるのに最低限の予算しか割り当てられていなかったはずだ。だから、自分だけでも中の上くらいの生活をするために、婚活がてら、必死に男に甘えていたのに。
「お、お待ち下さい。あたしの話を聞いて下さい!」
(きっと、貴族なんだから、最低限ったって、目茶苦茶大金だったはずよね? この家を、新築そっくりなようにリフォームできるくらいはあったんじゃないかしら。なら、それって、どこにいったの? メイド長とかがネコババしたとか? このまま、冤罪まで押し付けられてたまるか)
伯爵は、見たところまだ保護の必要そうな年齢のファーリを見下ろす。華奢な肩がブルブル震えており、それはとても憐れに見えた。
「なんだ、お前は? どうして子供がここにいる?」
「あ、あたしは、5年前からお嬢様のお世話をたったひとりでさせていただいているファーリと申します。今年、15になります」
伯爵は、この少女が10歳の時から、赤ん坊の娘の世話をしていたと知ると混乱する。
「子供が? たったひとりで? 他の使用人はどうした?」
「いません……。食事は本邸に取りに行っていました。残飯のような食事でしたけど。でも、それでは気の毒だと、副料理長が、バレたら困るはずなのに、お嬢様を思って便宜を図ってくれていました。外出も、お嬢様は一歩たりとも許さないってきつく言われていて。洋服だって、お嬢様に年に一度しか贈られていませんでしたから、あたしが、不器用でしたけど繕っていたんです」
ファーリは、ぱっと立ち上がり、タンスの中にあるフェルミのボロ服を伯爵に見せた。彼女が言ったように繕いのあとがたくさんあり、フェルミには小さすぎる服は、少し力をいれれば簡単に破れそうなほど薄くなっている。
ファーリは、10歳の時、つまり5年前の募集から、ずっとここで右も左もわからないまま世話をしていたと、自分の苦労を話した。さり気なく、懇意にしている副料理長たちを持ち上げて。
彼女は狡猾だが、来た当初は本当に困っていたのだ。今のように手を抜くこともなく、一生懸命頑張っていた。しかし、聞いても誰も教えてくれない。手助けなどなく、声をかけても無視されることが多かった。その結果として、大人たちの目がないと知り、大人たちのマネをして、徐々に仕事をしなくなっていったのである。
「あたし、本当は赤ちゃんの世話なんて、やったことがなかったんです。でも、働き始めたら、大人たちもいるだろうから、お嬢様のために一生懸命覚えて、十二分に働けるよう頑張ろうと思いました。でも、実際にはあたしひとりで……。気の毒に思って手を差し伸べてくれた副料理長や、庭師や門番の人たちがいなかったら、お嬢様はもっと早く危険な目にあったと思います」
「なぜ、すぐに報告しなかった?」
「……絶対に、ここで働く人達にも秘密にするように命令されていたんです。これは、上からの指示だって。それに、逃げようとしたら捕まえて処分するって……。平民のあたしには、貴族様に逆らって、小さなお嬢様を連れて逃げるなんて無理で……」
「……」
メイド長が口を挟もうとするが、それは伯爵のひと睨みで失敗する。
「メイド長は、牢に連れて行け。色々聞かねばならぬことがある。ファーリといったな。お前の言い分はわかった。だが、お前がしっかり職務を全うしていれば、フェルミがこうなることはなかったのも事実。そうだな?」
「はい……、もっとよくお嬢様を見るべきでした。申し訳ございません」
「お前は、自分の部屋で謹慎するように」
ファーリは、内心、謹慎処分ですんでラッキーだと思った。
このままクビになるだろう。こんな訳ありの貴族の家にいたら、絶対に未来がないからクビ上等。そうしたら、男たちから貢いでもらった装飾品や貯金、退職金を持って、王都でもっといい男を見つけようとほくそ笑む。
「旦那様、少々よろしいでしょうか」
その時、伯爵の最側近である執事が声をあげた。
「なんだ?」
「恐れながら、お嬢様の世話を、使用人たちは嫌がるかと。無理に任命すれば、退職願を出す者が続出します。そうなれば、我が家には何かトラブルがあると周囲が噂をするでしょう。もともと、誰も適任者がいないため、そこのファーリが雇われたのです。私も、まさか子供が子供の世話をしているとは思っていませんでしたが」
「……つまり、このままこの子供を、フェルミの側に仕えさせろということか?」
「左様でございます。今まで以上に、ここを管理するよう、きちんと申し伝えます。予算の件は調査と同時に、ここの改築をいたしましょう。お嬢様が、今後困ることのないように、定期的に私もフォローします」
執事がうやうやしく礼をした。伯爵は、フェルミのスキルを考え、確かに彼の言う通りだと頷く。
これから自由になると喜んでいたファーリにとっては誤算もいいところ。フェルミが成人するまでここで仕事を続けなければならない。しかも、今までと違って仕事量は増えて、監視つきの檻のような環境になったのである。
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