完結 R18 BADーふたりを隔てるウォレス線

にじくす まさしよ

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「で、トビラアカネェ様とおっしゃいましたか。元の奥様は、トッティ様は、どちらにいらっしゃるのかご存知でしょうか?」
「あ、私の名前は、扉開かねぇ、じゃなくて、戸比良 茜とびら あかねです。えっと、その、わかりません……そのうち、また入れ替わって元通りになるかもしれませんけど」
「ですが、アカネ様、王妃様の件や過去の事例を考えると、このままのような気がしますが」
「ええっ!? ずっとこのままですか?」

 クローザの言葉に、私は衝撃を与えた。こうしている間にも、この体の持ち主の記憶がどんどん流れてくる。

(いやいや、こんな記憶いらないから。私は元の世界に戻りたいんだってば)

 こう思って、私は愕然とした。さっきまであまりにも荒唐無稽で現実味がなさすぎたから、他人事であれこれ考えていた。だが、戻りたいと思ったということは、なんだかんだでこの状況を受け入れ始めているということだ。つまり、酔っ払いの夢でもなんでもなく、あれもこれも全部リアルだと。

「……本当の本当に、私はこの人の中に入っちゃったってこと?」
「アカネ様、お気の毒ですが……」

 鏡の中の美人は、私と同じ表情をする。頼りなげな、不安げな顔も、なんて美しいのだろう。元の日本人の地味顔なら、変顔そのものの表情だというのに。

 私は、鏡の中の顔を指でなぞる。彫りの深い整った顔、やや色を失っているが、形の良い唇も、全てが「これは、まぎれもなくあなたよ。あとのことはよろしくね」と言っているようだった。

(なんて無責任な。よりにもよって、どうして、そこそこ満足の生活をしていた私なのよ)

 私は、こんな体に私を入れた何かに怒りを覚えた。

 実家から出て独立していたとはいえ、家族との仲は良好だった。勤めていた会社は隠れホワイト企業で、名前はそこまで知られていないが、世界シェアNo3に入る、代えのきかない製品を作っていた。給料はそこそこだったけど福利厚生はいいし、人間関係も良く離職率は脅威の2%未満。
 Vチューバーとしても、忙しいしものすごく大変で、アンチも変態も中にはいたけれど充実した毎日を送っていた。

 今すぐ帰して欲しい。切実にそう思っていると、更にそれを打ち砕く言葉をクローザが続けた。

「アカネ様、誤解がないように申し上げておきますが」
「?」

「王妃様は、中身が入れ替わる前に、王様や愛人、側室の酷い仕打ちに対して、この世界に嫌気がさし逃亡を図ろうとしたのですが、失敗してしまったそうです。一度牢屋に捕まり、その際に、心が疲れ果てて今の男性と入れ替わったのだろうと推測されました。他の人々も、元々の人格が『死んだほうがましだ』と、この世界に戻ることを拒否するのか、二度と戻った例は聞いたことがありません。奇跡や神の御業だといわれていますから、アカネ様をこちらに来させたのはトッティ様ではございませんからね? トッティ様を恨まないようにしていただければと思います。こちらに来させられた方には災難かもしれませんが……」
「じゃあ、この体の本来の持ち主も? でも、どうしてそんなにも思いつめて……」

 私は、こんなにもきれいで身分もあり、不満などなさそうな、いや、夫があれなら不満だけど、絶望したと思われる彼女のこれまでの境遇を詳しく思い出そうと試みた。といっても、すぐに検討がついた。初夜のあの時に入れ替わったのだとしたら、理由はアレしかないだろう。

「……もしかして、あのイケメンが原因ですかね?」
「お察しの通りかと。もともと、奥様はこの結婚に消極的でした。でも、ウォレス線を越える種族を増やしたいという国同士の意向もあり、奥様だけでなく定期的に領地間で政略結婚を強いられていて、この結婚は逃げるわけにはいきませんでした。逆らえば、奥様だけでなくダンパー伯爵家も処罰を受けかねませんから」
「なんとなくそれは記憶がからわかります。王様の命令は絶対だなんて、貴族社会も大変ね……気の毒に……」

 この体の持ち主は、トッティ=ダンパー、19歳。この国から遠く離れた、オシェアニィ国の伯爵家の至宝とも言われた美しいご令嬢だった。社交界は苦手で、仲の良い家族や友人たちに甘えて甘えられて、幸せに過ごしていた。
 男性が苦手で、この年まで彼氏のひとりもいないトッティに、こんな結婚の白羽の矢が立ったのは、彼女に恋をした貴公子にほれ込んだ王女のせいだ。王女は、彼を手に入れるべく、邪魔な私を他国にのである。
 その後、王女はその彼と結婚したのだが、貴公子はまだトッティを好きなまま。だから、トッティが男にだらしないやら、身の丈に合わない贅沢をするやら、下級貴族や使用人をいじめるような人物だと噂を流したのである。バカバカしいが、王女が中心である社交界では、トッティがそういう女性だということがまかり通ってしまった。


「でも、どうして彼はあんな態度なんですかね? 普通、王命で来た奥さんを、表面上は大事にしないとヤバいんじゃないですか? 噂が最悪だったとしても、初対面で結婚が嫌だったのはお互い様でしょ?」
「それは、その……私も先ほど知ったのですが、旦那様には……」

 トッティの夫になった、ドゥーア=チョウツガイ23歳には、結婚間近だった女性がいたらしい。彼は、イケメンでチョウツガイ侯爵家は由緒正しく裕福なため、この国では夫にしたい男No1だったようだ。
 性格は、他国からわざわざ来た初夜の花嫁にあんなことをしてゴミ呼ばわりしたアレだけど。いくら噂がああだったとしても、ちょっと調べれば嘘だとわかるものだ。調べもせず、あんな対応だということは、他に理由があると思っていい。例えば、本命の女性がいるとか。

「ようするに、結婚間近だったから、すでにそういう仲だったってことですかねえ」
「おそらくは」

 私達は、顔を見合わせてはぁーっとため息をつくしかなかった。
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