42 / 66
これって、女神が言っていた、文句なしのハッピーエンド? ②
しおりを挟む
リビングのテーブルに、そっと彼を降ろした。ずっと悲しそうに、囁くようにチッチって泣いていて胸が痛くなる。
手のひらから降りるのも、少し前みたいに元気じゃない。のそのそと、まるでおじいちゃんのようだった。
「ハムちゃん……、って言うのも獣人ならおかしいかな? 名前あるんだよね?」
「チ」
「うーん、ちょっと待っててね」
私は、流石に「チ」では理解できない。前世のこっくりさんのような、この世界の共通言語を並べて彼の前に置いた。
「文字、わかるかな? 習ってる?」
平民の中には文字を習得していないものもいるらしい。それに、この見た目では年齢がわからない。行動的に子供っぽいけれど、獣の姿だと実年齢の人化よりも獣の意識がより強いみたいだから全くあてにならないとクマ獣人の執事が言っていた。
「チ」
「じゃあ、まずは自己紹介ね。私は、エミリア。エミリアだよ。年は20歳。貴方は?」
椅子に座って彼の顔をしっかり見つめながら背筋を伸ばしてきちんと名乗ると、彼も私が何のために文字盤を準備したのかわかったのか、ゆっくり文字の上を移動していく。目的の文字の所にくると、ちんまい鼻先でツンツンした。
「だ?」
「チ!」
その文字を読み上げると、返事をして次の文字にいく。そうやって繰り返すと、彼が止まってお座りをした。
「だ……に……えう。ダニエウ? 合ってる?」
「チ!」
絶望の中にいるかのような彼が、ほんの少しだけ活気を取り戻したみたい。私が名乗ると、ずっと下を向いていたのにパッと私のほうを向いてくれた。垂れていたひげもピンっとなって、かわいい耳もしっかりする。
「あれ、まだ動くの? だ……ん? ダン?」
「チ!」
さっき、ダニエウだって名乗ったのに、次のダンってなんだろうと思っていると、あいしょうと体が動いた。
「なるほど。愛称なのね。ダンって呼べばいい?」
「チチ! チ!」
そう言うと、物凄く喜んだみたいでチッチーって楽しそうだ。さっきまでの悲しみにくれる姿より、断然こっちのほうがいい。
「んーと。1……8。18才なの?」
「チ!」
そうやって、やはりダンはおじさんの言うようにハムチュターン族の獣人で、私の事を番だと文字で示した。そして、何かを探るように、祈るようにじーっと見あげられてきて、胸の奥がソワソワして少し居心地が悪くなる。
「え……と、私は獣人じゃないから番とかわかんないんだ。本当に、私がダンの番なの? 間違いなく?」
「チ!」
一応、番というものは知っている。私には無縁だと思っていたからさらっとだけれども。番というのは、魂の片割れともいうべき存在で、二人は一つになり始めてその存在を成す、だったと思う。
「会ったばかりなのに? ダンは私でいいの?」
「チ!」
ダンは、一際大きく返事をした後、テーブルの上に置いていた私の指に、恐る恐る両手をそっと添える。
「チ……?」
「うーん。嫌? って聞いているのかな?」
「チ!」
「うーん。嫌とかいいとかより、戸惑っているのが正しいかなあ」
「チ……」
ダンは、私が言いづらいけれど、こういう事はしっかり最初に伝えないといけない事を伝えると、そっと手を離して文字盤の上に戻り後ろ足で立った状態でしょんぼり俯いた。
「ねぇ。魔力が戻ったら人化できるの?」
「チ」
力なく、そうだと頷くダンに、私はこれでコミュニケーションと取るには不十分すぎるためこう提案する。
「えっとね。とりあえず保留でいいかな? 私も時間が欲しいし、その間はうちにいてていいから。人化したら、こういう細かな事は、きちんと話し合える状態で向き合いたいんだけど……。ダメかな?」
「チ」
ひょっとしたら、今日中に私の家から出されると諦めてもいたのかもしれない。とはいえ、単なる時間稼ぎの方便だ。私は、やっぱり番なんて言われてもピンとこないし、目の前のダンが到底恋人とかになるなんて考えられなかった。
私の反応を見て、ダンもなんとなく形勢が思わしくないのを感じているのだろう。けれども、未来は未知数で可能性が全くないなんて彼は思っていないのかもしれない。ほんの少し、微かに見える幸せそうな様子で頷いてくれたのだった。
※※※※
結局、単なるハムスターじゃないから脱走の心配はないみたい。ダンも逃げないし悪戯したりしないと約束してくれた。けれど、折角作った巣があるのでそこで寝ると訴えるので、飛び出さないように高くした壁を、ダンが外を気楽に見れるように10センチほどにした。
すると、ダンはとても嬉しそうに、私の方を向いてチッチチッチって『追い出さずにいてくれてありがとう、嬉しい』って言うみたいに頭を下げた後、朝方潜っていた巣穴で眠りだしたのである。
「『選んだ先にある未来の可能性の二つほどは最上級の幸せで、誰もが憧れるハッピーエンドよ』、かあ……。ひょっとして、ダン、貴方が女神のいう最高のハピエン相手の一人なのかな? 番ってとっても大切にされるから幸せ間違いなしだっておじさんも言ってたもんね。それに……」
私は、ダンの眠る箱を見下ろしながら、彼が食べられるヒマワリの種のほか、野菜などをエサ入れにいれて水を変えた。
「ねえ、ダン。貴方は浮気しない? 実は、故郷の女の子が好きだったなんて事にならない?」
あれから、転生してもう20年経ったというのに、やっぱりアキにフラれたことが心をよぎってしまう。番なら、本当に、一生涯私だけなんだという保証つきな事に対して、打算が頭で素早くそろばんをはじく。
「……。そんな理由で受け入れても、ダンは嬉しくないか……。私だって、そんな動機で結ばれたら嫌だし」
今の所、ダンには可愛いく人懐っこくて、ペットとしての愛着しかない。喜怒哀楽がはっきりしている彼を悲しませたくないとは思う。
故郷のご両親には、番探しの旅をしている事は伝えているので心配ないとの事だけど、所在地は知らせた方が安心するんじゃないかと考えた。
チートで移動できなくもないけれど、番の私が現れたらもう二度と抜け出させないのが分かる。だから、直接行くんじゃなくて、彼が起きたら代筆するから手紙を出す事を言ってみようと思う。
「ダン、起きたらいないなんて事はないから、安心して眠ってね。おやすみ……」
なんだかんだで手つかずだったカルヤランピーラッカを温め直して食べた後、激務で疲れていたのか大あくびをして昼寝をしたのであった。
手のひらから降りるのも、少し前みたいに元気じゃない。のそのそと、まるでおじいちゃんのようだった。
「ハムちゃん……、って言うのも獣人ならおかしいかな? 名前あるんだよね?」
「チ」
「うーん、ちょっと待っててね」
私は、流石に「チ」では理解できない。前世のこっくりさんのような、この世界の共通言語を並べて彼の前に置いた。
「文字、わかるかな? 習ってる?」
平民の中には文字を習得していないものもいるらしい。それに、この見た目では年齢がわからない。行動的に子供っぽいけれど、獣の姿だと実年齢の人化よりも獣の意識がより強いみたいだから全くあてにならないとクマ獣人の執事が言っていた。
「チ」
「じゃあ、まずは自己紹介ね。私は、エミリア。エミリアだよ。年は20歳。貴方は?」
椅子に座って彼の顔をしっかり見つめながら背筋を伸ばしてきちんと名乗ると、彼も私が何のために文字盤を準備したのかわかったのか、ゆっくり文字の上を移動していく。目的の文字の所にくると、ちんまい鼻先でツンツンした。
「だ?」
「チ!」
その文字を読み上げると、返事をして次の文字にいく。そうやって繰り返すと、彼が止まってお座りをした。
「だ……に……えう。ダニエウ? 合ってる?」
「チ!」
絶望の中にいるかのような彼が、ほんの少しだけ活気を取り戻したみたい。私が名乗ると、ずっと下を向いていたのにパッと私のほうを向いてくれた。垂れていたひげもピンっとなって、かわいい耳もしっかりする。
「あれ、まだ動くの? だ……ん? ダン?」
「チ!」
さっき、ダニエウだって名乗ったのに、次のダンってなんだろうと思っていると、あいしょうと体が動いた。
「なるほど。愛称なのね。ダンって呼べばいい?」
「チチ! チ!」
そう言うと、物凄く喜んだみたいでチッチーって楽しそうだ。さっきまでの悲しみにくれる姿より、断然こっちのほうがいい。
「んーと。1……8。18才なの?」
「チ!」
そうやって、やはりダンはおじさんの言うようにハムチュターン族の獣人で、私の事を番だと文字で示した。そして、何かを探るように、祈るようにじーっと見あげられてきて、胸の奥がソワソワして少し居心地が悪くなる。
「え……と、私は獣人じゃないから番とかわかんないんだ。本当に、私がダンの番なの? 間違いなく?」
「チ!」
一応、番というものは知っている。私には無縁だと思っていたからさらっとだけれども。番というのは、魂の片割れともいうべき存在で、二人は一つになり始めてその存在を成す、だったと思う。
「会ったばかりなのに? ダンは私でいいの?」
「チ!」
ダンは、一際大きく返事をした後、テーブルの上に置いていた私の指に、恐る恐る両手をそっと添える。
「チ……?」
「うーん。嫌? って聞いているのかな?」
「チ!」
「うーん。嫌とかいいとかより、戸惑っているのが正しいかなあ」
「チ……」
ダンは、私が言いづらいけれど、こういう事はしっかり最初に伝えないといけない事を伝えると、そっと手を離して文字盤の上に戻り後ろ足で立った状態でしょんぼり俯いた。
「ねぇ。魔力が戻ったら人化できるの?」
「チ」
力なく、そうだと頷くダンに、私はこれでコミュニケーションと取るには不十分すぎるためこう提案する。
「えっとね。とりあえず保留でいいかな? 私も時間が欲しいし、その間はうちにいてていいから。人化したら、こういう細かな事は、きちんと話し合える状態で向き合いたいんだけど……。ダメかな?」
「チ」
ひょっとしたら、今日中に私の家から出されると諦めてもいたのかもしれない。とはいえ、単なる時間稼ぎの方便だ。私は、やっぱり番なんて言われてもピンとこないし、目の前のダンが到底恋人とかになるなんて考えられなかった。
私の反応を見て、ダンもなんとなく形勢が思わしくないのを感じているのだろう。けれども、未来は未知数で可能性が全くないなんて彼は思っていないのかもしれない。ほんの少し、微かに見える幸せそうな様子で頷いてくれたのだった。
※※※※
結局、単なるハムスターじゃないから脱走の心配はないみたい。ダンも逃げないし悪戯したりしないと約束してくれた。けれど、折角作った巣があるのでそこで寝ると訴えるので、飛び出さないように高くした壁を、ダンが外を気楽に見れるように10センチほどにした。
すると、ダンはとても嬉しそうに、私の方を向いてチッチチッチって『追い出さずにいてくれてありがとう、嬉しい』って言うみたいに頭を下げた後、朝方潜っていた巣穴で眠りだしたのである。
「『選んだ先にある未来の可能性の二つほどは最上級の幸せで、誰もが憧れるハッピーエンドよ』、かあ……。ひょっとして、ダン、貴方が女神のいう最高のハピエン相手の一人なのかな? 番ってとっても大切にされるから幸せ間違いなしだっておじさんも言ってたもんね。それに……」
私は、ダンの眠る箱を見下ろしながら、彼が食べられるヒマワリの種のほか、野菜などをエサ入れにいれて水を変えた。
「ねえ、ダン。貴方は浮気しない? 実は、故郷の女の子が好きだったなんて事にならない?」
あれから、転生してもう20年経ったというのに、やっぱりアキにフラれたことが心をよぎってしまう。番なら、本当に、一生涯私だけなんだという保証つきな事に対して、打算が頭で素早くそろばんをはじく。
「……。そんな理由で受け入れても、ダンは嬉しくないか……。私だって、そんな動機で結ばれたら嫌だし」
今の所、ダンには可愛いく人懐っこくて、ペットとしての愛着しかない。喜怒哀楽がはっきりしている彼を悲しませたくないとは思う。
故郷のご両親には、番探しの旅をしている事は伝えているので心配ないとの事だけど、所在地は知らせた方が安心するんじゃないかと考えた。
チートで移動できなくもないけれど、番の私が現れたらもう二度と抜け出させないのが分かる。だから、直接行くんじゃなくて、彼が起きたら代筆するから手紙を出す事を言ってみようと思う。
「ダン、起きたらいないなんて事はないから、安心して眠ってね。おやすみ……」
なんだかんだで手つかずだったカルヤランピーラッカを温め直して食べた後、激務で疲れていたのか大あくびをして昼寝をしたのであった。
0
お気に入りに追加
585
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる