完結・R18 寂しがりのわたくしは、大好きな婚約者がつれなくてぴえんすぎます

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
2 / 17

命の恩人

しおりを挟む
「えっと、あの、あの……」

 違うんですって言いたいんだけど、言えない。言えるわけがない。この大歓迎ムードで。まるでご来店10万人目おめでとうキャンペーンのお客様扱いのようだ。

 わたくしは、吹けば飛ぶような男爵家の末っ子長女でしかない。

「リフレーシュ嬢、よく見つけて届けてくれたね。君は息子の命の恩人だ」

 対する相手は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのある宰相閣下であらせられるるれれれるるるr侯爵様だ。ああ、思考すらままならない。お腹がぎゅるぎゅるして、胃に穴があきそう。普段から意見をはっきり伝えるほうではないし、身分が上すぎる尊い方々を前に、一文字だって口にするのすらおこがましいと感じる。

 誰か助けて……!

「そ、そんな大した事はしてませんから……あの、あの……ぐ、偶然ですし。こ、侯爵様、そんな……命の恩人だなんて……」

「まあ、なんて奥ゆかしいお嬢さんなの。こういう時はお礼を強請る者ばかりだというのに。まあまあまあ、あなたのように心根の素敵な女の子に拾ってもらえるだなんて、本当に喜ばしい事。良かったわ、あなたが優しい子で」

「いえ、そんな……わたくしは当たり前の事をしたまでで。その、拾ってすぐに、もっと早くお届けするべきところでしたが……」

「いやいや。通常であれば、その辺に捨て置かれるような物なのだ。それをこうして持ち主を探し出して、我が家との伝手もないのに持って来てくれたんだ。ここまで来るのも大変だっただろう? これで息子も元気になる。本当にありがとう。息子はまだ臥せっていてね。変わりに礼を言う。息子とは快復次第改めて席を設けよう」

 そうですか、それはよろしゅうございました。それでは、わたくしはこれで失礼致します。

 と言って、足早に去りたい。だけど、今、いきなり帰るなんてとんでもない事である。
 因みに、フレイムというのが、彼らのひとり息子さんで、この侯爵家の跡取り様だ。わたくしにとって、世界の違う高貴なるお方で、彼の落とし物を届けに来ただけだというのに、この待遇。ちょっと大げさすぎやしないだろうか。

 今のわたくしの前には、にこやかな侯爵夫妻がいて、部屋にはわたくしよりもたぶん身分の高い侍女さんや執事さんとかがいる。

 いったい、何人いるんだろう? 

 背後にもいるような気がする。ううん、絶対いる。しかも、部屋にいる全員が、わたくしに向かって満面の笑顔だ。

 座るように促されたソファは、体がめり込んでしまっているほど柔らかい。腰を痛めたおじい様は、このソファが腰にとどめを刺すやつ。これが人をダメにするというソファかと馬鹿な事を考える。このソファ一つで我が家の月収の何か月分だろうか。

 我が家には乳母とその娘のわたくしのお姉さん的存在のメイド兼侍女兼その他諸々の役職の人しかいない。勿論、わたくしも両親も家事手伝いはしているほどの貧乏。商家の平民のほうがセレブだろう。

 乳母の娘のファーンは、なんと特待生として一緒の学園に入学してずっと側にいてくれる。ゴリラ獣人の彼女は怒らせると怖いが、とても過保護すぎるほど大切にしてくれている。そんな彼女こそ女神に違いない。

「息子にとって、アレはなくてはならない家宝のような、いや、比べものにならない命そのもののような物なのだ。唯一無二のお気に入りを失くしてしまって、この一週間、寝込んで何も食べられなくなった。もう餓死するしかないと、我々は諦めてかけていた。本当にありがとう」

 学園で廊下を移動中に、ぽろっとポケットから落ちた、彼の大切な物を手に取ったのは偶然だった。すぐに追いかけて返さなきゃいけないのに、彼は王子様や、その他、わたくしにとって天上人である高貴な方々と、さっさと行ってしまった。

 そんな彼らとは、挨拶すらまともにできない。だから、そのまま返さずに持ったままどうしようかと途方にくれた。

 落とし物として、職員室に届けたら良かったのだ。だけど、その時はそんな考えはちっとも浮かばなかった。

 嘘だ。本当は、すぐに届けなきゃって思った。思ったけど、拾った石は、初恋の憧れの人の落とし物だったから、ちょっとだけ、そう、ほんのちょっとだけでも、一瞬だけでも手に取ってみたかった。
 手の中の石を、一時の温かい気持ちに浸りたくて胸の前で祈るように手で握りながら、素敵な彼の事を考えていた。

 だけど、15分くらい経過した時に、彼が大事な物を失くしたって学園中が大騒動になってしまって。王子様はじめ、騎士まで総動員された。

 あまりの事態に恐ろしくなって、彼の落とし物はわたくしが持ってますと、名乗り出るなんて無理だった。そんな勇気なんて、単なる貴族とはほとんど名ばかりの、その辺の雑草のようなウォンバット獣人のわたくしには持てなかったのである。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?

うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。 濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...