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私は、12月23日の夜、久しぶりの彼氏とのデートのためにおしゃれをして待ち合わせのファミレスに向かった。残業ばかり続くこの時期、やっぱり今日も残業で。待ち合わせ時間は、すでに一時間も前だ。
日付が変わる寸前の寒くて暗い中、彼に会いたくて街を駆けて行く。息が上がり、鼻先が寒くて冷たい。油断をすれば、鼻水が出そうなのも構わずに、白い湯気を口から出して急いだ。
最後に会ったのは1週間前。3か月ほど前に出来た初めての恋人なのだ。
毎日会いたいなぁ、寂しいな、今頃何をしているのかな?
と、思えるほど、気持ちが、好きから大好きになって変化してきたのは最近で。1週間ぶりに会う彼を待たせた事に申し訳なくて、でも、こうして遅くなっても待っててくれる優しい彼の存在が嬉しくて。
冷たい風を吸い込むと胸が痛い。どれほど走っても体は温もらず、消毒と水仕事のためにあかぎれだらけの手の先は氷のように冷えたまま。
クリスマスの日は、私の仕事の都合で会えないから、前倒しで今日会おうって言ってくれたのがとても嬉しい。彼も、私に会いたいって思ってくれているんだなと思うと、胸がきゅんっと切なく音をたててしまう。
ファミレスの看板と灯りが見えて来た。勢いよく入り口のドアを開けて、中で待っている彼の姿を、息を切らせたまま、やっと会えると心が高揚した状態でキョロキョロ探した。
※※※※
『あの、落としましたよ』
『はい?』
高校を卒業して就職したのは、都心の大手商業施設の中に店舗のあるケーキ屋だ。チェーン店ではあるけれども、テレビに取り上げられ有名人なんかも訪れる。
そこで働くための、首から下げる身分証明書の紐が切れて落ちたようだ。
声をかけられ振り向くと、そこには、THE・平凡 といった姿の、善良そうな男の子がいた。にこにこと笑っている表情は人懐っこくて、声もやや高い。明るい雰囲気のその人は、上のフロアにある居酒屋でバイトをしていると言った。
『あのさ、え、と。付き合ってくれないかな?』
偶然帰りが一緒になる事が数回続き、一緒にご飯を食べるようになった頃、照れくさそうに耳まで真っ赤になってそう言われた。
『え? どこに?』
『……それ天然で言ってる?』
『え? は? ん?』
『あのさ、結構わかりやすくしてたつもりなんだけど。帰りを待って偶然を装って声をかけたりとかさ』
『……』
『実は、半年くらい前からケーキ屋さんで働いているのを見かけてていいなって思ってて。で、こうやって話をしていたらさ……だから、あの、さ……えっと。俺、えみりちゃんが好きです。だから、そういう意味で付き合ってください……なんか、恥ずかしいな』
『あの、アキ君、わ、私、突然で……その……。男の子と付き合った事もないし……』
『俺も、女の子にこうやって告白するのが初めてなんだ。えみりちゃんが初恋かな、なんて。それとも、脈ない?』
じっと真剣な眼差しで見つめられる。脈ないなんてそんな事はなかった。えみりもまた、明るくて話が合う、優しいアキの事に好意を抱き始めていたからだ。
『あの……、わ、私で良かったら、彼女にしてください』
※※※※
初々しい、二人ともが慣れていない初めての恋人同士のお付き合いをし始めたのが9月の残暑が厳しい頃だった。当初は毎日のようにSNSでやり取りをしていた。彼のほうが積極的に好意を伝えてくれていて、つい、先週会った時に、ファーストキスをしたところだったのに。
「仕事ばかりのお前なんかより、コイツのほうが可愛いし俺がいてやらないとダメなんだ」
なのに、どうして、その彼氏が、彼の幼馴染でイケメンの恋人がいるかわいい女の子の肩を抱いているのだろうか。
とても愛しい人を見るかのように、うっとりと彼女を見つめているのかわからなかった。
日付が変わる寸前の寒くて暗い中、彼に会いたくて街を駆けて行く。息が上がり、鼻先が寒くて冷たい。油断をすれば、鼻水が出そうなのも構わずに、白い湯気を口から出して急いだ。
最後に会ったのは1週間前。3か月ほど前に出来た初めての恋人なのだ。
毎日会いたいなぁ、寂しいな、今頃何をしているのかな?
と、思えるほど、気持ちが、好きから大好きになって変化してきたのは最近で。1週間ぶりに会う彼を待たせた事に申し訳なくて、でも、こうして遅くなっても待っててくれる優しい彼の存在が嬉しくて。
冷たい風を吸い込むと胸が痛い。どれほど走っても体は温もらず、消毒と水仕事のためにあかぎれだらけの手の先は氷のように冷えたまま。
クリスマスの日は、私の仕事の都合で会えないから、前倒しで今日会おうって言ってくれたのがとても嬉しい。彼も、私に会いたいって思ってくれているんだなと思うと、胸がきゅんっと切なく音をたててしまう。
ファミレスの看板と灯りが見えて来た。勢いよく入り口のドアを開けて、中で待っている彼の姿を、息を切らせたまま、やっと会えると心が高揚した状態でキョロキョロ探した。
※※※※
『あの、落としましたよ』
『はい?』
高校を卒業して就職したのは、都心の大手商業施設の中に店舗のあるケーキ屋だ。チェーン店ではあるけれども、テレビに取り上げられ有名人なんかも訪れる。
そこで働くための、首から下げる身分証明書の紐が切れて落ちたようだ。
声をかけられ振り向くと、そこには、THE・平凡 といった姿の、善良そうな男の子がいた。にこにこと笑っている表情は人懐っこくて、声もやや高い。明るい雰囲気のその人は、上のフロアにある居酒屋でバイトをしていると言った。
『あのさ、え、と。付き合ってくれないかな?』
偶然帰りが一緒になる事が数回続き、一緒にご飯を食べるようになった頃、照れくさそうに耳まで真っ赤になってそう言われた。
『え? どこに?』
『……それ天然で言ってる?』
『え? は? ん?』
『あのさ、結構わかりやすくしてたつもりなんだけど。帰りを待って偶然を装って声をかけたりとかさ』
『……』
『実は、半年くらい前からケーキ屋さんで働いているのを見かけてていいなって思ってて。で、こうやって話をしていたらさ……だから、あの、さ……えっと。俺、えみりちゃんが好きです。だから、そういう意味で付き合ってください……なんか、恥ずかしいな』
『あの、アキ君、わ、私、突然で……その……。男の子と付き合った事もないし……』
『俺も、女の子にこうやって告白するのが初めてなんだ。えみりちゃんが初恋かな、なんて。それとも、脈ない?』
じっと真剣な眼差しで見つめられる。脈ないなんてそんな事はなかった。えみりもまた、明るくて話が合う、優しいアキの事に好意を抱き始めていたからだ。
『あの……、わ、私で良かったら、彼女にしてください』
※※※※
初々しい、二人ともが慣れていない初めての恋人同士のお付き合いをし始めたのが9月の残暑が厳しい頃だった。当初は毎日のようにSNSでやり取りをしていた。彼のほうが積極的に好意を伝えてくれていて、つい、先週会った時に、ファーストキスをしたところだったのに。
「仕事ばかりのお前なんかより、コイツのほうが可愛いし俺がいてやらないとダメなんだ」
なのに、どうして、その彼氏が、彼の幼馴染でイケメンの恋人がいるかわいい女の子の肩を抱いているのだろうか。
とても愛しい人を見るかのように、うっとりと彼女を見つめているのかわからなかった。
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