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No③の観覧車

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「は? 今なんと言った?」

「ひぃ! あ、あののあのあののあのあのあの……あのぉ、ですね。その……」

 こ、怖いー怖すぎるー。好きな人の鋭い眼差しは、ターゲットが敵なら『きゃ♡素敵♡』なんだけど、その相手が自分となると話は別だ。

 落ち着け—、おつついてくだしゃーい。あ、落ち着くのはわたくしだった。





 わたくしはフレイム様とプラチナ待遇でテーマパークを満喫していた。どことなく、彼もなんだか機嫌がよさそうだ。ちょっとした態度が、最初に会った時のように優しい。

 日ごろのあれこれを遠くに追いやって、彼との最初で最後の楽しいひと時を過ごしていた。

 で、少しそわそわした彼が観覧車に乗ろうってここまで連れて来てくれて、③と大きく書かれた箱に乗り込んだ。狭い空間は、半分くらいは透明な強化ガラスでできている。
 景色を楽しむどころか、宙に放り出されたような心もとなさがあり、怖くて震えてしまった。すると、フレイム様が、隣に座ってくれて、怖がるわたくしを慰めるかのように頭を撫でてくれたのである。

 嬉しい。こんな幸せな事が起こるだなんて……。

 彼にとっては、わたくしは保護対象なのかもしれない。誰だって、小さな子には優しいもの。期待しちゃダメだと言い聞かせても、愚かなわたくしの心は、案外彼もわたくしを好きでいてくれるのかもだなんて、浮かれ切った思考でいっぱいになった。

 今だけでもいい。明日から、明日からは、きちんと元の通りに彼と接点がなくなるまでの少しの時間だけでいいから、今のこの幸せに浸りたいと思った。

 頭の角に、彼と愛し合っているメモリさんの悲しそうな顔が浮かぶ。だけど、これからはずっと彼女がこの人を独占するのだから、今だけ彼と一緒にいさせて欲しい。
  好きな人が他の女の子とデートするだなんて、自分だったら絶対嫌な事を身勝手にも願った。

 ゆっくり、ゆっくり動いていく観覧車は、徐々に高度をあげていたはずなのに、あっという間にてっぺんまで到達した。

「リ、リフレーシュ。その、話しがあるんだが……」

 うっとり、彼の大きな手の温もりに甘えていたら、彼が言葉を発して、そっと離れていった。わたくしは、自分から言い出す前に、いよいよ彼から引導を渡されるのかと身構える。

「は、はい……」

「あー、今日は、その。併設のホテルにだな……。あー……、ああ、そう言えば、リフレーシュも私に話があると言っていたよな?」

 怖い見た目と違って、本当はとても優しい事をしっている。そんな彼から、わたくしを捨てるような言葉は言いづらいのだろう。なら、自分から伝えるしかないと思った。

「……はい。あの……」

 言うんだ。今まで、彼とメモリさんの仲を邪魔してしまった事を謝罪して、それから、それから……。そうしたら、本当にもう、わたくしは彼から離れて、二度と近づく事ができなくなるんだ。

 手が冷たい。胸に、何かがずしんと落ちてくるかのよう。ぐるぐると、思考が入り口を行ったり来たりしている。息はどうやってするんだっけ? 声は、どうやって出んだっけ?

 本当は、彼と離れたく、ない。ずっと、彼と一緒にいたい。報われない想いでも、例え、そうする事で彼と彼女が傷ついても、身の程知らずなわたくしのわがままな気持ちが、言葉を遮って来る。

 でも、それではいけない。あんなにも考えて決意してこの場にいるじゃない。だから……、最後なのだからみっともない姿を見せたくなくて、静かに息を吸い込んで吐き出した。

「あの、ですね……。フレイム、さま……。こんやく、おおぉ……な、無かった事に、ですね……はい……」

「は? ……いきなり何を言いだすんだ……一体、何があった?  最初に、婚約についてお互いの意思を確認しただろう?」

 何があったもなにも……何もないからなんですけど……。はい。フレイム様がつまらなそうで興味なさそうなお茶会での会話と、婚約状態という事以外、何もないからなんです。

 あああ、そう言えたらいいんだけど……怒り出した彼を前にして、怖くて気持ちがしぼんでしまって言えないっ!

 さっきのは嘘だとか誤魔化して……ってもう無理ですよねー。だって、怒ってる。

  ああ、わたくしごときからお断りの言葉を言ったからか、物凄く怒ってる。きっと、彼女とご自分の未来のために、婚約解消の時期とか考えていたのだろう。

 もうだめだ。わたくしが詰むのは学園卒業とか明日とかじゃない。今ここで。NOW。わたくしは終わりかもしれない。

 おとうさま……おかあさま……さきだつふこうをおゆるしください……

 意識が遠くに行ってしまいそう。いいえ、ダメよ。しっかりしなくちゃ。

「……あの、わたくしと不本意な婚約をする事になったのは、フレイム様にとってつらい事だと知っていながら、承諾してしました。なし崩しに、婚約がなされ、それに甘えていてごめんなさい……。恥知らず、と言われて当然なんです。フレイム様の、貴重な時間などをつぶしてしまって……まことに申し訳ありませんでした……」

「……不本意? 恥知らずとは? なし崩しなのは、まあ……そうだったが。その……つまり、リフレーシュは、俺との時間が無駄だったと言いたいのか?」

「……いえ、わたくしにとって、この3ヶ月は幸せな時でした」

 そう、いくらつれなくされても、本来なら言葉どころか視線を合わせるなんて無理なフレイム様と、たとえ業務連絡でもお話できて幸せだった。

 そう、彼がいつもつまんなさそうでも。目の前にいてるのに、わたくしじゃない誰かを考えているみたいにうわの空な時があったとしても。

 悲しくて、辛くて、でも、それでも幸せだったの……。

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