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コーキさんと結ばれてから、3年が経った。
今、私は二人の間に産まれた娘を抱っこして、二度と目を覚まさない眠りについたコーキさんの安らかな顔を見ている。彼は、昨日の朝に旅立ったばかり。
ここ半年、一気に体調が悪くなり、まだ40台なのに、1か月ほどは老衰で寝たきりの生活を送っていた。
私は、この世界の人間の平均寿命を知らなかった。それは、この世界の人々にとっては当たり前のことで、今私のそばにいてくれるネオン様も、すでに終活をしているそう。
なんですか、それ。元の世界の80、90のおじいちゃんおばあちゃんみたいだと、初めて聞いた時は信じられなさ過ぎて冗談を言われていると思っていた。だから、不治の病気になった彼を全財産はたいてでも治そうと必死になっていた。
だけど、私が治療を勧めても、どれほど高名なお医者さまを連れてきても、彼は寿命だから先に天に還っているよと、穏やかに微笑んで頭を撫でるだけ。そして、いつだってありがとう、とか、愛してるとか繰り返すのみだった。
「マール、そろそろ……」
王位継承権を放棄したとはいえ、王族である私の夫の葬儀だから、彼の遺体はこのまま王家ゆかりの墓所で天に還される。
涙を流すこともできない程呆然としている私を、ネオンが気遣ってそっと肩に手を置いてくれた。びくんと体が跳ねるように動き、彼女の言葉に動いた墓所の守り人が、愛しい人の体に蓋をしようとした。
「いや、いやよ! そんな、酷いことをしないで!」
「かあしゃま?」
無邪気に私を見ている娘が、いきなり大声を出した私にびっくりして、彼にそっくりな大きな目を涙をいっぱいにした。私よりも、コーキさんの眠る姿を受け入れている小さな娘と、もう顔が見えないただの箱をぼんやり見つめる。
ツガイを無くしたら、とんでもない喪失感に苛まれるとは聞いていた。
ああ、だからか。だから、ツガイは同年代なのか。片方が天寿を全うすれば、残された片割れもわりと早く彼の元にいけるように。
今すぐ、私も彼を追いかけたい。でも、まだツガイを見つけていない小さな娘を置いてはいけない。
何が、ちょっとした手違いだ。こんなことなら、こんなにも早くお別れがくるのなら、何も知らずにあの世界にいたままが良かった。
もうひとりのマールは、元の世界の平均寿命を讃呂さんと共に歩んでいるのだろうか。彼女が羨ましくて仕方がなかった。
「かあしゃま……ぐすっ」
そうだ、私には「まだ」彼を追いかける自由がない。ぎりぎりのところで、娘の存在が私を正気に戻した。
「ああ、ごめんね。そうね、次の出会いまでねんねするお父さまに、ちょっとだけバイバイしなきゃね」
そう、ツガイの魂そのものは消滅しないのだ。巡り巡って、次の生でも必ず会える。これは、一時期の、そう、ほんのわずかな間の、出張にいく夫を送り出すようなものなのだと、散り散りになりそうな心に無理やり言い聞かせた。そうでもしなかったら、到底立つことなんて不可能だったから。
いくつかの日を過ごせば、徐々に悲しみが和らぐかと思えば、そうはならなかった。小さい娘は、ちょっと目を離したらどうなるのかわからない。だから、娘が起きている間は、他のことを考えなくてもいいほど忙しくて良かった。でも、彼女が寝てしまうとどうしてもコーキさんを思い出して涙があふれる。
こんなことを周囲に相談すれば心配をかけてしまう。誰にも言えず、私は娘をネオン様に預けて、久しぶりにフクロウのミランさんを訪ねた。
ミランさんは、なんとこの世界ではとんでもないご長寿の人として有名だ。山で体を鍛えているせいか、奥様も元気でそこらへんの35歳よりもぴんぴんしていて、認知症の気配すらない。彼のような占い師は、少しだけメ・ガーミと交信できるから奇跡のような身体能力を授かっているためでもあった。
「おお、久しぶりじゃな。聞いたよ、この度は残念じゃったの」
「はい……あの、メ・ガーミさまに会うことはできますか?」
「会えるかどうかは運しだいじゃね。あの時は、異世界から来たばかりでメ・ガーミもお前さんを探しておったからなあ。もし会えたとして、会ってどうするんじゃ?」
「会ってどうするか……わかりません。恨み言を言いたいのか、寂しい気持ちを吐き出したいのか。私もわかっているんです、過去には戻れないって。でも、何かしてないとどうにかなってしまいそうで……」
やってみるかのー。ただ、期待はあまりせんでくれ。
ミランさんはそう呟くと、水晶の玉に手をかざした。ドキドキして見つめるが何も起こらない。
「やっぱり、無理ですか……」
「もともと、メ・ガーミに触れるというのは奇跡のようなものだからの」
「あの、ミランさん。私のように早くにツガイと別れなければならなかった人々はどうしているんですか? 事故とかで亡くなったりする方もおられるのでしょう?」
この世界では、あとを追うために自らの生にピリオドを打つことは禁じられている。そんなことをすれば、自身が次の生をうけてツガイに会えなくなるから。どれほど辛くても、天寿を全うする日をすごす。先に還ったツガイも、ツガイを天で待っているからだという。中には、同じようにツガイに先立たれた人々が、一時の慰めや家や生活のために再婚することもあるそうだ。
「……なら、私は、病気や事故がなければ、基本的にあと20年はひとりぼっちなんですね……。そして、コーキさんは、今回の生でも十数年私をひとりで探してくれたのに、まだ20年待たせてしまうんですね」
「そうじゃな」
過ぎてしまえばあっという間かもしれない。でも、私は今彼に会いたいのだ。会って、一緒にいたいのに、どうしても叶わない。
結局、なんの慰めも成果も得られることなく、とぼとぼと帰路についたのだった。
今、私は二人の間に産まれた娘を抱っこして、二度と目を覚まさない眠りについたコーキさんの安らかな顔を見ている。彼は、昨日の朝に旅立ったばかり。
ここ半年、一気に体調が悪くなり、まだ40台なのに、1か月ほどは老衰で寝たきりの生活を送っていた。
私は、この世界の人間の平均寿命を知らなかった。それは、この世界の人々にとっては当たり前のことで、今私のそばにいてくれるネオン様も、すでに終活をしているそう。
なんですか、それ。元の世界の80、90のおじいちゃんおばあちゃんみたいだと、初めて聞いた時は信じられなさ過ぎて冗談を言われていると思っていた。だから、不治の病気になった彼を全財産はたいてでも治そうと必死になっていた。
だけど、私が治療を勧めても、どれほど高名なお医者さまを連れてきても、彼は寿命だから先に天に還っているよと、穏やかに微笑んで頭を撫でるだけ。そして、いつだってありがとう、とか、愛してるとか繰り返すのみだった。
「マール、そろそろ……」
王位継承権を放棄したとはいえ、王族である私の夫の葬儀だから、彼の遺体はこのまま王家ゆかりの墓所で天に還される。
涙を流すこともできない程呆然としている私を、ネオンが気遣ってそっと肩に手を置いてくれた。びくんと体が跳ねるように動き、彼女の言葉に動いた墓所の守り人が、愛しい人の体に蓋をしようとした。
「いや、いやよ! そんな、酷いことをしないで!」
「かあしゃま?」
無邪気に私を見ている娘が、いきなり大声を出した私にびっくりして、彼にそっくりな大きな目を涙をいっぱいにした。私よりも、コーキさんの眠る姿を受け入れている小さな娘と、もう顔が見えないただの箱をぼんやり見つめる。
ツガイを無くしたら、とんでもない喪失感に苛まれるとは聞いていた。
ああ、だからか。だから、ツガイは同年代なのか。片方が天寿を全うすれば、残された片割れもわりと早く彼の元にいけるように。
今すぐ、私も彼を追いかけたい。でも、まだツガイを見つけていない小さな娘を置いてはいけない。
何が、ちょっとした手違いだ。こんなことなら、こんなにも早くお別れがくるのなら、何も知らずにあの世界にいたままが良かった。
もうひとりのマールは、元の世界の平均寿命を讃呂さんと共に歩んでいるのだろうか。彼女が羨ましくて仕方がなかった。
「かあしゃま……ぐすっ」
そうだ、私には「まだ」彼を追いかける自由がない。ぎりぎりのところで、娘の存在が私を正気に戻した。
「ああ、ごめんね。そうね、次の出会いまでねんねするお父さまに、ちょっとだけバイバイしなきゃね」
そう、ツガイの魂そのものは消滅しないのだ。巡り巡って、次の生でも必ず会える。これは、一時期の、そう、ほんのわずかな間の、出張にいく夫を送り出すようなものなのだと、散り散りになりそうな心に無理やり言い聞かせた。そうでもしなかったら、到底立つことなんて不可能だったから。
いくつかの日を過ごせば、徐々に悲しみが和らぐかと思えば、そうはならなかった。小さい娘は、ちょっと目を離したらどうなるのかわからない。だから、娘が起きている間は、他のことを考えなくてもいいほど忙しくて良かった。でも、彼女が寝てしまうとどうしてもコーキさんを思い出して涙があふれる。
こんなことを周囲に相談すれば心配をかけてしまう。誰にも言えず、私は娘をネオン様に預けて、久しぶりにフクロウのミランさんを訪ねた。
ミランさんは、なんとこの世界ではとんでもないご長寿の人として有名だ。山で体を鍛えているせいか、奥様も元気でそこらへんの35歳よりもぴんぴんしていて、認知症の気配すらない。彼のような占い師は、少しだけメ・ガーミと交信できるから奇跡のような身体能力を授かっているためでもあった。
「おお、久しぶりじゃな。聞いたよ、この度は残念じゃったの」
「はい……あの、メ・ガーミさまに会うことはできますか?」
「会えるかどうかは運しだいじゃね。あの時は、異世界から来たばかりでメ・ガーミもお前さんを探しておったからなあ。もし会えたとして、会ってどうするんじゃ?」
「会ってどうするか……わかりません。恨み言を言いたいのか、寂しい気持ちを吐き出したいのか。私もわかっているんです、過去には戻れないって。でも、何かしてないとどうにかなってしまいそうで……」
やってみるかのー。ただ、期待はあまりせんでくれ。
ミランさんはそう呟くと、水晶の玉に手をかざした。ドキドキして見つめるが何も起こらない。
「やっぱり、無理ですか……」
「もともと、メ・ガーミに触れるというのは奇跡のようなものだからの」
「あの、ミランさん。私のように早くにツガイと別れなければならなかった人々はどうしているんですか? 事故とかで亡くなったりする方もおられるのでしょう?」
この世界では、あとを追うために自らの生にピリオドを打つことは禁じられている。そんなことをすれば、自身が次の生をうけてツガイに会えなくなるから。どれほど辛くても、天寿を全うする日をすごす。先に還ったツガイも、ツガイを天で待っているからだという。中には、同じようにツガイに先立たれた人々が、一時の慰めや家や生活のために再婚することもあるそうだ。
「……なら、私は、病気や事故がなければ、基本的にあと20年はひとりぼっちなんですね……。そして、コーキさんは、今回の生でも十数年私をひとりで探してくれたのに、まだ20年待たせてしまうんですね」
「そうじゃな」
過ぎてしまえばあっという間かもしれない。でも、私は今彼に会いたいのだ。会って、一緒にいたいのに、どうしても叶わない。
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