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気弱なハムチュターンの覚悟②
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エミリアが微笑んで楽しそうにライノと隣同士で座って話をしている。
「エミリア」
ライノが彼女を蕩けるような目をして何度も何度も呼ぶ。俺は一度だって呼んだ事がないのに。
「ライノ」
エミリアは幸せそうに、彼がこれまでどうしていたのか聞いてとても嬉しそうに笑っていた。
単なる知人以上の何かが十分に伝わってきて、ケージの中のままの俺はそっと立ち上がって透明の壁に前足を置いて見続けていた。
俺たちハムチュターン族が他人に警戒心が強いしケージのほうが安心だろうからと、こうして入れらていたけれど、今すぐ出て彼女に縋り付きたい。
──エミリア、俺を見てくれ……。そいつばっかり見ないで。こっちを向いて……
でも、そんな願いは届く事なく目の前で二人は仲良く会話を続けていた。
ひととおり会話が落ち着きを見せたとき、俺はケージから出されて紹介された。
「この子はハムチュターン族のダンっていうの。訳あって保護してるんだ」
ほんの少しだけ期待していたみたいに、照れながら嬉しそうに番だなんて言ってくれなかった。やっぱり俺は彼女にとってその程度の存在なのかと項垂れる。
それからは、彼女のふんわりした太ももや手に乗せられて幸せなんだけれども、モヤっとする時間が過ぎて行く。
俺は会話に加われない。エミリアがしょっちゅう撫でてくれたり、視線を落としてくれる度に嬉しい。けれど、4人の会話も楽しいみたいだ。
俺にはわからない話もたくさんあった。ライラがオスクが仲間外れにならないように配慮して彼らはどんどん会話が弾んでいた。
エミリアも、俺を気遣ってくれるけれど、やっぱり俺の言葉がないから置いてけぼり状態な時の方が多い。
俺は、エミリアの太ももからケージに移動した。のそのそと、小さなケージの角におがくずを集めて横になる。
「ダン? 眠いの? 初めての家だし、初めて会う人たちがいたから疲れちゃった?」
「チゥ……」
エミリアは、元気なく横になった俺を心配してくれた。それだけで俺の心は天に昇る。
手のひらサイズでしかない俺。言葉も出せない俺。
深いため息をこぼしてしまう。
自分がハムチュターン族だという事を恥じた事はない。今だって誇りを持っている。
でも、エミリアにとっては単なる救護したハムチュターンの、知人以上一方通行の番未満なだけの俺はお呼びじゃない。俺がいないほうが、愛する人は幸せなのかもしれない……。
そんな風に考えてしまって横になっていると、エミリアは心配げにケージに手を入れて頭を撫でてくれた。
「ダン……そろそろ家に帰ろっか」
そっと、柔らかな指先で耳をくすぐられる。
「チ」
とても嬉しい。今すぐ二人きりになりたい。俺しか見て欲しくないし、俺だけを呼んで笑っていて欲しい。
だけど、ライラたちだって、エミリアにとってかけがえなのない存在なのがわかる。
単なるわがままで、勝手にヤキモチを焼いてすねただけの、こんな情けない俺が優しい彼女に甘え切っていていいわけがない。
俺は、エミリアにまだ帰らなくていいって言いたいけれど、伝える術もない。
『嘆かわしい。それでも勇猛果敢なハムチュターン族か』
と、両親が俺の体たらくを見たら呆れそうなほど、俺の体にまるで冷たい雨が降り注いでいるかのように見ずぼらしいだろう。
それほど、心がしぼんで小さくなっていたのである。
※※※※
エミリアが家に帰る事を口にした時、ライラが焦って引き留めようとした。
「お姉ちゃん、今日は泊って行ってよ」
「新婚さんの家に泊まるわけないでしょう? ふふふ、家に帰るわ」
「あのね、あの! お姉ちゃん、あのね、いて欲しいの!」
「うーん。あのね、ダンの様子がいつもより元気がなさそうなのよね。だから今日は帰ってまた今度来るわ」
「また今度っていつ? いつなら会える? 明日は?」
「明後日には仕事始めなの。職員が増えたから休日も取れるようになったしここにはすぐ来れるから……」
駄々をこねる子供のようなライラを、エミリアがどうしたものかと悩みながら言葉を返している。彼女の夫と兄がたしなめた。
「ライラ、気持ちはわかるけれどもあまり無理を言ってはダメだよ」
「だって、オスク……」
「ライラ、オスクの言う通りだよ」
「だって、お兄ちゃん。折角お姉ちゃんと会えたのに……」
それでも、さらに縋るようにだってだってと繰り返すライラをエミリアは抱きしめた。
「ライラ、こうして家もわかっているんだし、私もお休みが取りやすくなった。だから、これからはいっぱい会えるわ?」
「お姉ちゃん……うん、わかった。我がまま言ってごめんなさい。でも、必ず今月中に来て! お願い。またこうやって会いたいの!」
「わかったわ!」
ライラが、俺をチラチラ見ている。恐らく、俺がエミリアの番だと気づいていそうだ。そして、エミリアの気持ちが、俺にはまだ無い事も察してそうで油断ならないなと横目でにらみつける。
ライラは、きっとライノとエミリアをくっつけたがっている。エミリアは彼女たちを家族としか思っていないためか、そんな彼女の気持ちに気付くことが無い。でも、ライノとは、俺よりも仲が良いし心が近いのは明白だ。だから、これから会える日が多くなればライノとエミリアが結婚してしまう気がした。
──あの男にエミリアを奪われてたまるか……!
「チゥ……」
俺は、愛しいエミリアの心配する心につけこみ弱弱しく横になったまま、小さく鳴いた。一刻も早くライノと俺の愛しい唯一を離さなければならないと焦る。
「ダン、大丈夫? そろそろ本当に帰るね。慌ただしくしちゃってごめんね。ライラ、オスクさんお招きありがとうございました。ライノ、またね」
「お姉ちゃん、絶対だからね!」
「エミリア、またな」
「エミリアさん、ダンさん今日は来ていただきありがとうございました。ダンさん、お大事に……」
最後に、挨拶をすませるとエミリアは瞬時に家に転移した。
「ダン、大丈夫? 突然違うおうちに行ったからかな?」
「チ……」
──俺ってやつは……。最低だ……
俺は、うまくエミリアと二人きりに戻れたけれど、真剣に心配してくれている番を騙したようなこの状況を恥じた。
たしかに体がうまく動けないほど落ち込んだ。だけど、いくらなんでも気持ちが沈んでいてもあんな風に4人の久しぶりで楽しい空間を邪魔するなんて。
それでも、彼女がそっと手のひらの上に俺を乗せて、優しく擦ってくれる事が嬉しくて堪らない。もっと俺という存在だけで彼女の心を埋め尽くしたい。
「チ……」
「ダン、元気になってね」
「チチッ」
彼女の柔らかな手のひらは、俺だけの場所。この時がずっと続けばいいと思いながらいつの間にか眠りについたのだった。
「エミリア」
ライノが彼女を蕩けるような目をして何度も何度も呼ぶ。俺は一度だって呼んだ事がないのに。
「ライノ」
エミリアは幸せそうに、彼がこれまでどうしていたのか聞いてとても嬉しそうに笑っていた。
単なる知人以上の何かが十分に伝わってきて、ケージの中のままの俺はそっと立ち上がって透明の壁に前足を置いて見続けていた。
俺たちハムチュターン族が他人に警戒心が強いしケージのほうが安心だろうからと、こうして入れらていたけれど、今すぐ出て彼女に縋り付きたい。
──エミリア、俺を見てくれ……。そいつばっかり見ないで。こっちを向いて……
でも、そんな願いは届く事なく目の前で二人は仲良く会話を続けていた。
ひととおり会話が落ち着きを見せたとき、俺はケージから出されて紹介された。
「この子はハムチュターン族のダンっていうの。訳あって保護してるんだ」
ほんの少しだけ期待していたみたいに、照れながら嬉しそうに番だなんて言ってくれなかった。やっぱり俺は彼女にとってその程度の存在なのかと項垂れる。
それからは、彼女のふんわりした太ももや手に乗せられて幸せなんだけれども、モヤっとする時間が過ぎて行く。
俺は会話に加われない。エミリアがしょっちゅう撫でてくれたり、視線を落としてくれる度に嬉しい。けれど、4人の会話も楽しいみたいだ。
俺にはわからない話もたくさんあった。ライラがオスクが仲間外れにならないように配慮して彼らはどんどん会話が弾んでいた。
エミリアも、俺を気遣ってくれるけれど、やっぱり俺の言葉がないから置いてけぼり状態な時の方が多い。
俺は、エミリアの太ももからケージに移動した。のそのそと、小さなケージの角におがくずを集めて横になる。
「ダン? 眠いの? 初めての家だし、初めて会う人たちがいたから疲れちゃった?」
「チゥ……」
エミリアは、元気なく横になった俺を心配してくれた。それだけで俺の心は天に昇る。
手のひらサイズでしかない俺。言葉も出せない俺。
深いため息をこぼしてしまう。
自分がハムチュターン族だという事を恥じた事はない。今だって誇りを持っている。
でも、エミリアにとっては単なる救護したハムチュターンの、知人以上一方通行の番未満なだけの俺はお呼びじゃない。俺がいないほうが、愛する人は幸せなのかもしれない……。
そんな風に考えてしまって横になっていると、エミリアは心配げにケージに手を入れて頭を撫でてくれた。
「ダン……そろそろ家に帰ろっか」
そっと、柔らかな指先で耳をくすぐられる。
「チ」
とても嬉しい。今すぐ二人きりになりたい。俺しか見て欲しくないし、俺だけを呼んで笑っていて欲しい。
だけど、ライラたちだって、エミリアにとってかけがえなのない存在なのがわかる。
単なるわがままで、勝手にヤキモチを焼いてすねただけの、こんな情けない俺が優しい彼女に甘え切っていていいわけがない。
俺は、エミリアにまだ帰らなくていいって言いたいけれど、伝える術もない。
『嘆かわしい。それでも勇猛果敢なハムチュターン族か』
と、両親が俺の体たらくを見たら呆れそうなほど、俺の体にまるで冷たい雨が降り注いでいるかのように見ずぼらしいだろう。
それほど、心がしぼんで小さくなっていたのである。
※※※※
エミリアが家に帰る事を口にした時、ライラが焦って引き留めようとした。
「お姉ちゃん、今日は泊って行ってよ」
「新婚さんの家に泊まるわけないでしょう? ふふふ、家に帰るわ」
「あのね、あの! お姉ちゃん、あのね、いて欲しいの!」
「うーん。あのね、ダンの様子がいつもより元気がなさそうなのよね。だから今日は帰ってまた今度来るわ」
「また今度っていつ? いつなら会える? 明日は?」
「明後日には仕事始めなの。職員が増えたから休日も取れるようになったしここにはすぐ来れるから……」
駄々をこねる子供のようなライラを、エミリアがどうしたものかと悩みながら言葉を返している。彼女の夫と兄がたしなめた。
「ライラ、気持ちはわかるけれどもあまり無理を言ってはダメだよ」
「だって、オスク……」
「ライラ、オスクの言う通りだよ」
「だって、お兄ちゃん。折角お姉ちゃんと会えたのに……」
それでも、さらに縋るようにだってだってと繰り返すライラをエミリアは抱きしめた。
「ライラ、こうして家もわかっているんだし、私もお休みが取りやすくなった。だから、これからはいっぱい会えるわ?」
「お姉ちゃん……うん、わかった。我がまま言ってごめんなさい。でも、必ず今月中に来て! お願い。またこうやって会いたいの!」
「わかったわ!」
ライラが、俺をチラチラ見ている。恐らく、俺がエミリアの番だと気づいていそうだ。そして、エミリアの気持ちが、俺にはまだ無い事も察してそうで油断ならないなと横目でにらみつける。
ライラは、きっとライノとエミリアをくっつけたがっている。エミリアは彼女たちを家族としか思っていないためか、そんな彼女の気持ちに気付くことが無い。でも、ライノとは、俺よりも仲が良いし心が近いのは明白だ。だから、これから会える日が多くなればライノとエミリアが結婚してしまう気がした。
──あの男にエミリアを奪われてたまるか……!
「チゥ……」
俺は、愛しいエミリアの心配する心につけこみ弱弱しく横になったまま、小さく鳴いた。一刻も早くライノと俺の愛しい唯一を離さなければならないと焦る。
「ダン、大丈夫? そろそろ本当に帰るね。慌ただしくしちゃってごめんね。ライラ、オスクさんお招きありがとうございました。ライノ、またね」
「お姉ちゃん、絶対だからね!」
「エミリア、またな」
「エミリアさん、ダンさん今日は来ていただきありがとうございました。ダンさん、お大事に……」
最後に、挨拶をすませるとエミリアは瞬時に家に転移した。
「ダン、大丈夫? 突然違うおうちに行ったからかな?」
「チ……」
──俺ってやつは……。最低だ……
俺は、うまくエミリアと二人きりに戻れたけれど、真剣に心配してくれている番を騙したようなこの状況を恥じた。
たしかに体がうまく動けないほど落ち込んだ。だけど、いくらなんでも気持ちが沈んでいてもあんな風に4人の久しぶりで楽しい空間を邪魔するなんて。
それでも、彼女がそっと手のひらの上に俺を乗せて、優しく擦ってくれる事が嬉しくて堪らない。もっと俺という存在だけで彼女の心を埋め尽くしたい。
「チ……」
「ダン、元気になってね」
「チチッ」
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