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 再び目を覚ますと、今度はきちんとひとりで寝ていた。やはり、悪夢だったようだ。それにしても、なんという変な夢だったのだろう。

(夢って願望っていうけど、まさか、襲われたい趣味でもあったとか? いやいや、私はノーマル! ……のはず。ごくごく普通がいい。深層心理とか夢判断なんて知らんけど)

 体を起こそうとすると、股の間にズキンとした痛みが走った。生理ではない、なんか初めての彼と慣れないHをしたあとみたい。

「うー、痛い……。なんで?」

 二日酔いで頭が痛いのならわかる。でも、そこだけじゃなく、体の節々どころかあちこち痛い。特に股関節と腰。インフルエンザのあれではない。無理やりひねったりしたみたいな痛みだった。

「うー……みず、みず……」

 ベッドから起き上がって、小さな冷蔵庫に常備している水を飲もうと思った。再利用のペットボトルに入れた水は、職場のウォーターサーバーからちょっといただいたものである。
 月々4000円くらいのプランで月に二度、16リットルのおいしい水がふたつ運ばれてくる。この水は美味しいのでお気に入りだ。ただ、機械に設置するのが大変なのと、薄給の自分にとって月4000のサブスクは無理というもの。
 もう少し安いプランの、水道水をつけるフィルタータイプは、あまり好きじゃない。職場の先輩が、そのタイプは業者が水道管の接続をミスって機械の裏がびちゃびちゃになってしまい、フローリングとかがえらいことになったから二度と使わないといっていた。
 社長が、毎月水のボトルが余るからって、欲しい職員はいつでも持っていっていいと許可してくれている。だから、私の他にも数人、同じように容器に入れて持って帰らせてもらっていた。

 その美味しい水がなかった。というよりも、冷蔵庫がない。

「へ? ここ、どこ?」

 確かに宅飲みをしていたはずだ。昨日は、オンラインで友達とだべりながら、缶チューハイ3本と、社長からおすそ分けでもらった本物の缶ビール、そして残っていたワインを3杯。
 二連休前だから飲みすぎたのは否めない。だけど、目が覚めて、知らない部屋にいるとは、酔っ払ってどこかに出ていったのかもしれない。

「あ、お嬢様、いえ、奥様! 目が覚めたんですね!」

 狭いワンルームではない、一部屋12畳はありそうなだだっ広い部屋で首を捻っていると、ドアが開いた。振り向くと、幸せそうににこにこ笑っている女性がいた。少しくすんだ茶色の髪に、真っ黒のまんまるの目。横長四角のメガネをかけている可愛い系美人。

「クローザ?」

 私は、はっと口をつぐんだ。彼女とは初対面である。なのに、自然とその名前が口から出ていた。

「ああ、良かった。一応、医者に診てもらいましたが、どこか痛むところは?」
「医者? ここ、救急病院なの?……でしょうか?」

 なんということだ。酔っ払って救急車で運ばれでもしたのだろうか。しかも、絶対、普通の病室じゃない。個室、しかも特別室かなにかと思えるほど広くて豪華だ。
 最近は、初診で紹介状なしに大きな病院にいくと、それだけで7700円とかかかるというのに。しかも、夜間休日救急で、CTやらMRIやらされていたら万が数枚飛ぶだろう。

 給料日まであと半月。財布の中身が心配になった。

「あの、大部屋は空いてませんか? 個室代とか無理なんですけど……」

 そう言ったものの、眼の前の彼女は、どう見ても看護師さんではない。どちらかというと、一時流行したメイド服を着ている。ならば、メイド喫茶かなにかかと、普段縁のない場所で保護されたのかなとうんうん唸る。

「奥様、どうされたのです? 救急病院というのは? 医者は、このチョウツガイ侯爵家のお抱え医師ですよ。最初は渋られましたが、奥様の当然の権利ですから、診てもらいました。その、初夜でのことがあるくらいで特別なにか問題はないそうです」
「蝶番? 侯爵? お抱え医師? 初夜?」

 それよりも、さっきから、彼女が言っている「奥様」とは?

 二日酔いがない頭は、やけに冷静できちんと回転している。でも、さっぱり中に入ってこない。

 ふと、彼女の向う側にある鏡に視線を移動させた。

「び、びっじーん……! すごーい」

 鏡の中には、黒曜石のように輝く瞳に、ダークブラウンのふんわりした髪の女性がいた。大きな鏡に、彼女の全身が映っている。スレンダーというよりも程よい細身に、見事なボン・キュッ・ボンな黄金比率の曲線。ノースリーブで太もも丈のワンピースタイプのネグリジェからは、スラリとした白い手足が覗いている。

 どこかの女優かモデルか、これほどの美女が世界的に有名になっていないはずはない。

 眼の前にいる彼女も可愛い系美人だけど、彼女とは比べ物にならないほど美しいと思った。

「奥様? ご自分の姿を見て、何言っているんです?」
「は? これが私?」

 やや呆れたように、クローザが声をかけてくる。彼女から見ても、私の様子がおかしいようだ。

 知らない人のはずなのに、なぜか知っているなーとまじまじ見つめていると、クローザは少し頬を赤らめた。

「もう、奥様ったら。そんなに、見たらいくらなんでも恥ずかしいですよ」
「あ、ごめんなさい。でも、鏡の中の絶世の美女が、私って冗談きついです」
「冗談じゃありませんよ。ほら」

 クローザが、私を鏡の前に立たせる。いろんな動きをしてみると、鏡の中の美女は、私の動きと同時に、左右逆できちんと動いていた。

「WHAーーーーっツ? ちょ、どうなってんのー?」
「奥様、ちょ、声が大きいですって。ま、このあたりには私たちしかいませんから、どれだけ叫んでも大丈夫だと思いますけど」

 隣でクローザがなにか言っている。でも、私は鏡の縁を手で掴みながら、眼の前の美女が驚いた顔をしているのを見続けたのである。
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