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フレイム視点①
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レイトー殿下には振り回されっぱなしだ。彼は、隣国の公爵令嬢に一目ぼれをしてなんとか結婚まで持ち込みたいらしい。
生徒会は、いわばレイトー殿下とその側近たちの集まりだ。シピユ嬢に関しては、調査したところ問題などあまりないどころか、殿下と結婚するには十分すぎるほどの人物だと言う事がわかった。
『俺はシピユ嬢と今度の遠足の時にふたりきりになりたい。協力してくれ』
ある日、殿下が唐突にそんな事を言った。皆、顔を合わせつつも、令嬢たちに人気の殿下の想いを断る女性はそうはいないだろうと、シピユ嬢といつも一緒にいるリフレーシュ嬢を引き離す計画を立てていた。
ところが、我々の計画を実行する前に、リフレーシュ嬢は自分で勝手に迷子になったようだ。本来なら、彼女に声をかけて、お守りを俺がする予定だったのに面倒な事になった。真剣に捜索しなければならなくなり舌打ちしてしまう。
殿下は、必死にリフレーシュ嬢を探すシピユ嬢を慰めながら上手くやるだろう。他の側近も側にいるので、俺は彼女を探した。
『服? うちの女子の制服のようだが……なんでこんなものがここに落ちているんだ?』
誰かが獣化したのだろうか。草むらに制服が落ちていた。下着は見えていない。慌てて目をそらしたし、白のレースの下着など誓って見えていない。……ちょっとしか。
俺は、すぐさま迷子になったリフレーシュ嬢が、鼻や本能が効く姿になったと推測して、そのまま草についたわずかな足跡をたどった。
『ぴぇ……ぴえぇ……』
少し離れたところに、ずんぐりしたウォンバットがシピユ嬢の名を呼びながら鳴いていた。とても悲しそうな声で、こちらの胸が苦しくなるほど、彼女の悲痛な寂しさや不安が感じとれた。
周囲には危険な獣などはいなさそうだ。あまりにも可哀想なのでそっと抱き上げると、彼女が若干パニック状態になった。
俺は、学園どころかいたるところで怖がられる。大きな体躯に、表情も震えるほど怒っているように見えるらしい。全く怒ってはいないのだが。迂闊に近づいて抱き上げたせいで、いらぬ恐怖を与えてしまったようだ。
ややずっしりした体が、俺が抱きかかえると小さくてか弱い存在に思えた。ほどよく埋もれる腕や手。取り敢えず落ち着かせようとそっと撫でると、さっきまで緊張していた体から力が抜けた。
泣き止んでからは、全身で俺に甘えて縋って来るウォンバットの女の子。
『リフレーシュ嬢か?』
そう言えば名前を聞いていなかったから訊ねてみたら、慌てて人化しようとする彼女。今人化したら素っ裸だ。俺のほうが焦って、彼女を必死にとめた。
撫でてなだめているうちに、うとうと眠りに入る彼女は、条件反射で手を握り返す素直な子供のようだ。
か、かわ、かわいい……やばい。本気でこれは攫われるやつだ。連れ去られ……連れ去り……連れ去っ……りたいほど、かわいすぎる。
この俺にこんな風に縋って頼って来る女の子がいるなんて。うう、ちょっとだけ、このまま連れて帰っていいだろうか? 添い寝してなでなでして、悲しい気持も涙も、俺が取り除いてやりたい。いや、ダメだ。かわいいからといってこのままお持ち帰りとか許されないに決まってる。
小さな鼻でぴすぴす息をしながら、寝言でシピユ嬢の名を繰り返し呼んでいる。この子に名前を無意識で呼ばれるシピユ嬢に対して、なぜかムっとなった。
『ああ、リフレーシュ……良かった、良かったわ! フレイム様、ありがとうございます。さあ、リフレーシュを渡してくださいませ』
『……いや、彼女はぐっすり眠っている。体勢を無理に変えると起きるだろう。ここは私が責任を持ってきちんと送り届けよう』
合流した時に、シピユ嬢が俺の腕の中にいるリフレーシュ嬢を返せ返せとうるさいが、全スルーして運ぶ。勿論運んでいる最中も、それとなくもふもふをなでなでしていた。
彼女をファーン嬢に引き渡した後、俺の腕の温もりが消えてなんだか寂しく感じた。
それから、リフレーシュ嬢の事が忘れられなかった。だが、彼女はレイトー殿下のファンの子たちと一緒にいる。なんとなく、俺を見ている気がしなくもないが、きっと視線の先は殿下だ。
彼女に見てもらいたいという、俺の愚かでささやかな願望は、おそらく叶う事はない。
『なぁ、フレイム。最近、お前リフレーシュ嬢の事ばかり見てないか?』
『なっ……! そんな事は……』
殿下だけでなく、他の生徒会のやつらもそういえばそうだなんて、わいわい賑わい始める。
『なんつーか。そーかそーか。フレイムにもやっとそういう女の子が出来たか―。へーほーふーん』
『そ、それは……その、気になるだけで、そういう浮ついた気持ちではありません』
『恋は気になる所から始まるんだろ! とりあえず話をして来いよ。フレイムがリフレーシュ嬢と仲良くなったら、シピユ嬢と親密な繋がりが持てる。うん、是非とも彼女と付き合ってくれ。なんなら今すぐ結婚してしまえ』
最初に怖がられてしまっているし、彼女が好きなのは殿下だ。といっても、殿下と彼女では結ばれようがないが。殿下は女の子ウケがいいし、気軽に話が出来るから、俺みたいなオクテの男の心情なんてわからないだろう。
『えー……17才の女の子の体をずーっと撫でたんですか? 本当に? 初対面なのに? うわぁ、それって最低ですよ』
出会いの時の事などを洗いざらい吐かされていると、補佐をしているメモリ嬢が、俺をゴミ虫のような目で見て来た。
『い、いや。その時の彼女はウォンバットの姿だったし、撫でると安心してたみたいで……』
『メモリ嬢、どさくさに紛れて痴漢行為をしたフレイムに対して言いたい事はわかる。だが、そう責めるなよ。獣化姿だし、緊急だったのだから、リフレーシュ嬢もそんな風に思っていないだろう』
『だからといって、皆さんだって、いきなり初対面の相手に撫でまわされたら嫌でしょう? 心細かったから緊急措置的に助けを求めていただけの女の子に、寝入ってからも撫でまわしてセクハラするなんて。リフレーシュ先輩が可哀想です』
俺だって初対面のやつに体を撫でられたら虫唾が走るほど嫌だ。俺のした行為はセクハラで痴漢行為だったのかと改めて打ちのめされた。
もうダメだ。挨拶どころではない。たぶん悲鳴をあげて逃げられるか、また泣いてしまうかもしれない。完全に嫌われているに違いない。
まさか、俺が石を落した事がきっかけで彼女と婚約できるだなんて、この時には思ってもみなかったのである。
生徒会は、いわばレイトー殿下とその側近たちの集まりだ。シピユ嬢に関しては、調査したところ問題などあまりないどころか、殿下と結婚するには十分すぎるほどの人物だと言う事がわかった。
『俺はシピユ嬢と今度の遠足の時にふたりきりになりたい。協力してくれ』
ある日、殿下が唐突にそんな事を言った。皆、顔を合わせつつも、令嬢たちに人気の殿下の想いを断る女性はそうはいないだろうと、シピユ嬢といつも一緒にいるリフレーシュ嬢を引き離す計画を立てていた。
ところが、我々の計画を実行する前に、リフレーシュ嬢は自分で勝手に迷子になったようだ。本来なら、彼女に声をかけて、お守りを俺がする予定だったのに面倒な事になった。真剣に捜索しなければならなくなり舌打ちしてしまう。
殿下は、必死にリフレーシュ嬢を探すシピユ嬢を慰めながら上手くやるだろう。他の側近も側にいるので、俺は彼女を探した。
『服? うちの女子の制服のようだが……なんでこんなものがここに落ちているんだ?』
誰かが獣化したのだろうか。草むらに制服が落ちていた。下着は見えていない。慌てて目をそらしたし、白のレースの下着など誓って見えていない。……ちょっとしか。
俺は、すぐさま迷子になったリフレーシュ嬢が、鼻や本能が効く姿になったと推測して、そのまま草についたわずかな足跡をたどった。
『ぴぇ……ぴえぇ……』
少し離れたところに、ずんぐりしたウォンバットがシピユ嬢の名を呼びながら鳴いていた。とても悲しそうな声で、こちらの胸が苦しくなるほど、彼女の悲痛な寂しさや不安が感じとれた。
周囲には危険な獣などはいなさそうだ。あまりにも可哀想なのでそっと抱き上げると、彼女が若干パニック状態になった。
俺は、学園どころかいたるところで怖がられる。大きな体躯に、表情も震えるほど怒っているように見えるらしい。全く怒ってはいないのだが。迂闊に近づいて抱き上げたせいで、いらぬ恐怖を与えてしまったようだ。
ややずっしりした体が、俺が抱きかかえると小さくてか弱い存在に思えた。ほどよく埋もれる腕や手。取り敢えず落ち着かせようとそっと撫でると、さっきまで緊張していた体から力が抜けた。
泣き止んでからは、全身で俺に甘えて縋って来るウォンバットの女の子。
『リフレーシュ嬢か?』
そう言えば名前を聞いていなかったから訊ねてみたら、慌てて人化しようとする彼女。今人化したら素っ裸だ。俺のほうが焦って、彼女を必死にとめた。
撫でてなだめているうちに、うとうと眠りに入る彼女は、条件反射で手を握り返す素直な子供のようだ。
か、かわ、かわいい……やばい。本気でこれは攫われるやつだ。連れ去られ……連れ去り……連れ去っ……りたいほど、かわいすぎる。
この俺にこんな風に縋って頼って来る女の子がいるなんて。うう、ちょっとだけ、このまま連れて帰っていいだろうか? 添い寝してなでなでして、悲しい気持も涙も、俺が取り除いてやりたい。いや、ダメだ。かわいいからといってこのままお持ち帰りとか許されないに決まってる。
小さな鼻でぴすぴす息をしながら、寝言でシピユ嬢の名を繰り返し呼んでいる。この子に名前を無意識で呼ばれるシピユ嬢に対して、なぜかムっとなった。
『ああ、リフレーシュ……良かった、良かったわ! フレイム様、ありがとうございます。さあ、リフレーシュを渡してくださいませ』
『……いや、彼女はぐっすり眠っている。体勢を無理に変えると起きるだろう。ここは私が責任を持ってきちんと送り届けよう』
合流した時に、シピユ嬢が俺の腕の中にいるリフレーシュ嬢を返せ返せとうるさいが、全スルーして運ぶ。勿論運んでいる最中も、それとなくもふもふをなでなでしていた。
彼女をファーン嬢に引き渡した後、俺の腕の温もりが消えてなんだか寂しく感じた。
それから、リフレーシュ嬢の事が忘れられなかった。だが、彼女はレイトー殿下のファンの子たちと一緒にいる。なんとなく、俺を見ている気がしなくもないが、きっと視線の先は殿下だ。
彼女に見てもらいたいという、俺の愚かでささやかな願望は、おそらく叶う事はない。
『なぁ、フレイム。最近、お前リフレーシュ嬢の事ばかり見てないか?』
『なっ……! そんな事は……』
殿下だけでなく、他の生徒会のやつらもそういえばそうだなんて、わいわい賑わい始める。
『なんつーか。そーかそーか。フレイムにもやっとそういう女の子が出来たか―。へーほーふーん』
『そ、それは……その、気になるだけで、そういう浮ついた気持ちではありません』
『恋は気になる所から始まるんだろ! とりあえず話をして来いよ。フレイムがリフレーシュ嬢と仲良くなったら、シピユ嬢と親密な繋がりが持てる。うん、是非とも彼女と付き合ってくれ。なんなら今すぐ結婚してしまえ』
最初に怖がられてしまっているし、彼女が好きなのは殿下だ。といっても、殿下と彼女では結ばれようがないが。殿下は女の子ウケがいいし、気軽に話が出来るから、俺みたいなオクテの男の心情なんてわからないだろう。
『えー……17才の女の子の体をずーっと撫でたんですか? 本当に? 初対面なのに? うわぁ、それって最低ですよ』
出会いの時の事などを洗いざらい吐かされていると、補佐をしているメモリ嬢が、俺をゴミ虫のような目で見て来た。
『い、いや。その時の彼女はウォンバットの姿だったし、撫でると安心してたみたいで……』
『メモリ嬢、どさくさに紛れて痴漢行為をしたフレイムに対して言いたい事はわかる。だが、そう責めるなよ。獣化姿だし、緊急だったのだから、リフレーシュ嬢もそんな風に思っていないだろう』
『だからといって、皆さんだって、いきなり初対面の相手に撫でまわされたら嫌でしょう? 心細かったから緊急措置的に助けを求めていただけの女の子に、寝入ってからも撫でまわしてセクハラするなんて。リフレーシュ先輩が可哀想です』
俺だって初対面のやつに体を撫でられたら虫唾が走るほど嫌だ。俺のした行為はセクハラで痴漢行為だったのかと改めて打ちのめされた。
もうダメだ。挨拶どころではない。たぶん悲鳴をあげて逃げられるか、また泣いてしまうかもしれない。完全に嫌われているに違いない。
まさか、俺が石を落した事がきっかけで彼女と婚約できるだなんて、この時には思ってもみなかったのである。
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