49 / 66
女神の決めた最上級のハッピーエンドなんていらない! 私は、私の気持ちのまま行くわ! ②
しおりを挟む
ダンがいなくなってから1か月が過ぎ、3月も終わり、この北の果てにも穏やかな雪景色が楽しめるほどの気候になってきた。
気温は6度まで上昇しており、たまに粉雪が少し降ってはすぐに雨に変わるようになった頃、私はサンタクロース協会でファンレターを仕分けしていた。
「エミリア―、この書類こっちじゃねーぞ!」
「この間提出された、カプセルの中に男の前の穴に入れる管のお前の草案は医療用として国が活用するらしいぞ?」
「エミリア、いくらなんでもとげ付きの触手に改良された魔獣なんて誰も喜ばないんじゃ……?」
「おしりから、各動物のしっぽが2時間だけ生える薬品は研究成功されたから今年から実装だぞ!」
周囲の同僚たちや、最近人材も人数もゆとりが出来て仕事が嘘のように良い方向に回り始めた。上司もにこにこで、去年までの彼と別人かのようだ。
「エミリア、上司が呼んでるぞ? 早くいかないと……!」
「…………」
私はぼうっとしていた。なんとなく心に何もかもが響かなくなっていて緩慢になっていたのである。
「エミリア?」
「わぁ!」
ポンッと肩を叩かれて、突然の衝撃に悲鳴をあげる。室内の皆が注視してくるが、最近ではこういった事が当たり前になってきていた。
ちょうど一年前ほどのヨウルプッキ先輩のようになった私は皆から心配された。
「……エミリア、今日はもう帰れ。仕事は俺もフォローしておくから」
なんと、あの上司ですらこんな風に声をかけてきてくれるほど。
「ご迷惑おかけして申し訳ありません。お言葉に甘えて帰らせていただきます……」
仕事が手につかなくなって、何を考えると言う事もなく帰宅したあとライラの家に転移した。
※※※※
「ライラ、ほらパイがついているわ?」
「ん……」
休日の度にというほどではないけれど、月に2、3回はライラと会うようになっていた。ライラは、今妊娠初期でつわりが激しくて寝込みやすいので、普段行き届いていない家の掃除などを手伝ったりしている。
妊婦には、当然ながらもう一人の命が宿っているため、安易に魔法で症状を和らげるわけにもいかず、ヤキモキしながら彼女が衰弱しないように看病をしていた。
あの日プロポーズをしてきたライノは、私の来訪に合わせるかのようにライラの家にいた。
『エミリア、……もう、会ってくれないかと思ってた……。俺、焦りすぎて、どうしてあんな風に言ってしまったのか……。ごめん』
『ううん。私の方こそ、何も言わずに突然消えちゃってごめんね』
ライノは、相変わらず人の気持ちの機微を察する事に長けている。私が突然の事で戸惑って居心地が悪い事も、キス未遂をしてしまった事で気持ちに整理なんてつかず、ぎくしゃくしてライノから遠ざかろうとするのもお見通しだった。
私は、隣国の自分の身分を明かした。隠せるものでもないし、必要もないから王子との婚約も打ち明けた。そして、ダンとの出会いや消えたあの日までの事も。
ライノが誠実に、真っ直ぐに自分に向かってきているのに、嘘や誤魔化したり、隠したりは違うと思ったから。
『そうか、隣国の公爵令嬢だったんだね。エミリアに釣り合うような身分を手に入れられると知ってから、エミリアに会いたくて、国内の貴族の本とか読み漁ったり色々聞いたんだ。でも、どこにもエミリアがいなくて、ひょっとしたらもう結婚してしまったのかとか諦めモードだったのもあって舞い上がってた。今まで俺を家族として受け入れてくれていた事は、嬉しいけど複雑だった。こうして、偶然だけど再会できた以上あの時の俺の気持ちも、プロポーズも撤回しない。あのさ、俺、待つから……。考えてくれないか?』
『ライノ……』
『エミリアにはちょっと申し訳ないけれど、王子との婚約がダメになって良かった。なあ、俺はさ、エミリアと10才で出会って、別れてから何年も経ってるのにこうして再会できたのって、不思議と繋がれる何かがあると思ってるんだ』
『……』
『断って欲しくないし、俺だってただ待つだけとかしない。でも、この間みたいに、どさくさに紛れてとか、無理強いは決してしないから、俺と時々会って、こうして話をして欲しい。商談じゃないから期限って区切れないけどさ。いつか、エミリアの答えを聞かせてくれないか?』
『……』
私は、何をどう言っていいのかわからないまま口を閉じていた。するとライノは、私の頭に大きくなった男の人の手を置いて髪をぐちゃぐちゃにしながら撫でておどけだした。
『……今すぐ、ライノのお嫁さんにしてって言ってもいいけどな?』
『ライノったら!』
『ははは』
私は、その日にライノの求婚を断るつもりだった。消えたダンの事が気になるというのもあるけれど、やっぱりライノは私に一番近い異性であると同時に家族だったから。
でも、彼の真剣ですがるような瞳で見つめられると、悪い気もしないし、なぜか胸がドキドキしてきてしょうがいない。こんな事が初めてで、どうしていいのか分からないままでいると、ライノが笑いながらそんな風に言うから、なんだかんだでなし崩しに優しい彼の言葉に甘えて頷いてしまった。
※※※※
「お姉ちゃん……、私怖い……。おかしいよね、オスクとの子なのに。嬉しいし、幸せなのに。でも、こんな風になるなら妊娠なんてしなきゃよかったって考えてしまう自分が嫌で……」
「ライラ……」
起きているあいだじゅう、つわりで気持ちの悪い体調が続いて、初めての妊娠の期待と不安の中、どんどん心細くなっているライラに付き添う日が多くなっていった。
なんとか食事は摂ってくれているけれども、すぐに涙を流したり、そう思えば笑い出したり。ご主人のオスクも心配で仕事に行かなければならないけれど、ライラから離れられない日々が続くようになって、彼が仕事でいない間、彼女が落ち着きを取り戻すまで毎日看病をするのにそう時間はかからなかった。
勿論、そんな生活は仕事をしながらは不可能だった。これが家族ならば、まだ公的に休業できるが、職場にとってライラは単なる私の知人でしかない。
仕事とライラ。比べるものでもないけれど、やっぱり目を離すと色んな意味で心配で仕方のない彼女のほうが大切だと思った。仕事はいくらでも取り返しがきくけれども、ライラに何かあったらと思うとぞっとした。
彼女には、またはじけるような可愛い笑顔を見せて欲しいし、来年には可愛い赤ちゃんを抱っこした元気なママのライラを見たい。
私は、小さい頃からあれほどやりたいと思っていたサンタクロース協会の仕事を辞めたのであった。
気温は6度まで上昇しており、たまに粉雪が少し降ってはすぐに雨に変わるようになった頃、私はサンタクロース協会でファンレターを仕分けしていた。
「エミリア―、この書類こっちじゃねーぞ!」
「この間提出された、カプセルの中に男の前の穴に入れる管のお前の草案は医療用として国が活用するらしいぞ?」
「エミリア、いくらなんでもとげ付きの触手に改良された魔獣なんて誰も喜ばないんじゃ……?」
「おしりから、各動物のしっぽが2時間だけ生える薬品は研究成功されたから今年から実装だぞ!」
周囲の同僚たちや、最近人材も人数もゆとりが出来て仕事が嘘のように良い方向に回り始めた。上司もにこにこで、去年までの彼と別人かのようだ。
「エミリア、上司が呼んでるぞ? 早くいかないと……!」
「…………」
私はぼうっとしていた。なんとなく心に何もかもが響かなくなっていて緩慢になっていたのである。
「エミリア?」
「わぁ!」
ポンッと肩を叩かれて、突然の衝撃に悲鳴をあげる。室内の皆が注視してくるが、最近ではこういった事が当たり前になってきていた。
ちょうど一年前ほどのヨウルプッキ先輩のようになった私は皆から心配された。
「……エミリア、今日はもう帰れ。仕事は俺もフォローしておくから」
なんと、あの上司ですらこんな風に声をかけてきてくれるほど。
「ご迷惑おかけして申し訳ありません。お言葉に甘えて帰らせていただきます……」
仕事が手につかなくなって、何を考えると言う事もなく帰宅したあとライラの家に転移した。
※※※※
「ライラ、ほらパイがついているわ?」
「ん……」
休日の度にというほどではないけれど、月に2、3回はライラと会うようになっていた。ライラは、今妊娠初期でつわりが激しくて寝込みやすいので、普段行き届いていない家の掃除などを手伝ったりしている。
妊婦には、当然ながらもう一人の命が宿っているため、安易に魔法で症状を和らげるわけにもいかず、ヤキモキしながら彼女が衰弱しないように看病をしていた。
あの日プロポーズをしてきたライノは、私の来訪に合わせるかのようにライラの家にいた。
『エミリア、……もう、会ってくれないかと思ってた……。俺、焦りすぎて、どうしてあんな風に言ってしまったのか……。ごめん』
『ううん。私の方こそ、何も言わずに突然消えちゃってごめんね』
ライノは、相変わらず人の気持ちの機微を察する事に長けている。私が突然の事で戸惑って居心地が悪い事も、キス未遂をしてしまった事で気持ちに整理なんてつかず、ぎくしゃくしてライノから遠ざかろうとするのもお見通しだった。
私は、隣国の自分の身分を明かした。隠せるものでもないし、必要もないから王子との婚約も打ち明けた。そして、ダンとの出会いや消えたあの日までの事も。
ライノが誠実に、真っ直ぐに自分に向かってきているのに、嘘や誤魔化したり、隠したりは違うと思ったから。
『そうか、隣国の公爵令嬢だったんだね。エミリアに釣り合うような身分を手に入れられると知ってから、エミリアに会いたくて、国内の貴族の本とか読み漁ったり色々聞いたんだ。でも、どこにもエミリアがいなくて、ひょっとしたらもう結婚してしまったのかとか諦めモードだったのもあって舞い上がってた。今まで俺を家族として受け入れてくれていた事は、嬉しいけど複雑だった。こうして、偶然だけど再会できた以上あの時の俺の気持ちも、プロポーズも撤回しない。あのさ、俺、待つから……。考えてくれないか?』
『ライノ……』
『エミリアにはちょっと申し訳ないけれど、王子との婚約がダメになって良かった。なあ、俺はさ、エミリアと10才で出会って、別れてから何年も経ってるのにこうして再会できたのって、不思議と繋がれる何かがあると思ってるんだ』
『……』
『断って欲しくないし、俺だってただ待つだけとかしない。でも、この間みたいに、どさくさに紛れてとか、無理強いは決してしないから、俺と時々会って、こうして話をして欲しい。商談じゃないから期限って区切れないけどさ。いつか、エミリアの答えを聞かせてくれないか?』
『……』
私は、何をどう言っていいのかわからないまま口を閉じていた。するとライノは、私の頭に大きくなった男の人の手を置いて髪をぐちゃぐちゃにしながら撫でておどけだした。
『……今すぐ、ライノのお嫁さんにしてって言ってもいいけどな?』
『ライノったら!』
『ははは』
私は、その日にライノの求婚を断るつもりだった。消えたダンの事が気になるというのもあるけれど、やっぱりライノは私に一番近い異性であると同時に家族だったから。
でも、彼の真剣ですがるような瞳で見つめられると、悪い気もしないし、なぜか胸がドキドキしてきてしょうがいない。こんな事が初めてで、どうしていいのか分からないままでいると、ライノが笑いながらそんな風に言うから、なんだかんだでなし崩しに優しい彼の言葉に甘えて頷いてしまった。
※※※※
「お姉ちゃん……、私怖い……。おかしいよね、オスクとの子なのに。嬉しいし、幸せなのに。でも、こんな風になるなら妊娠なんてしなきゃよかったって考えてしまう自分が嫌で……」
「ライラ……」
起きているあいだじゅう、つわりで気持ちの悪い体調が続いて、初めての妊娠の期待と不安の中、どんどん心細くなっているライラに付き添う日が多くなっていった。
なんとか食事は摂ってくれているけれども、すぐに涙を流したり、そう思えば笑い出したり。ご主人のオスクも心配で仕事に行かなければならないけれど、ライラから離れられない日々が続くようになって、彼が仕事でいない間、彼女が落ち着きを取り戻すまで毎日看病をするのにそう時間はかからなかった。
勿論、そんな生活は仕事をしながらは不可能だった。これが家族ならば、まだ公的に休業できるが、職場にとってライラは単なる私の知人でしかない。
仕事とライラ。比べるものでもないけれど、やっぱり目を離すと色んな意味で心配で仕方のない彼女のほうが大切だと思った。仕事はいくらでも取り返しがきくけれども、ライラに何かあったらと思うとぞっとした。
彼女には、またはじけるような可愛い笑顔を見せて欲しいし、来年には可愛い赤ちゃんを抱っこした元気なママのライラを見たい。
私は、小さい頃からあれほどやりたいと思っていたサンタクロース協会の仕事を辞めたのであった。
0
お気に入りに追加
585
あなたにおすすめの小説
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる