完結 R18 BADーふたりを隔てるウォレス線

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
8 / 19

悪女と兄と俺と

しおりを挟む
 俺は、迷いながらも、兄に言われた通り離れの一角に身を潜めていた。ところが、一足先に帰ってきた兄から、任務は明日の明け方まで待つように言われたのである。

「なぜです?」
「いや、なに。あー、そう、考えても見ろ。初夜すら迎えずに相手に死なれては、いらぬ憶測が飛ぶ。あれは、俺が、彼女を妻として迎え入れた証明をしてからだ。いいな?」

 あれほど、妻となる女性に嫌悪していたというのに、どういう風の吹き回しなのか。その答えは、数時間後に帰ってきた花嫁を見た瞬間解けた。

(なんて、美しい人なんだろう……)

 この世に、これほど美しい人はいないだろう。彼女は、女神の化身か、天使なのだろうか。
 食い入るように、ウェディングドレスに身を包んでいる彼女を見つめた。目どころか、心も体も彼女に魅了されたかのように、俺の世界が彼女でいっぱいになる。

(どうみても、清楚でたおやかな女性だ。本当に、兄上が言うような悪女なのか? 悪人なら何十人と見てきた。だが、彼女と彼らには共通項が全くない。俺には、そうは思えない……なんらかの情報操作でもあったのかもしれないな)

 本当なら、兄が彼女をエスコートして移動するはずが、彼女はひとりきり。うつむいてとても悲しそうにしている。

(兄上は、美しい彼女をすぐに消すのが惜しくなったに違いない。ラッチの手前、異国から来た花嫁を気に入ったなどとは言えないのだろうな……)

 兄は、ラッチには気取られないようにしているが、女癖が悪い。ラッチに手を出せない分、玄人や、逆らえない身分の女性と遊びを繰り返していた。
 たまにトラブルを起こした相手を黙らせるのも俺の仕事だったからわかる。花嫁は、兄が飽きるまで遊ばれるはずだ。子供が産まれれば、国からの任務を果たすし、そうでなくても美しい女性を妻にしたという支配欲や満足感が得られるのだから。

(彼女にとっては、どう転んでも良い結果にならない。どうにかして逃がしてあげたいが……)

 いっそ、このまま俺が彼女と一緒に逃亡するかとも思ったが、兄から俺に監視がつけられている。下手なことはできない。

 その夜、俺はなすすべもなく初夜の儀式に向かった彼女を見送った。これで、兄が彼女を気に入らなければ、そのまま任務を遂行するように命じられるだろう。

 離れに隠れているのがもどかしくなり、重厚な部屋の前で様子を伺っていた。彼女が離れからここに来てから、もう2時間は経過している。気に入らなければ、いつもさっさと事をすませるから15分で追い出されているはずだ。

(兄上は、彼女を気に入ったのか……)

 垣間見た美しい彼女の姿を思い出す。兄に散らされた彼女のことを思うと、ズキンと胸がねじりきれるかのようにいたんだ。今すぐ、この部屋に乗り込んで、兄から彼女を救いたいとさえ思う。

(俺は、何を考えているんだ。ふたりは夫婦なのだ。色々問題があるかもしれないが、これを切っ掛けに幸せな家庭を築くことができれば、それでいいじゃないか……いや、あの兄上に限って、それはないな。始末するように改めて命じられるのは、短くて今日中、もって、半年といったところか)

 とにかく、飽きるまでの短期間の花嫁かもしれいないが、暫くの間は、彼女を始末するようには言われないだろう。

 最悪の事態を回避できた事にホッとした。そして、ますます兄からの命令を受ける前に、なんとか彼女を救えないものかと強く考える。

 俺は、兄が思っているような無一文の男というわけではない。平民ほどの暮らしにはなるだろうが、こっそり貯めた、裏庭で採取した薬草や鉱物を売ったお金がある。

(彼女と、一緒に来た侍女と俺と三人、2,3年はあれで過ごせるはずだ。なんなら、オシェアニィ国に、彼女たちと逃亡するのも悪くない)

 普通に考えて、俺が彼女と一緒に暮らす未来などあり得ない。だが、夢はどんどん膨らんでいく。

(俺だったら、兄上と違って彼女を大切にするのに……)

 ドアの向こうの様子はわからない。じりじりと焦げ付くような胸の不快感を抱きながら、逃亡の計画について考えていると、勢いよくドアが開いた。

(なっ!)

 あろうことか、兄が彼女を引きずって来たではないか。しかも、彼女の髪はぼさぼさで、ドレスは破れてズタボロになっている。白い胸が、暗闇に薄っすらと光っていて、一瞬それに目を奪われた。

 慌ててマントを彼女にかけると、兄が怒鳴っていた。言葉は酷いものだったが、来月も彼女とすごすつもりだと言い切ったのである。

 彼女にとっては、このまま次がないと言われたほうがマシだったかもしれない。それほど、初夜を済ませたばかりのはずの花嫁は、どうみても幸せとは真逆の状態だった。

 兄の命令通り、彼女を離れに連れて行こうとするが、兄に酷い目にあったばかりだ。男の俺が恐ろしいのだろう。小さく悲鳴を上げて震えている。

 無理矢理にでも抱き上げて部屋につれていこうかと思っていると、彼女の侍女がやってきた。その姿を見て安堵したのか、彼女は意識を失った。

「あの、俺がお連れします」
「……いえ、この家の人には手を借りません」

 夫とはいえ、主人を酷い目に合わせられたのだ。そう言われるのも当然だろう。

「だが……」
「うるさいですね。あっち行ってくださいってば。さて、お嬢様ー、わかりますかー? 私が運びますから獣化してくださいなー」

 意識を失った者は、非常に重い。拒否をされたが、手をかそうとしたが、侍女の呼びかけによって、無意識下にも拘らず、彼女は獣化したのである。

 ずんぐりむっくりした茶色い毛皮に、大きな鼻、瞼は閉じているが、小さくて愛らしい。

(そういえば、ウォンバット獣人だと言っていたな……なんて小さくてかわいいんだ)

 人化状態だけでなく、獣化状態もかわいい。

(兄上が言っていたように、彼女を来月まで監視せねば)

 さきほど、兄は俺に、追い出すように怒鳴りつけていたが、他にも意味があるのは理解した。それまで彼女の監視と身の安全を守るように暗に命じたのである。

(絶対に、来月までに彼女たちを連れて逃げてやる……)

 俺は、ズタボロの彼女の姿を思い出して決意した。彼女を始末するのも、来月も今日と同じような目にあわせるものか。

 侍女に気取られぬように、抱えられた彼女を追っていったのである。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...