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ふたりが捕らえた男は、なんとこの家の執事候補であった。最初はしらばっくれていたけれど、ブラインが男を知っていた。
男は、三ヶ月前にこの家に雇われたばかりで、ブラインのことをこの家の下働きだと思っていた。彼がこの家の血縁だと知るとびっくりしていた。
「そんな。弟君は、昔に亡くなったと聞いていたのに」
「そうか、俺は、この家にとってそんな扱いなのか」
男とブラインの会話を聞いているとムカムカする。昔から仕えている人たちだっていて、ブラインがドゥーアにいいようにこき使われているのを知っているのに、これではあんまりだ。
「俺のことはどうでもいい。それよりも、なぜアカ…、トッティ様を狙う? 兄は、トッティ様を守るように俺に命じられているから兄ではない。誰の命令だ」
男は暫くの間口をとざしていた。しかし、ブラインがものすごい迫力で脅しても動じなかったのだが、クローザが色っぽく、優しくお茶を差し出して笑みを浮かべると、鼻の下をのばしてペラペラしゃべりだす。
「ほらー、やっぱり彼女の仕業だったんじゃん? 絶対に、侯爵に内緒の単独犯よね」
男は、ラッチから頼まれて、私とクローザ、そして邪魔をする人がいれば諸共に始末するよう依頼されたという。政府絡みのあれやこれじゃなくて良かったとは思うが、命を狙われたことに変わりはないのでムカムカする。
すぐに口を割ったこの男が、いくら難しい攻撃魔法の使い手だとしても、素人であることは間違いない。なんだかんだで、あんなにもゆっくりな魔法での攻撃だったのだから、本心では人をどうにかしようとするような人物ではないのかもと思った。
「ね、あなた。ラッチさんから、奴隷みたいな境遇から助けてもらったことでもあるの? だから、やりたくないけど、お願いを聞いたとか?」
「なぜそれを……ラッチ様は、お腹をすかせてぼろぼろの姿だった私が、泥棒の冤罪を着せられた時に、助けてくださったのです。ラッチ様の庇い立てがなければ、私は牢にいれられ、身内も味方もいないから辺境で重労働の労役をさせられていたはずなんです」
「あー、なんとなく、あるあるだなー。やっぱり、ここはラッチさんがヒロインのなんかの物語なのかもー」
私は、厄介な立場に入ってしまったことにため息しかでない。そして、男に、ラッチさんと侯爵の仲を邪魔しない、それどころか協力したいからここから出ていくことを伝えた。
「そうなのですか?」
「ま、政略的に離婚とかは難しいでしょうけど、ラッチさんっていう正当な奥様候補がいたのだから、私が国に帰るのが一番かなって思うんだけど。それに、侯爵って、私の好みじゃないし。クズだし」
最後の言葉は、小さくぼそっとつぶやいたから、男には聞こえなかったようだ。だが、クローザとブラインにはばっちり聞こえていたようで、うんうん頷いている。
結局、手出しをしなければ、それどころか、ここから出ることに協力してくれれば、万事解決するからと、ラッチさん宛に手紙を書いて男に渡した。
その日のうちに、ラッチさんから謝罪の手紙をもらい、全面的に協力してくれるという約束を取り付けたのである。
「アカネ様、ラッチを許すので? ヘタをすれば、今頃あの世だったんですよ?」
「うーん、結果論だけど、私は無事だったし? 侯爵の注意を彼女がひきとめて、一緒にいてくれるほうが、逃げやすいじゃない」
なんと、ラッチは手紙に、侯爵が政略結婚を破談にしたことで、家に不利益があったとしても、彼と一緒なら貧乏な暮らしもできると書いていた。といっても、ずっと裕福な環境で暮らしてきた彼女は、きっと貧乏になったら耐えられないと思うけど。
「好みって、人それぞれねぇ……あんなののどこがいいのかしら。やっぱ顔かな?」
「あいつの本性や、今後のこの家に降りかかる状況を、ラッチに伝えないので? あ、それとも、この家が無事でいられるように、進言なさるつもりでしょうか?」
「そんなことをしたら、逆に敵意をこっちに向けちゃうじゃない。国に戻ったら、包隠さずここでされたことを報告するわ。だから、この家は下手すれば没落よね。ま、ふたりのことは、ふたりで決めればいいと思うし。騙されていても、ラッチさんが知らなければ、純粋に愛し合うふたりとして幸せに暮らせるでしょ」
「そんなもんですかね」
「あのね、私だって善人じゃないのよね。無関係だし。殺そうとしてきた相手に、なんで親切にあいつの悪いところをおしえなきゃいけないのよ。いずれ、彼女が知って裏切られたとしても、その時の彼女が決めて対処すればいいと思うのよ。自己責任ってやつよ。そんなことまで知らないわー」
冷たく突き放すような言葉だが、あいつやラッチのことなどマジ知らん。自分のことだけで手一杯だし。
なんだかんだで、侯爵にバレないように慎重に慎重を重ねて、逃亡の準備を進めた。
「いよいよ、明日ね。ラッチさんが快くチケットの手配とかしてくれて助かったー」
「そうですね。密航もやむを得ないと思っていましたから、それだけはラッキーでした」
明日は、例の侯爵が私を呼ぶ日だ。ラッチが、朝からあいつの気をひいてくれている。その間に、私達は快適な旅じゃなくて、逃亡する手はずだ。
「ブラインさんは、この国を捨てることになって、本当に大丈夫なんですか?」
「俺は、この家にとって、すでに亡き者ですから。亡霊が、いつまでもここにいるわけには参りません」
ラッチがせめてもの思い出にと、ブラインの母親のブローチを渡してくれた。他にも沢山貴金属はあるだろうに、一番安っぽい傷だらけの小さなブローチを。
でも、そんなみみっちい悪意と欲にまみれたものでも、ブラインはとても嬉しそうに受け取っていた。きっと、この世のどんな高価な宝石よりも、彼は大事にするだろう。
「ラッチさんも、なんともまあ、イイ性格をしているわね。でも、だからこそ心置きなく、この家を潰せるわ」
「そうですね。この家でアカネ様がどんな目にあったのか、他ならぬラッチの証言をまとめたものもありますし、オシェアニィ国に戻ったら、コテンパンにしていただきましょう」
私は、クローザとふたりで、この家で暮らす最後の晩餐を楽しんだのであった。
男は、三ヶ月前にこの家に雇われたばかりで、ブラインのことをこの家の下働きだと思っていた。彼がこの家の血縁だと知るとびっくりしていた。
「そんな。弟君は、昔に亡くなったと聞いていたのに」
「そうか、俺は、この家にとってそんな扱いなのか」
男とブラインの会話を聞いているとムカムカする。昔から仕えている人たちだっていて、ブラインがドゥーアにいいようにこき使われているのを知っているのに、これではあんまりだ。
「俺のことはどうでもいい。それよりも、なぜアカ…、トッティ様を狙う? 兄は、トッティ様を守るように俺に命じられているから兄ではない。誰の命令だ」
男は暫くの間口をとざしていた。しかし、ブラインがものすごい迫力で脅しても動じなかったのだが、クローザが色っぽく、優しくお茶を差し出して笑みを浮かべると、鼻の下をのばしてペラペラしゃべりだす。
「ほらー、やっぱり彼女の仕業だったんじゃん? 絶対に、侯爵に内緒の単独犯よね」
男は、ラッチから頼まれて、私とクローザ、そして邪魔をする人がいれば諸共に始末するよう依頼されたという。政府絡みのあれやこれじゃなくて良かったとは思うが、命を狙われたことに変わりはないのでムカムカする。
すぐに口を割ったこの男が、いくら難しい攻撃魔法の使い手だとしても、素人であることは間違いない。なんだかんだで、あんなにもゆっくりな魔法での攻撃だったのだから、本心では人をどうにかしようとするような人物ではないのかもと思った。
「ね、あなた。ラッチさんから、奴隷みたいな境遇から助けてもらったことでもあるの? だから、やりたくないけど、お願いを聞いたとか?」
「なぜそれを……ラッチ様は、お腹をすかせてぼろぼろの姿だった私が、泥棒の冤罪を着せられた時に、助けてくださったのです。ラッチ様の庇い立てがなければ、私は牢にいれられ、身内も味方もいないから辺境で重労働の労役をさせられていたはずなんです」
「あー、なんとなく、あるあるだなー。やっぱり、ここはラッチさんがヒロインのなんかの物語なのかもー」
私は、厄介な立場に入ってしまったことにため息しかでない。そして、男に、ラッチさんと侯爵の仲を邪魔しない、それどころか協力したいからここから出ていくことを伝えた。
「そうなのですか?」
「ま、政略的に離婚とかは難しいでしょうけど、ラッチさんっていう正当な奥様候補がいたのだから、私が国に帰るのが一番かなって思うんだけど。それに、侯爵って、私の好みじゃないし。クズだし」
最後の言葉は、小さくぼそっとつぶやいたから、男には聞こえなかったようだ。だが、クローザとブラインにはばっちり聞こえていたようで、うんうん頷いている。
結局、手出しをしなければ、それどころか、ここから出ることに協力してくれれば、万事解決するからと、ラッチさん宛に手紙を書いて男に渡した。
その日のうちに、ラッチさんから謝罪の手紙をもらい、全面的に協力してくれるという約束を取り付けたのである。
「アカネ様、ラッチを許すので? ヘタをすれば、今頃あの世だったんですよ?」
「うーん、結果論だけど、私は無事だったし? 侯爵の注意を彼女がひきとめて、一緒にいてくれるほうが、逃げやすいじゃない」
なんと、ラッチは手紙に、侯爵が政略結婚を破談にしたことで、家に不利益があったとしても、彼と一緒なら貧乏な暮らしもできると書いていた。といっても、ずっと裕福な環境で暮らしてきた彼女は、きっと貧乏になったら耐えられないと思うけど。
「好みって、人それぞれねぇ……あんなののどこがいいのかしら。やっぱ顔かな?」
「あいつの本性や、今後のこの家に降りかかる状況を、ラッチに伝えないので? あ、それとも、この家が無事でいられるように、進言なさるつもりでしょうか?」
「そんなことをしたら、逆に敵意をこっちに向けちゃうじゃない。国に戻ったら、包隠さずここでされたことを報告するわ。だから、この家は下手すれば没落よね。ま、ふたりのことは、ふたりで決めればいいと思うし。騙されていても、ラッチさんが知らなければ、純粋に愛し合うふたりとして幸せに暮らせるでしょ」
「そんなもんですかね」
「あのね、私だって善人じゃないのよね。無関係だし。殺そうとしてきた相手に、なんで親切にあいつの悪いところをおしえなきゃいけないのよ。いずれ、彼女が知って裏切られたとしても、その時の彼女が決めて対処すればいいと思うのよ。自己責任ってやつよ。そんなことまで知らないわー」
冷たく突き放すような言葉だが、あいつやラッチのことなどマジ知らん。自分のことだけで手一杯だし。
なんだかんだで、侯爵にバレないように慎重に慎重を重ねて、逃亡の準備を進めた。
「いよいよ、明日ね。ラッチさんが快くチケットの手配とかしてくれて助かったー」
「そうですね。密航もやむを得ないと思っていましたから、それだけはラッキーでした」
明日は、例の侯爵が私を呼ぶ日だ。ラッチが、朝からあいつの気をひいてくれている。その間に、私達は快適な旅じゃなくて、逃亡する手はずだ。
「ブラインさんは、この国を捨てることになって、本当に大丈夫なんですか?」
「俺は、この家にとって、すでに亡き者ですから。亡霊が、いつまでもここにいるわけには参りません」
ラッチがせめてもの思い出にと、ブラインの母親のブローチを渡してくれた。他にも沢山貴金属はあるだろうに、一番安っぽい傷だらけの小さなブローチを。
でも、そんなみみっちい悪意と欲にまみれたものでも、ブラインはとても嬉しそうに受け取っていた。きっと、この世のどんな高価な宝石よりも、彼は大事にするだろう。
「ラッチさんも、なんともまあ、イイ性格をしているわね。でも、だからこそ心置きなく、この家を潰せるわ」
「そうですね。この家でアカネ様がどんな目にあったのか、他ならぬラッチの証言をまとめたものもありますし、オシェアニィ国に戻ったら、コテンパンにしていただきましょう」
私は、クローザとふたりで、この家で暮らす最後の晩餐を楽しんだのであった。
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