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突然現れたというか、私が攻撃未遂した人から、夫になったあいつの詳しい話や思惑を聞いて呆れた。若い女の子好きのスケベじじいみたいなやつだなーと。んで、トッティさんの大事なハジメテを、カスにやられたことに、腹が立つ。自分であって自分じゃないからこそ、ますますあいつを許せなくなった。
「アカネ様、気づいておられませんよね? その方は、にっくきあいつの弟君ではありますが、あの時にマントを貸してくださった方です」
「ん? あの時?」
「はい、アカネ様がトッティ様と入れ替わった直後、廊下で怒鳴るあいつから守るようにしていただいていた方かと」
「ええ? そうなの?」
「はい。その、あまりのお姿だったので、僭越ながらマントをかけさせていただきました」
クローザに教えて貰って、まじまじと彼を見る。確かに、怖いくらいとても大きな男性だった。声も、なんとなくあの時の人のような気がする。彼がいなければ、私は上半身裸でボロボロのまま廊下に捨て置かれたままだっただろう。
「わあ、私ったら、そうとも知らずフォークでぐっさりやるところだったわ。恩人になんてこと……その、ごめんなさい。えーと、その節はありがとうございました。あなたの兄のせいだけどね。しかしまあ、トッティさんが綺麗だから、気持ちはわからなくもないけど、こう言ってはなんだけどさ、あなたの兄って、ドクズよね?」
「……返す言葉もございません……兄が、申し訳ございませんでした」
「ま、あなたもたいがいの目にあわされていたみたいだし? ね、どうして逃げなかったの?」
健康そうな大きな体で、戦闘力もある。聞けば自活も出来ていたようなのに、なぜここに拘っているのか首をかしげた。もしかして、魔法の制約でもあったのだろうか。
「それは……。俺のせいで両親が亡くなったのですから、少しでも兄の力になりたくて」
「ん? それは、とても悲しいことだったけれど、でも、事故でしょう? 小さな頃の。たまたま、あなたが薄い氷の上にいっちゃっただけで、もしかしたら、あなたじゃなくてあのクズだったかもしれないでしょ。母親なら、例え落ちたのがあなたじゃなくて、あのクズでも助けたと思うわ。だから、あなたのせいとかじゃないし、ちっとも悪くないと思うわよ?」
私は、俯いたままのブラインの肩をポンポン叩いた。そして、罪悪感と申し訳なさから、あいつの言うことをなんでも聞いていたのかと納得する。
確かに、あいつは両親を不幸にも亡くした。でも、それはブラインも同じだ。ともに手を取り合うならまだしも、怒りと悲しみの矛先を、自分よりも小さく弱い立場の彼に全部ぶつけて、大人になってからは、彼の気持ちを都合よく利用するなんて。
なんだか、色んな怒りが夫に向かう。夫というのも、すんごく気持ち悪くてサブいぼものだ。ひとりぷりぷり怒っていると、ブラインの頭からぽたぽたと涙が落ちた。
「あの、もしかして、私失礼なことを言っちゃいました? あなたの事情はあなたしかわからないのに、軽々しく、無責任に色々言っちゃってごめんなさい」
「……っ。いえ、そんな風に言ってもらえたのが初めてで。この家の全員から、俺のせいだと責められていたから……」
「ひとりも味方がいなかったの?」
「両親は、本当に素晴らしい人たちだったそうで、皆両親を慕ってましたから……だから、俺を庇うものなどいませんでした。アカネ様だけです」
「……そうかぁ……」
彼の心は、私では思いもつかないほどの苦しみでいっぱいなのだろう。簡単に、辛かったね、とも、悲しかったね、とも、頑張ったね、とも言えない。何と言ったらいいのかわからず、彼が落ち着くまで、黒のメッシュが入った、銀色のようなきれいな白い髪を撫で続けた。
「すみません、こんな話をしてしまって。ここまで話すつもりはなかったんです……。あなたのほうが辛い状況なのに」
「ううん。聞いて良かったのかどうかわからないけど、ブラインさんの事情がわかって、あなたの申し出を信じようと思えましたから。あの、ブラインさんがいいのなら、これからもいつだって聞きますよ?」
「そうですか。あの、絶対に来月までに、あなた方を逃がしてさしあげますから」
「ありがとう。えーと、良かったら、あなたも一緒に行きませんか? 私たちが逃げたあと、そんな状況じゃ、あなたはひどい目に合されるんじゃないかしら。私たちの現状を説明すれば、助けてくれたあなたを、両親は歓迎すると思うわ。この家の責任は問うことになるから、ここには残らないほうがいいし。うん、そうしましょ」
「よろしいのですか?」
「よろしいもなにも。ここにいたいのなら、無理には言わないですけど、残られたらそれはそれで気になってしまうわ」
「あの、ありがとうございます。俺、なんだってやります。護衛でも下働きでもなんでも」
ようやく顔をあげた彼の目が赤い。胸がつきんと痛む。
今まで、彼はひとりで涙も碌に流す事ができなかったのだろうか。小さなころからずっとなら、あいつよりも性格がゆがんでしまいそうなのに、来たばかりの私たちを気遣う優しさを持ってくれているなんて驚きだ。
「オシェアニィ国で新しい仕事はしていただきますが、まずは逃げ出さないと始まりませんね」
クローザが、そう言いながら、いつの間にか淹れてくれていたレモンティーを差し出してくる。一口飲みこむと、レモンのかすかな酸っぱさが、色んな胸の痛みをさらっと洗い流してくれたような気がした。
「アカネ様、気づいておられませんよね? その方は、にっくきあいつの弟君ではありますが、あの時にマントを貸してくださった方です」
「ん? あの時?」
「はい、アカネ様がトッティ様と入れ替わった直後、廊下で怒鳴るあいつから守るようにしていただいていた方かと」
「ええ? そうなの?」
「はい。その、あまりのお姿だったので、僭越ながらマントをかけさせていただきました」
クローザに教えて貰って、まじまじと彼を見る。確かに、怖いくらいとても大きな男性だった。声も、なんとなくあの時の人のような気がする。彼がいなければ、私は上半身裸でボロボロのまま廊下に捨て置かれたままだっただろう。
「わあ、私ったら、そうとも知らずフォークでぐっさりやるところだったわ。恩人になんてこと……その、ごめんなさい。えーと、その節はありがとうございました。あなたの兄のせいだけどね。しかしまあ、トッティさんが綺麗だから、気持ちはわからなくもないけど、こう言ってはなんだけどさ、あなたの兄って、ドクズよね?」
「……返す言葉もございません……兄が、申し訳ございませんでした」
「ま、あなたもたいがいの目にあわされていたみたいだし? ね、どうして逃げなかったの?」
健康そうな大きな体で、戦闘力もある。聞けば自活も出来ていたようなのに、なぜここに拘っているのか首をかしげた。もしかして、魔法の制約でもあったのだろうか。
「それは……。俺のせいで両親が亡くなったのですから、少しでも兄の力になりたくて」
「ん? それは、とても悲しいことだったけれど、でも、事故でしょう? 小さな頃の。たまたま、あなたが薄い氷の上にいっちゃっただけで、もしかしたら、あなたじゃなくてあのクズだったかもしれないでしょ。母親なら、例え落ちたのがあなたじゃなくて、あのクズでも助けたと思うわ。だから、あなたのせいとかじゃないし、ちっとも悪くないと思うわよ?」
私は、俯いたままのブラインの肩をポンポン叩いた。そして、罪悪感と申し訳なさから、あいつの言うことをなんでも聞いていたのかと納得する。
確かに、あいつは両親を不幸にも亡くした。でも、それはブラインも同じだ。ともに手を取り合うならまだしも、怒りと悲しみの矛先を、自分よりも小さく弱い立場の彼に全部ぶつけて、大人になってからは、彼の気持ちを都合よく利用するなんて。
なんだか、色んな怒りが夫に向かう。夫というのも、すんごく気持ち悪くてサブいぼものだ。ひとりぷりぷり怒っていると、ブラインの頭からぽたぽたと涙が落ちた。
「あの、もしかして、私失礼なことを言っちゃいました? あなたの事情はあなたしかわからないのに、軽々しく、無責任に色々言っちゃってごめんなさい」
「……っ。いえ、そんな風に言ってもらえたのが初めてで。この家の全員から、俺のせいだと責められていたから……」
「ひとりも味方がいなかったの?」
「両親は、本当に素晴らしい人たちだったそうで、皆両親を慕ってましたから……だから、俺を庇うものなどいませんでした。アカネ様だけです」
「……そうかぁ……」
彼の心は、私では思いもつかないほどの苦しみでいっぱいなのだろう。簡単に、辛かったね、とも、悲しかったね、とも、頑張ったね、とも言えない。何と言ったらいいのかわからず、彼が落ち着くまで、黒のメッシュが入った、銀色のようなきれいな白い髪を撫で続けた。
「すみません、こんな話をしてしまって。ここまで話すつもりはなかったんです……。あなたのほうが辛い状況なのに」
「ううん。聞いて良かったのかどうかわからないけど、ブラインさんの事情がわかって、あなたの申し出を信じようと思えましたから。あの、ブラインさんがいいのなら、これからもいつだって聞きますよ?」
「そうですか。あの、絶対に来月までに、あなた方を逃がしてさしあげますから」
「ありがとう。えーと、良かったら、あなたも一緒に行きませんか? 私たちが逃げたあと、そんな状況じゃ、あなたはひどい目に合されるんじゃないかしら。私たちの現状を説明すれば、助けてくれたあなたを、両親は歓迎すると思うわ。この家の責任は問うことになるから、ここには残らないほうがいいし。うん、そうしましょ」
「よろしいのですか?」
「よろしいもなにも。ここにいたいのなら、無理には言わないですけど、残られたらそれはそれで気になってしまうわ」
「あの、ありがとうございます。俺、なんだってやります。護衛でも下働きでもなんでも」
ようやく顔をあげた彼の目が赤い。胸がつきんと痛む。
今まで、彼はひとりで涙も碌に流す事ができなかったのだろうか。小さなころからずっとなら、あいつよりも性格がゆがんでしまいそうなのに、来たばかりの私たちを気遣う優しさを持ってくれているなんて驚きだ。
「オシェアニィ国で新しい仕事はしていただきますが、まずは逃げ出さないと始まりませんね」
クローザが、そう言いながら、いつの間にか淹れてくれていたレモンティーを差し出してくる。一口飲みこむと、レモンのかすかな酸っぱさが、色んな胸の痛みをさらっと洗い流してくれたような気がした。
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