完結(R18)赤い手の嫌われ子爵夫人は、隣国の騎士に甘すぎる果実を食べさせられる

にじくす まさしよ

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 この世界は、8つの王国に分かれている。

 火、水、風、雷、草、土、光、闇の国が、それぞれ海を隔てて栄えていた。各国の民は、生まれ落ちた国の属性を奉る神々によって、その国に役立つスキルを授かる。
 各国の気候などは、その属性によって様相を変え、各々が特産品を生産していた。

 草の属性であるグリーン王国では、豊穣の女神が祀られている。
 一年中草花が咲き乱れ、穏やかな気候に恵まれており、食料や薬草などが生産されていた。先進国である火の国の血気盛んな人々とは違い、便利な生活とはいえないが、国民は穏やかでのんびり過ごしている。

 そんなグリーン王国の海に面した領地で、錆びついた鉄色の髪を持つ子供が産まれた。

 この国の民は、草花を連想する色合いを持つ者が多い。とはいえ、他国との混血児も少なからずいることから、髪か瞳のどちらかが他国の属性の色を受け継ぐ者も存在する。

 しかしながら、先祖代々グリーン王国の国民で両親の色とは、似ても似つかなかった。

「髪の色が……。あ、あなた、これは……」
「……元気な子を産んでくれて、ありがとう。髪の色がなんだというんだ。ほら、こんなにも元気に泣いている。よしよし、良い子だ。お母様に似て、美しくたおやかなレディーになるんだぞ」
「あなた……。跡継ぎを産めなくて申し訳ございません……」

 子供の父であるロキソ伯爵は、若く美しい妻の初産の間生きた心地がしなかった。一時は出血のために意識を失った妻の無事と、新しい命が奏でる音楽を聞き、それがかけがえのない幸せだった。
 妻が謝罪したのも無理はない。一族からは男児が望まれていた。だが、元気で健やかな子であることがなによりだと笑う。

「ははは、産まれる全ての子は女神からの贈り物なんだ。性別など気にするな。そうだな、男の子も欲しいな。この子の弟が。ほら、君ももう休むんだ。大丈夫だから」
「あなた……」

 きっと、女児を産んだことで一族からは心無いことを言われるだろう。しかも、髪の色がこれなのだ。想像以上に針の筵に立たされてしまうにちがいない。しかし、夫がそう言ってくれるだけで、妻はその全てに立ち向かえる心強さを感じた。

 ふたりの笑顔の向かう先で、小さな命はぴたっと泣き止んだ。そして、父の腕の中ですやすや眠りだしたのである。

 両親は、その子が生まれてすぐの目を開けていない時期は、その鉄錆色を受け入れた。しかし、やっと目を開けたその子の瞳は、彼らの期待とは違い、この国の人間とは思えない色をしているではないか。

「なんだ、この子は……。待ち望んでいた初めての子が、まさかこんな……。きっと、どちらかの瞳と同じ色だと信じていたのに……」
「いやぁ! 本当にこの子がわたくしから産まれたあの子なの? あ、あなた。わたくし怖いわ。あの金の目。まるで獰猛な動物のようで恐ろしいっ!」

 子供が、まだぼやけた目で彼らを見上げる。戸惑う父と、半狂乱になっている母の声に反応してか、見る間に顔をくしゃくしゃにした。
 まだまだ力のないそのか細い泣き声を聞いても、全身で悲しいと訴えている姿を見ても、ついさっきまで抱っこしてあやしてくれていた母は、顔をそむけたまま腕を伸ばすことはない。

「赤茶の髪だけでも不可思議ではあったが、瞳がこのような……。とても信じられん。とりあえず、この子は別邸で育てよう。お前も落ち着くんだ。おい、この子供を連れて行け。なるべく我らの前に姿を見せないように」
「そんな、この子をこの家に住まわせるのですか? あなた、こんなのうちの子じゃありません。どこか、遠くの修道院や孤児院などに捨て……、預けてきてくださいませっ!」

 間違いなく腹を痛めて産んだ子だ。瞼が開くまでは娘を慈しんでいた母とは思えない言葉がこだまする。

「私だって、出来ることならそうしたい。だが、成人に満たない子供にそんなことをすれば、このおぞましい子にすら、この国の祝福を与え給もうた、慈悲深い女神の怒りが我が家を襲う……。お前も、それを知っているだろう? なに、別邸はここからずいぶん離れている。お前がこの子に会うことはないだろうから、がまんしておくれ」
「ああ、女神様……どうしてこのような……。ああ、こんなことなら、あの時にこの子と一緒に女神の御許に行けばよかった……」
「何を言うんだ! 決してお前のせいではない。きっと、神のいたずらかなにか、人知が及ばないなにかのせいなのだ。ほら、もうここにいないから落ち着いて」
「あ、あなた……。あなたぁ……」

 使用人の手によって、顔を真赤にして泣き叫ぶ子供は連れて行かれた。子供がどれほど母を求めて手を伸ばしても、その小さな手を包みこむ温かさはない。
 
 伯爵は、難しい顔をしたまま、涙を流して自分に許しを乞う妻の若草色の髪をなでて慰めた。


 
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