完結 R18 BADーふたりを隔てるウォレス線

にじくす まさしよ

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 翌朝目が覚めると、ボロボロのドレスはもうなかった。ウォンバットになったおかげで、自然とドレスが脱ぎやすくなり、眠っている間にクローザが処分したとのことだった。

「あんなボロ雑巾、見ても不愉快なだけですし捨てましたよ」

 確かに、あのドレスは、いい思い出どころか悪夢の象徴のようなものだ。トッティは、自国の社交界で嘘八百の悪評を広められ、しかも未だ例の貴公子がラブレターを寄越してくるものだから、新しい国で新しい人生を送るために来たのもあった。だが、夫となったドゥーアには嫌われ酷い目にあったので、本当の彼女なら見るのも嫌だろう。

「でも捨てるには、勿体ない気がします。レースの間に小さな宝石とかもあったんじゃ? リメイクして売ればそこそこいい値段になったと思うんですよね。メルキャリ、は、わかんないですよね。えーと、不用品買い取り専門業者とかないんですか?」

 しかし、今の中身は私だ。日本人の勿体ない精神がバリバリ働く。SDGsがどうこう言うつもりはないが、実家が、オシェアニィ国の国家予算も受けて用意したドレスなのだから、捨てる=税金を捨てるようなもので、簡単に捨ててはいけないものだと思う。トッティの記憶によると、レースは職人が力を尽くしたお金に換えられないものだし、小さな宝石はそれだけで莫大な価値があるのだから。
 貰ったものは自分が好きにすればいいのだから、是非ともここから逃げるための資金として使いたい。余ったら、実家やオシェアニィ国に返還するというか、それは失礼だろうから国のために寄付してもいい。

「ああ、リサイクル専門店ならありますよ。ご要望なら、折を見て私が処分しに行きます。でも、アカネ様、あれを見るのも嫌なんじゃ?」
「あー、あのイケメンはくっそムカつくけど、ドレスには罪はないですから。トッティさんと違って、私は元の世界ではそこそこ経験があったし。私は、まあまあ大丈夫ですよ。悪質な蚊に刺されたとでも思えば」
「そんなもんですかねぇ?」
「なんというか、未だに現実味がないんですよ。あいつに対しても他人事というか。だからですかね? あ、トッティさんのためにも、ここから出ていく前に、あいつをギッタギタにはしたいですけどね!」
「ふふふ、トッティ様が聞いたら喜ばれると思います。そうおっしゃるのなら、ゴミ箱から戻してきますけど。でも、辛くなったら、いつでも言ってくださいね」
「クローザさん、ありがとうございます」

 そんな会話をしつつ、ふたりで厨房で食事をした。ドアの外に、卵や野菜、パンなどが入ったバスケットがあったのだ。
 厨房の棚には、調味料や小麦粉などといったものもあった。卵は目玉焼きにして、コンソメスープ、そしてイーストや重曹がなかったので、小麦粉で硬めのフォカッチャもどきを作った。

「兵糧攻めというか。そういうのはしないんですねー。食べるものはいただけるってことで、衣食住は確保されているので安心ですね」
「アカネ様、いえ、トッティ様に何かあっては国際問題ですからね。今の状況でも十分大問題ですけれども。それにしても、アカネ様は料理上手ですね。このパンは初めて口にしましたが、とても美味しいです」
「気に入ってもらえて良かった。イーストやベーキングパウダーがあればよかったんだけど。せめて、重曹とか。クローザさんが作ってくれた目玉焼きも、ふんわりしていて、半熟具合が最高です」

 にこにこ笑顔で朝食を摂っていると、クローザがゆっくり立ち上がり、窓の外に向かってナイフを突き出しながら叫んだ。

「アカネ様、伏せてください。そこにいる狼藉者、でてきなさいっ!」
「クローザさん?」

 彼女は、私を背にして窓に向かって臨戦状態に入った。それとほぼ同時に窓が割れて、そこから25センチほどの立方体の物体がたくさん飛んでくる。

「危ないっ!」

 そこそこ大きなそれが、次から次へとやってくる。それを、クローザがナイフで叩いて落としていくが、数があまりにも多い。

(これは、魔法による攻撃だわ……!)

 トッティの記憶によると、誰かが攻撃魔法を使っているようだ。触れれば爆発する物体を魔法で飛ばし、私達を消そうとしているのだろう。

 初めて見る魔法にドキワクしている場合ではない。私は、ナイフとフォークを手に持って、クローザの隣に立った。

「アカネ様? 危ないですから、ここから逃げてくださいっ!」
「あー、大丈夫大丈夫。だって、これって……」

 私はそう言いながら、飛んできた物体をナイフで叩き落とした。トッティが魔法を学んでいた記憶通り、これは中心部分を切るようにすれば爆発しない。

「ふふふ、VRリズムゲームランキング上位を舐めんなよ! 世界的有名な人とコラボだったしたことがあるんだからね! ふふふ、軌道が中級の楽譜と全く一緒なのよ! 遅いくらいだわ」

 ナイフとフォークをセイバーに見立てて、次々切り落としていく。Expert+から、更にカスタマイズして激ムズの譜面をこなしていた私にとって、物体は前方から来ないし、これらはお遊戯のようなものだ。

「アカネ様、すごいです……」
「クローザさん、ここは任せて、あっちの木の陰に潜んでいるやつをお願い!」
「承知しました」

 クローザが短く応えたと思ったら、隣から瞬時に消えた。彼女も魔法が使えるし武術にも優れているから、きっと大丈夫だろう。

(とうとう、命をとりに来たわね。やっぱり、トッティさんは冤罪なのに命を狙われているんだわ。きっと、犯人はドゥーアってやつよ。ううん、もしかしたら愛人の立場になったラッチっていう人かも。どっちにしても、私はクローザさんと一緒に生き残って見せる!)

 わざわざ攻撃してこなくても、そっとしておいてくれたらここから出ていくのに。あっちからヤりにきたのだから、話し合いは望めなさそうだ。相手はクローザの攻撃によって魔法攻撃をやめたようだ。最後の物体を叩き落としてふぅーっと溜息を吐いたのであった。
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