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私だけのかわいいハムチュターン ①
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「ライノ、ごめんなさい」
「もう謝るな。俺、エミリアの気持ちがまだ自分にないってなんとなくわかってた。でも、まだ、でもなかったんだな……」
「ライノは素敵だと思う……。でも、私はこのままライノの気持ちに甘えっぱなしで流されるまま結婚したら、ライノにも自分自身にも裏切るというか、そんなのは違うと思ったの……」
言葉を選ぶように、自分自身のこの中途半端な気持ちを伝えた。すると、ライノが頭にぽんっと手を当てて、小さな子を窘めたり叱ったりするかのように、髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「流されてくれて良かったんだけどな? エミリアはなんだかんだで押しに弱いから、このまま急ピッチで結婚までこぎ着けるかなと思ってたんだけど」
「……そのまま、私の気持ちが育たなくても⁇」
「育てさせる自信くらいはあるさ」
ライノは、やっぱりとてもいい人だと思う。真剣に私を見つめる彼の瞳から、自分のそれをそらさなかった。すでに、言葉にするごとに自分のライノとは結婚できないというふわっとした気持ちが、はっきりと確信に変わっていき、涙がそれ以上出る事はなかった。
「エミリア。これからも家族としてよろしく」
「……ライノ」
「ちゃんとダンと話合ってこい。気を付けてな」
「うん!」
ライノの瞳の奥の悲しみを見つけてしまって胸が苦しくなる。でも、もうはっきりとわかってしまったライノへの恋じゃないという思いのまま、彼の手を取り、胸に飛び込むなんて事はできない。
笑顔で別れを告げる彼に、にっこり笑って言葉を唱えた。
〈灰色黒縦縞のハムチュターン族の国の、ダニエウ王子の元へ行きたいの!〉
手のひらサイズの軽くて小さくて、可愛らしく私を番だとチッチと懐いていたダンを思い浮かべる。人化した姿はわからない。でも、ハムチュターンの姿も彼で間違いないのだからこれで行けるはず。数か月ぶりに会える、突然消えた勝手な彼を思いながら転移した。
※※※※
一瞬で移動した場所は、さっきまでいた場所よりも遥かに太陽が近くて、ジリジリ肌が焦げ付くかのようだ。私は、コートを脱ぎワンピース姿になった。
「何者だ!」
突然、私は円で囲まれた。手に槍や剣を持つ大柄な兵士たちが突然現れた私に、その武器の切っ先を首など急所に向けて警戒しつつ誰何した。
「わたくしは、ヤツキマトーイン国、ホリーク公爵家のエミリア・ワアク・ホリークと申します。先ぶれもなく、突然このような形で現れたご無礼、お許しください……。ですが、どうか、わたくしの番に会わせていただけませんか?」
この場所に転移したということは、近くに必ずダンがいるはずだ。私は、周囲に、ダンに知らしめるように声を行き渡らせるように名乗りと要望を伝えた。
「な? 何を言って! ここがどこだか知っていての狼藉か!」
「人間が番に会わせろだと? 馬鹿を言うな!」
「黙れ! それ以上口を開けば、女とて容赦はしない……!」
ダンは、番が見つかった事は両親に伝えたいと言っていた。数年、番を探して旅に出て以降帰省しておらず、心配しているだろうと、文字盤を使いつつ、ここ灰色黒縦縞のハムチュターン族の国に手紙をしたためた事があったのだ。
王宮宛てに手紙を書いたのでびっくりしたけれど、ダンは自分の身分を自ら明かす事はなかった。
彼が消えてから、この南国のハムチュターン国の貴族名鑑をヨウルプッキ先輩に頼んで入手したとき、初めてダンが、この国の王子だと知ったのである。
この国に入るには、厳重なチェック体制を潜り抜ける必要があった。それは数日から数週間かかるほど厳しくて、私のような、たとえ公爵令嬢であっても、家出中のフラフラして怪しい人物はほとんど国に一歩も入り込めやしない。
そんな、排他的な民族が住む国に、チェックもなにもかもをスルーして現れた人間は、ひょっとしたら牢屋に入れられるかもしれない。身元がわからなければ処刑もありえる。
それでも、私はダンに会いたかった。これが恋なのかなんなのかわからない。でも、人化した姿を見せもせずに、私との約束を守りもせず消えた彼に会って、そして、それから……、彼に何をどう言うべきかなんて考えずにこうして無茶で無謀な転移をしたのであった。
「ダン! 聞こえているんでしょう? お願い、私の声が聞こえたのならどうか出てきて……!」
私は、手足を拘束され、相変わらず剣や槍の先を至近距離に当てられたまま、大きな声でダンを呼んだのであった。
「もう謝るな。俺、エミリアの気持ちがまだ自分にないってなんとなくわかってた。でも、まだ、でもなかったんだな……」
「ライノは素敵だと思う……。でも、私はこのままライノの気持ちに甘えっぱなしで流されるまま結婚したら、ライノにも自分自身にも裏切るというか、そんなのは違うと思ったの……」
言葉を選ぶように、自分自身のこの中途半端な気持ちを伝えた。すると、ライノが頭にぽんっと手を当てて、小さな子を窘めたり叱ったりするかのように、髪の毛をぐしゃぐしゃにした。
「流されてくれて良かったんだけどな? エミリアはなんだかんだで押しに弱いから、このまま急ピッチで結婚までこぎ着けるかなと思ってたんだけど」
「……そのまま、私の気持ちが育たなくても⁇」
「育てさせる自信くらいはあるさ」
ライノは、やっぱりとてもいい人だと思う。真剣に私を見つめる彼の瞳から、自分のそれをそらさなかった。すでに、言葉にするごとに自分のライノとは結婚できないというふわっとした気持ちが、はっきりと確信に変わっていき、涙がそれ以上出る事はなかった。
「エミリア。これからも家族としてよろしく」
「……ライノ」
「ちゃんとダンと話合ってこい。気を付けてな」
「うん!」
ライノの瞳の奥の悲しみを見つけてしまって胸が苦しくなる。でも、もうはっきりとわかってしまったライノへの恋じゃないという思いのまま、彼の手を取り、胸に飛び込むなんて事はできない。
笑顔で別れを告げる彼に、にっこり笑って言葉を唱えた。
〈灰色黒縦縞のハムチュターン族の国の、ダニエウ王子の元へ行きたいの!〉
手のひらサイズの軽くて小さくて、可愛らしく私を番だとチッチと懐いていたダンを思い浮かべる。人化した姿はわからない。でも、ハムチュターンの姿も彼で間違いないのだからこれで行けるはず。数か月ぶりに会える、突然消えた勝手な彼を思いながら転移した。
※※※※
一瞬で移動した場所は、さっきまでいた場所よりも遥かに太陽が近くて、ジリジリ肌が焦げ付くかのようだ。私は、コートを脱ぎワンピース姿になった。
「何者だ!」
突然、私は円で囲まれた。手に槍や剣を持つ大柄な兵士たちが突然現れた私に、その武器の切っ先を首など急所に向けて警戒しつつ誰何した。
「わたくしは、ヤツキマトーイン国、ホリーク公爵家のエミリア・ワアク・ホリークと申します。先ぶれもなく、突然このような形で現れたご無礼、お許しください……。ですが、どうか、わたくしの番に会わせていただけませんか?」
この場所に転移したということは、近くに必ずダンがいるはずだ。私は、周囲に、ダンに知らしめるように声を行き渡らせるように名乗りと要望を伝えた。
「な? 何を言って! ここがどこだか知っていての狼藉か!」
「人間が番に会わせろだと? 馬鹿を言うな!」
「黙れ! それ以上口を開けば、女とて容赦はしない……!」
ダンは、番が見つかった事は両親に伝えたいと言っていた。数年、番を探して旅に出て以降帰省しておらず、心配しているだろうと、文字盤を使いつつ、ここ灰色黒縦縞のハムチュターン族の国に手紙をしたためた事があったのだ。
王宮宛てに手紙を書いたのでびっくりしたけれど、ダンは自分の身分を自ら明かす事はなかった。
彼が消えてから、この南国のハムチュターン国の貴族名鑑をヨウルプッキ先輩に頼んで入手したとき、初めてダンが、この国の王子だと知ったのである。
この国に入るには、厳重なチェック体制を潜り抜ける必要があった。それは数日から数週間かかるほど厳しくて、私のような、たとえ公爵令嬢であっても、家出中のフラフラして怪しい人物はほとんど国に一歩も入り込めやしない。
そんな、排他的な民族が住む国に、チェックもなにもかもをスルーして現れた人間は、ひょっとしたら牢屋に入れられるかもしれない。身元がわからなければ処刑もありえる。
それでも、私はダンに会いたかった。これが恋なのかなんなのかわからない。でも、人化した姿を見せもせずに、私との約束を守りもせず消えた彼に会って、そして、それから……、彼に何をどう言うべきかなんて考えずにこうして無茶で無謀な転移をしたのであった。
「ダン! 聞こえているんでしょう? お願い、私の声が聞こえたのならどうか出てきて……!」
私は、手足を拘束され、相変わらず剣や槍の先を至近距離に当てられたまま、大きな声でダンを呼んだのであった。
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