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私だけのかわいいハムチュターン ③
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「そこまでです。おおよその事情はすでに報告を受けました。ダニー、すぐに彼女から離れなさい!」
ダンが何も言えず止まったままの状態が暫く続いた時、大きく手を打ち凛とした声をあげる女性が現れた。ダニーとは、おそらくダニエウの事だろう。
「あ、あねうえ……」
恐らく、ダンにとって逆らえない立場の女性だろう。場の空気が、少しのバランスを乱せば崩壊しそうなほどの緊張感に包まれる。
「ダニー。聞こえなかったの? それともお前、次期女王たるわたくしの命が聞けないとでも?」
先ほどまで、ダンに激高されて地に膝をついていた兵士たちが一人残らず現れた女性──次期女王を守るかのように布陣を整えながら私たちを包囲する。
「……聞けません。彼女一人を辛い目に合わせるわけにはいかない!」
ダンが、私をより一層ぎゅっと抱きしめながら次期女王に言い返した。自分よりも高位に歯向かった事で、恐怖か、武者震いか、体が震えているのが伝わる。
「ダン、私はいいから離して」
「い、いやだ。俺が離れたら君は投獄されてしまう。それくらいならいっそ……」
ダンの腕に力がこもる。体を密着させているから、全身の筋肉がぶわっと広がり固くなったのがすぐわかった。
「ダニー……」
ダンの強い決意のこもった言葉と態度に、次期女王は体の力を抜いた。私の背後にいるため表情はわからないけれど、殺気がなくなり、今は優しくて温かく、全てを包み込んでくれるような空間に早変わりしたみたい。
「た、たとえ、姉上でも、俺の番を傷つけるなら容赦しないから!」
「ダニー、落ち着きなさい。全く、基本的に何も言い返せない不肖の弟が初めて堂々とわたくしに意見を言ったかと思えば。誰が貴方の番を投獄すると言ったのですか! 色々話をしなければなりません。この国の王宮に不法侵入した事はまた改めて罰を受けてもらいますが、今は、大切な弟の命を救った唯一無二の番であるエミリア様を客人として迎え入れるために来たというのに。余裕がないにもほどがあります! 情けない……」
私は、情けないとダンを叱りつつも彼を愛しているのが分かる次期女王の優しい口調にホッとした。
「ダン、離して?」
「だけど、エミリア……」
「ダンのお姉さまなのでしょう? きちんとご挨拶させて?」
「わかったよ。でも、隣にいるから……」
「ええ、側にいてね?」
ダンと見つめ合いながら微笑んでそう言うと、ダンが渋々抱きしめていた腕を解いた。あまりにも不貞腐れて、頬をハムチュターンのようにぷくっと膨らませた彼を見ると、ただ単に、私を抱きしめたかったんじゃないかななんて意地悪な事を考えてしまう。
側にいてと、私がおねだりをしたからかとても嬉しそうに横に立った。私の右腕と彼の左腕がぴったりとついていて、距離が近すぎるんじゃないかと左に一歩進むと、同じだけ彼も寄って来てしまう。
呆れ果てた私と次期女王が長い溜息を同時に吐いた。どうしてもダンが離れたがらないので、彼女の後をついていくと、そこは王族のプライベートゾーンだった。一際大きく、煌びやかな応接室に通されソファに座る。
ダンは、当り前のように私の横にぴたりと座りにこにこ満面の笑顔で手を握って来た。隣にいると言っていなければ膝の上にのせられそうな勢いだ。
今は、次期女王と私たちの他、きっと腹心だろう彼女の護衛や侍女が数人だけが部屋にいる。
「……ダニー……。はぁ……エミリア様、全くあきれた弟ですみません……」
「姉上。俺は……」
「はいはい。貴方が単身帰国した時からずーっと鬱陶しいくらいにエミリア様と別れたのが辛かったのは見ていたからわかっているわ。てっきり、何事にも勇猛果敢に立ち向かうハムチュターン族として堂々と最期までエミリア様と向き合ったあと、別れを告げられたのかと思えば……」
次期女王は、はぁ────っと、長ーい溜息を再びつく。恐らく、ダンが私と話もせずに、勝手に身を引いたと言えば聞こえはいいけれども、要するに逃げ帰って来た事に気付いているのだろう。
「エミリア様、わたくしはダニー……、ダニエウの一番上の姉のタニヤと申します。今は私的な時間ですので、エミリア様も気楽になさってね」
「初めまして、タニヤ様。わたくしは、エミリア・ワアク・ホリークと申します。お姉さまにお会いできて、嬉しく思います」
「ふふふ。ダニーが番を見つけたと手紙をくれた時は、皆でお祝いして楽しみにしていたの。いつ、貴女を連れて帰って来てくれるのかって。なのに、この子ったら、しょんぼり船で帰って来たから、番にフラれたのかと思ってね。ダニーも何も言わないし、わたくしたちも聞くに聞けないからそっと見守っていたのよ?」
「あ、姉上……、そ、それは!」
ダンは、赤裸々に彼の事を話し始められてバツが悪いのか声を上げたが、タニヤの怒りのほうが強くダンは二の句を告げる暇もない。
「おだまりっ! 全く、皆で番を得る事が出来なかった弟を心配していたというのに……なんですか! エミリア様がこのような方法を取らざるを得ないほど追い詰めて! 情けないにもほどがあります! どうせ、貴方の事だから、エミリア様が幸せならとななんとか言い訳じみた事を建前にして、直接話をするのが怖くて逃げて来たんでしょう? あげく、女王陛下とわたくしの配下の彼らに怒鳴りつけて命令するなんて……。恥を知りなさい!」
ダンが口を開くと、タニヤが手に持っていた扇をたたんで彼に投げつけた。私の方をデレデレ向いていたダンは不意打ちの攻撃をかわせず、パシンとダンの額に当たったのはちょうど持手の部分だったからとっても痛そう。
ちょっとかわいそうだったけれど、タニヤの思いの方が共感が持てるため、びっくりしながら額に空いているほうの手を当てて呆然としているダンを見て苦笑した。
ダンが何も言えず止まったままの状態が暫く続いた時、大きく手を打ち凛とした声をあげる女性が現れた。ダニーとは、おそらくダニエウの事だろう。
「あ、あねうえ……」
恐らく、ダンにとって逆らえない立場の女性だろう。場の空気が、少しのバランスを乱せば崩壊しそうなほどの緊張感に包まれる。
「ダニー。聞こえなかったの? それともお前、次期女王たるわたくしの命が聞けないとでも?」
先ほどまで、ダンに激高されて地に膝をついていた兵士たちが一人残らず現れた女性──次期女王を守るかのように布陣を整えながら私たちを包囲する。
「……聞けません。彼女一人を辛い目に合わせるわけにはいかない!」
ダンが、私をより一層ぎゅっと抱きしめながら次期女王に言い返した。自分よりも高位に歯向かった事で、恐怖か、武者震いか、体が震えているのが伝わる。
「ダン、私はいいから離して」
「い、いやだ。俺が離れたら君は投獄されてしまう。それくらいならいっそ……」
ダンの腕に力がこもる。体を密着させているから、全身の筋肉がぶわっと広がり固くなったのがすぐわかった。
「ダニー……」
ダンの強い決意のこもった言葉と態度に、次期女王は体の力を抜いた。私の背後にいるため表情はわからないけれど、殺気がなくなり、今は優しくて温かく、全てを包み込んでくれるような空間に早変わりしたみたい。
「た、たとえ、姉上でも、俺の番を傷つけるなら容赦しないから!」
「ダニー、落ち着きなさい。全く、基本的に何も言い返せない不肖の弟が初めて堂々とわたくしに意見を言ったかと思えば。誰が貴方の番を投獄すると言ったのですか! 色々話をしなければなりません。この国の王宮に不法侵入した事はまた改めて罰を受けてもらいますが、今は、大切な弟の命を救った唯一無二の番であるエミリア様を客人として迎え入れるために来たというのに。余裕がないにもほどがあります! 情けない……」
私は、情けないとダンを叱りつつも彼を愛しているのが分かる次期女王の優しい口調にホッとした。
「ダン、離して?」
「だけど、エミリア……」
「ダンのお姉さまなのでしょう? きちんとご挨拶させて?」
「わかったよ。でも、隣にいるから……」
「ええ、側にいてね?」
ダンと見つめ合いながら微笑んでそう言うと、ダンが渋々抱きしめていた腕を解いた。あまりにも不貞腐れて、頬をハムチュターンのようにぷくっと膨らませた彼を見ると、ただ単に、私を抱きしめたかったんじゃないかななんて意地悪な事を考えてしまう。
側にいてと、私がおねだりをしたからかとても嬉しそうに横に立った。私の右腕と彼の左腕がぴったりとついていて、距離が近すぎるんじゃないかと左に一歩進むと、同じだけ彼も寄って来てしまう。
呆れ果てた私と次期女王が長い溜息を同時に吐いた。どうしてもダンが離れたがらないので、彼女の後をついていくと、そこは王族のプライベートゾーンだった。一際大きく、煌びやかな応接室に通されソファに座る。
ダンは、当り前のように私の横にぴたりと座りにこにこ満面の笑顔で手を握って来た。隣にいると言っていなければ膝の上にのせられそうな勢いだ。
今は、次期女王と私たちの他、きっと腹心だろう彼女の護衛や侍女が数人だけが部屋にいる。
「……ダニー……。はぁ……エミリア様、全くあきれた弟ですみません……」
「姉上。俺は……」
「はいはい。貴方が単身帰国した時からずーっと鬱陶しいくらいにエミリア様と別れたのが辛かったのは見ていたからわかっているわ。てっきり、何事にも勇猛果敢に立ち向かうハムチュターン族として堂々と最期までエミリア様と向き合ったあと、別れを告げられたのかと思えば……」
次期女王は、はぁ────っと、長ーい溜息を再びつく。恐らく、ダンが私と話もせずに、勝手に身を引いたと言えば聞こえはいいけれども、要するに逃げ帰って来た事に気付いているのだろう。
「エミリア様、わたくしはダニー……、ダニエウの一番上の姉のタニヤと申します。今は私的な時間ですので、エミリア様も気楽になさってね」
「初めまして、タニヤ様。わたくしは、エミリア・ワアク・ホリークと申します。お姉さまにお会いできて、嬉しく思います」
「ふふふ。ダニーが番を見つけたと手紙をくれた時は、皆でお祝いして楽しみにしていたの。いつ、貴女を連れて帰って来てくれるのかって。なのに、この子ったら、しょんぼり船で帰って来たから、番にフラれたのかと思ってね。ダニーも何も言わないし、わたくしたちも聞くに聞けないからそっと見守っていたのよ?」
「あ、姉上……、そ、それは!」
ダンは、赤裸々に彼の事を話し始められてバツが悪いのか声を上げたが、タニヤの怒りのほうが強くダンは二の句を告げる暇もない。
「おだまりっ! 全く、皆で番を得る事が出来なかった弟を心配していたというのに……なんですか! エミリア様がこのような方法を取らざるを得ないほど追い詰めて! 情けないにもほどがあります! どうせ、貴方の事だから、エミリア様が幸せならとななんとか言い訳じみた事を建前にして、直接話をするのが怖くて逃げて来たんでしょう? あげく、女王陛下とわたくしの配下の彼らに怒鳴りつけて命令するなんて……。恥を知りなさい!」
ダンが口を開くと、タニヤが手に持っていた扇をたたんで彼に投げつけた。私の方をデレデレ向いていたダンは不意打ちの攻撃をかわせず、パシンとダンの額に当たったのはちょうど持手の部分だったからとっても痛そう。
ちょっとかわいそうだったけれど、タニヤの思いの方が共感が持てるため、びっくりしながら額に空いているほうの手を当てて呆然としているダンを見て苦笑した。
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