完結 R18 BADーふたりを隔てるウォレス線

にじくす まさしよ

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今のところ味方

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 美しい人とその侍女の会話を窓の下で聞いた時には驚いた。まさか、彼女も王妃様のように魂が異邦人だったなんて。
 明るく話す彼女の声に耳を傾けていると、胸が温まる。兄の仕打ちの話題には、心がぎゅうぎゅうに締め付けられるかのように苦しくなったが。

(ふむ。やはり、悪女という噂は嘘だったのか。ますます、このままの状況にしていてはいけない。彼女も逃げ出すつもりのようだから、俺がなんとか手助けしてさしあげないと……)

 気配を絶ちながら、夜明けを待った。来月まで、まだひと月もある。いや、ひと月しかないと言ったほうがいいかもしれない。その間に、彼女に接触して逃亡を図る必要がある。

(それにしても……)

 離れの周囲には、数名彼女たちを監視する視線がいくつもある。眠っている間に、もしかしたら攻撃をしてくる可能性も否めない。

(我が国とオシェアニィ国との縁談に反対する、過激派の保守政党の手先か……)

 侍女も応戦しているが手数が多すぎる。あの攻撃魔法は、俺でも手を焼くものだ。

 理由は忌々しいが、兄から幸いにも来月までは彼女を守れと命じられているようなものだ。どうせ、後ろ暗い連中ばかりなのだから、今から彼女たちに加勢するかと体勢を整えた。

「ふふふ、VRリズムゲームランキング上位を舐めんなよ! 世界的有名な人とコラボだったしたことがあるんだからね! ふふふ、軌道が中級の楽譜と全く一緒なのよ! 遅いくらいだわ」

 ところが、動く前に彼女が自ら華奢な腕を振り下ろした。手に持っているのはナイフとフォークなのに、まるで細身の剣で優雅に踊っているかのように軽やかで美しい。何を言っているのか理解ができないが、彼女は戦闘にも長けているのかと感心する。

(すごい、全く無駄な動きがない。あの速さでたくさん向かってくるあれを軽々いなすなんて……次に来る攻撃を完全に予測しているかのようだ)

「アカネ様、逃げられてしまいました。申し訳ありません」
「クローザさん、無事で良かった。あの、咄嗟のことで危険なことを頼んでごめんなさい。考えがたらなかったです……」
「何を仰いますか。でも、ご安心下さい。敵はあの攻撃によほどの自信があったのか、私が行ったことにびっくりして隙ができたんです。追跡魔法を相手にかけることができました。アカネ様のおかげです」

(トッティも素敵な名前だが、元気はつらつな彼女には、アカネという響きが良く似合っているな)

 生命力あふれる笑顔を見つめながら、無事に窮地を抜け出せたことにほっとする。

「で、さっきからこっちを覗いてるあなたは誰かしら? あなたも、敵? それとも単なる監視?」

 木の陰で、完全に気配を消していた。それなのに、至近距離に彼女がいる。

「……!」

 単なる深層のご令嬢ではないことを先ほど見たばかりなのに、声すら出ないほど驚愕した。一瞬で、喉仏にフォークを当てられ、動きを封じられている。

(振りほどこうと思えばできるが……)

 下手に動けば、俺よりも遥かに小さな彼女が飛んでいく。力を加減しても、骨折まではしないだろうが、怪我をするだろう。大人しく両手を挙げて降参した。

「よしよし。素直でよろしい。で、あなたは?」
「お、俺はブライン。ブライン=チョウツガイと言います」
「蝶番? なら、あなたはあの男の身内なの? お兄さんとか叔父さん?」
「ドゥーア侯爵様の弟です……同い年の」
「あらー、てっきりかなりの年上かと。ごめんなさいねぇ? それにしても、お兄さんに侯爵様呼びって変なの。こっちではそんなもんなのかしら。で、ここで何をしていたの? 30秒以内に答えて」

 俺をけん制するために、彼女は爪先で立ってしがみついているような状態だ。バランスが悪いのか、体が密着していて胸がドキドキしっぱなしで困る。

「兄に、あなたの警護をするように言われて……」

(その前には始末しろと言われたが、今生きている命令は彼女を来月まで守ることだから間違ってはいない)

「は? あいつが私の警護を? うっそーん。え? じゃ、さっきの連中はあいつの手下じゃないのか……。なら、とりあえずはあんたは味方ってこと? 失礼したわね」

 俺の素性と目的を知ると、彼女が警戒態勢を解いてくれた。だが、体が離れてしまって、密着していた場所が寒く感じる。

(俺の証言だけで、こんなにも簡単に信じるのか。すぐに騙されそうで危ういな……)

 これが、俺でなく敵だったなら、懐に入って油断を誘い目的を果たすだろう。ますます、彼女を守る必要があると思った。だが、侍女が背後から俺を狙っている。恐らくは、少しでも彼女に害をなそうとすれば、侍女にやられるだろう。負けはしないが、怪我をするかもしれない。身を守れる俺じゃなくて、側にいる彼女が。それだけは避けなければ。

「じゃ、残る犯人は、ラッチっていうあいつの愛人ね。あんた、愛人の手先だったりする? 兄の愛人に想いを寄せているサブ主人公枠とか?」
「あの、犯人は彼女ではないと思います。サブ主人公というものがわかりませんが、俺はラッチ様とは面識がありませんし、想いを寄せるなんてとんでもない」
「はぁー? じゃ、誰が何のために、あんな攻撃魔法をけしかけるのよ。私、知ってるのよ? あれは上級の攻撃魔法で、基本的に狙われた人は助からないほどのものだって。そんな魔法をけしかけさせるような、私に恨みを持つ相手なんて、あのふたりしかいないでしょう?」

 窓の外から聞いた話だと、彼女はトッティ様の記憶を思い出してきている。ならば、政治がからむ話も大丈夫だろう。
 俺は、ほぼ当たっているだろう先ほどの人物の正体を話した。

「あー、国家には付き物の、反対派閥ねー。うーん、しかも過激派。めんどくさー」
「次に来たら、俺も戦いますし、必ず仕留めますのでご安心ください」
「んー、さっきの攻撃を仕掛けてくるなら、逆に足手まといかもー。違う攻撃ならよろしく」

 彼女が腰に手を当てて、にっこり微笑む。その姿は、とても眩しくて、思わず目を細めた。

「アカネー様、あの、実はご相談があります」
「だから、私の名前は、開かねぇじゃないってば。一応、あいつの弟ってことは、私の義弟ってことでしょ? アカネ。語尾を伸ばさず、アカネって呼んで。で、相談って?」
「アカネ……俺がそう呼んでもよろしいのですか?」
「……? あなた、とりあえずは今のところ味方なんでしょ? 勿論いいわよ」

 俺は、アカネに名前を呼んでいいと許可を貰い、心がざわついた。だが、彼女は兄の妻であり、いずれ敵として憎まれるかもしれない。胸にうまれたざわめきを誤魔化すように、俺は兄の考えや自分の境遇を伝えた。そして、近いうちに、必ずここから逃げだせるように協力すると申し出たのである。
 
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