完結 R18 BADーふたりを隔てるウォレス線

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
11 / 19

7

しおりを挟む
 突然現れたというか、私が攻撃未遂した人から、夫になったあいつの詳しい話や思惑を聞いて呆れた。若い女の子好きのスケベじじいみたいなやつだなーと。んで、トッティさんの大事なハジメテを、カスにやられたことに、腹が立つ。自分であって自分じゃないからこそ、ますますあいつを許せなくなった。

「アカネ様、気づいておられませんよね? その方は、にっくきあいつの弟君ではありますが、あの時にマントを貸してくださった方です」
「ん? あの時?」
「はい、アカネ様がトッティ様と入れ替わった直後、廊下で怒鳴るあいつから守るようにしていただいていた方かと」
「ええ? そうなの?」
「はい。その、あまりのお姿だったので、僭越ながらマントをかけさせていただきました」

 クローザに教えて貰って、まじまじと彼を見る。確かに、怖いくらいとても大きな男性だった。声も、なんとなくあの時の人のような気がする。彼がいなければ、私は上半身裸でボロボロのまま廊下に捨て置かれたままだっただろう。

「わあ、私ったら、そうとも知らずフォークでぐっさりやるところだったわ。恩人になんてこと……その、ごめんなさい。えーと、その節はありがとうございました。あなたの兄のせいだけどね。しかしまあ、トッティさんが綺麗だから、気持ちはわからなくもないけど、こう言ってはなんだけどさ、あなたの兄って、ドクズよね?」
「……返す言葉もございません……兄が、申し訳ございませんでした」
「ま、あなたもたいがいの目にあわされていたみたいだし? ね、どうして逃げなかったの?」

 健康そうな大きな体で、戦闘力もある。聞けば自活も出来ていたようなのに、なぜここに拘っているのか首をかしげた。もしかして、魔法の制約でもあったのだろうか。

「それは……。俺のせいで両親が亡くなったのですから、少しでも兄の力になりたくて」
「ん? それは、とても悲しいことだったけれど、でも、事故でしょう? 小さな頃の。たまたま、あなたが薄い氷の上にいっちゃっただけで、もしかしたら、あなたじゃなくてあのクズだったかもしれないでしょ。母親なら、例え落ちたのがあなたじゃなくて、あのクズでも助けたと思うわ。だから、あなたのせいとかじゃないし、ちっとも悪くないと思うわよ?」

 私は、俯いたままのブラインの肩をポンポン叩いた。そして、罪悪感と申し訳なさから、あいつの言うことをなんでも聞いていたのかと納得する。
 確かに、あいつは両親を不幸にも亡くした。でも、それはブラインも同じだ。ともに手を取り合うならまだしも、怒りと悲しみの矛先を、自分よりも小さく弱い立場の彼に全部ぶつけて、大人になってからは、彼の気持ちを都合よく利用するなんて。

 なんだか、色んな怒りが夫に向かう。夫というのも、すんごく気持ち悪くてサブいぼものだ。ひとりぷりぷり怒っていると、ブラインの頭からぽたぽたと涙が落ちた。

「あの、もしかして、私失礼なことを言っちゃいました? あなたの事情はあなたしかわからないのに、軽々しく、無責任に色々言っちゃってごめんなさい」
「……っ。いえ、そんな風に言ってもらえたのが初めてで。この家の全員から、俺のせいだと責められていたから……」
「ひとりも味方がいなかったの?」
「両親は、本当に素晴らしい人たちだったそうで、皆両親を慕ってましたから……だから、俺を庇うものなどいませんでした。アカネ様だけです」
「……そうかぁ……」

 彼の心は、私では思いもつかないほどの苦しみでいっぱいなのだろう。簡単に、辛かったね、とも、悲しかったね、とも、頑張ったね、とも言えない。何と言ったらいいのかわからず、彼が落ち着くまで、黒のメッシュが入った、銀色のようなきれいな白い髪を撫で続けた。

「すみません、こんな話をしてしまって。ここまで話すつもりはなかったんです……。あなたのほうが辛い状況なのに」
「ううん。聞いて良かったのかどうかわからないけど、ブラインさんの事情がわかって、あなたの申し出を信じようと思えましたから。あの、ブラインさんがいいのなら、これからもいつだって聞きますよ?」
「そうですか。あの、絶対に来月までに、あなた方を逃がしてさしあげますから」
「ありがとう。えーと、良かったら、あなたも一緒に行きませんか? 私たちが逃げたあと、そんな状況じゃ、あなたはひどい目に合されるんじゃないかしら。私たちの現状を説明すれば、助けてくれたあなたを、両親は歓迎すると思うわ。この家の責任は問うことになるから、ここには残らないほうがいいし。うん、そうしましょ」
「よろしいのですか?」
「よろしいもなにも。ここにいたいのなら、無理には言わないですけど、残られたらそれはそれで気になってしまうわ」
「あの、ありがとうございます。俺、なんだってやります。護衛でも下働きでもなんでも」

 ようやく顔をあげた彼の目が赤い。胸がつきんと痛む。
 今まで、彼はひとりで涙も碌に流す事ができなかったのだろうか。小さなころからずっとなら、あいつよりも性格がゆがんでしまいそうなのに、来たばかりの私たちを気遣う優しさを持ってくれているなんて驚きだ。

「オシェアニィ国で新しい仕事はしていただきますが、まずは逃げ出さないと始まりませんね」

 クローザが、そう言いながら、いつの間にか淹れてくれていたレモンティーを差し出してくる。一口飲みこむと、レモンのかすかな酸っぱさが、色んな胸の痛みをさらっと洗い流してくれたような気がした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

処理中です...