8 / 23
7
しおりを挟む
あれから、基本的に讃呂さんの会社で週の半分は仕事をするようになった。課長に引き続き、私まで欠員となる日の事業部は阿鼻叫喚の騒ぎらしいけど。急用の時は、リモートで対応しているから問題はあまりない。
「日掛さん、すみませんが添削していただいてもいいですか?」
「日掛さん、あなたのおかげで大恥をかくのを免れました。今度、よかったら奢らせてください!」
なぜだろう。讃呂さんの会社で、私はミランさん専属みたいな感じでオランダ語の通訳のために出向しているはずなのに、英語だけでなくフランス語やドイツ語の添削までしている。
これというのも、困っている人がいたら放っておけないし、頼まれたら断れない私のおひとよしな性格のせい。
まあ、本来の職場よりも忙しくないので楽ちんだし、誰かのためになるのならいいかな。
「日掛さん、今日の夜なんだが残業を頼めないか?」
「はい、わかっています。時差の関係ですよね。大丈夫です。わかっていますから。ミランさんの施設のライブ見ながらでいいですよね?」
「いつもすみません。ライブは先方もそのほうが喜んでくださっているから是非」
オランダとは約半日の時差がある。ミランさんとの話し合いがある日は、必ずこうやって残業をたのまれるのだ。
すでに、ミランさんは、トラブルがあったものの、讃呂さんたちのことを認めているし、プロジェクトは順調にすすんでいる。英語で問題なさそうだから、もう私なんていらないんじゃないかなって思うんだけど。
とはいえ、やっぱり推し活である皆のパパに、画面越しであっても会えるのは嬉しい。スタッフの皆さんとも、ライブで投げ銭だけをしていた頃とは比べ物にならないほど仲良くさせていただいて、私はうっきうきで残業を引き受けていた。
しかも、今回の件は、残業代が2倍なのよねー。
今回のプロジェクトの成功は、今後のオランダとの発展にも期待できる。だから、破格値を約束してくれた。さらに、讃呂さんからも特別ボーナスを貰えるらしい。
推し活がてらなのに、いいのかなーと思うけど、稼いだお金でオランダの新しい施設に行こうと思っている。
かわいい動物たちのライブを見ながら、ミランさんたちと動物のことを語らう。あっという間に時間が過ぎて、時計のデジタル表示はもう21時だ。
仕事の話? そんなもの、3分で終わったけど何か?
なんなら、ずーっとこの仕事をしていたい。
そろそろ推し活のお開きをする時間になり、名残惜しいけどミランさんとのチャットをオフにした。
「ああ、今日も癒やされたー。アザラシちゃん、もっふもふの換毛期が終わったら、ツルッツルのボテボテ魅惑のボディになるんだもん。かわいすぎ。ぽてんぽてんって動くと、ぽよんぽよんだし。プールでぷかぷかして、最っ高! ああ、触りたーい」
本気で飼育員に転職したい。そう思いながら、椅子の上で伸びをする。
すると、スカートのウエストが腰に食い込んだ。最近、触らなくても脇腹が大きくなってきた。袖も窮屈で、胸のボタンはパチンパチン。アザラシならかわいいけど、人間の私はそうではないだろう。
せっかく始めたダイエットがまたもや失敗。なぜなら、讃呂さんの会社の人達が外食にさそってくれるから。
外食でも一応は気をつけている。気をつけていても、やっぱり低カロリー高タンパクには程遠いし、薬のせいでお腹が空くから食べちゃう。
「またリバウンドしちゃった……」
両手を顔の前で組み、ゲンドゥーポーズでため息をつく。
「日掛さん、ちょっといいですか?」
「讃呂さん、どうかなさいましたか?」
仕事は終わったはずなのに、少し言いづらそうな讃呂さんに呼び止められた。少しは慣れたけど、相変わらず、この人とふたりになるのは苦手だ。
「あー、制服なんだが、サイズアップしたほうがいいか? きつくなったんだろう?」
「……」
ぎゃー。まただ。また、こんなデリカシーマイナスなことを言ってくる。
この数ヶ月、彼と仕事をするようになって、彼が、本気で悪気なく、こんなことを言ってくる人なのはわかった。つもり。
他の社員さんたちには、絶対にこんなことないのに、なんで私だけ?
有能だし、なんだかんだで部下思いだから慕われているのだ。だから、私にだって、普通に対応できるはずなのに。
一応、他の人には聞こえないように配慮してくれている。以前の、ところ構わずではないことを考えると、彼なりの成長かもしれない。
でも、女性の社員さんに聞いてもらうとか、他に方法はあるよね?
せっかく癒やされたのに、直後の讃呂さんに台無しにされた。
「お気遣い、ありがとう、ございまス。ですが、この仕事の契約期間ももうすぐ終わりますしおかまいなく!」
なんとか、なんとか理性を保ってお礼を言う。セクハラとして報告してやると決意したのだが、これ以上は無理。
頭を上げると同時に、くるりと体を反転させて部屋を出ていく。ロッカーに小走りで移動してさっさと着替えを済ませた。
「あ、日掛さん、ちょっと待って」
後ろで讃呂さんの声がする。もう仕事は終わった。だから、聞こえないふりをしてさささーっと早足でエレベーターに乗り込んだ。
タタッタタタタタタタン
閉まるボタンを、これ以上はないくらい連打する。だがしかし、努力も虚しく追いつかれてしまった。
「日掛さん、すみませんが添削していただいてもいいですか?」
「日掛さん、あなたのおかげで大恥をかくのを免れました。今度、よかったら奢らせてください!」
なぜだろう。讃呂さんの会社で、私はミランさん専属みたいな感じでオランダ語の通訳のために出向しているはずなのに、英語だけでなくフランス語やドイツ語の添削までしている。
これというのも、困っている人がいたら放っておけないし、頼まれたら断れない私のおひとよしな性格のせい。
まあ、本来の職場よりも忙しくないので楽ちんだし、誰かのためになるのならいいかな。
「日掛さん、今日の夜なんだが残業を頼めないか?」
「はい、わかっています。時差の関係ですよね。大丈夫です。わかっていますから。ミランさんの施設のライブ見ながらでいいですよね?」
「いつもすみません。ライブは先方もそのほうが喜んでくださっているから是非」
オランダとは約半日の時差がある。ミランさんとの話し合いがある日は、必ずこうやって残業をたのまれるのだ。
すでに、ミランさんは、トラブルがあったものの、讃呂さんたちのことを認めているし、プロジェクトは順調にすすんでいる。英語で問題なさそうだから、もう私なんていらないんじゃないかなって思うんだけど。
とはいえ、やっぱり推し活である皆のパパに、画面越しであっても会えるのは嬉しい。スタッフの皆さんとも、ライブで投げ銭だけをしていた頃とは比べ物にならないほど仲良くさせていただいて、私はうっきうきで残業を引き受けていた。
しかも、今回の件は、残業代が2倍なのよねー。
今回のプロジェクトの成功は、今後のオランダとの発展にも期待できる。だから、破格値を約束してくれた。さらに、讃呂さんからも特別ボーナスを貰えるらしい。
推し活がてらなのに、いいのかなーと思うけど、稼いだお金でオランダの新しい施設に行こうと思っている。
かわいい動物たちのライブを見ながら、ミランさんたちと動物のことを語らう。あっという間に時間が過ぎて、時計のデジタル表示はもう21時だ。
仕事の話? そんなもの、3分で終わったけど何か?
なんなら、ずーっとこの仕事をしていたい。
そろそろ推し活のお開きをする時間になり、名残惜しいけどミランさんとのチャットをオフにした。
「ああ、今日も癒やされたー。アザラシちゃん、もっふもふの換毛期が終わったら、ツルッツルのボテボテ魅惑のボディになるんだもん。かわいすぎ。ぽてんぽてんって動くと、ぽよんぽよんだし。プールでぷかぷかして、最っ高! ああ、触りたーい」
本気で飼育員に転職したい。そう思いながら、椅子の上で伸びをする。
すると、スカートのウエストが腰に食い込んだ。最近、触らなくても脇腹が大きくなってきた。袖も窮屈で、胸のボタンはパチンパチン。アザラシならかわいいけど、人間の私はそうではないだろう。
せっかく始めたダイエットがまたもや失敗。なぜなら、讃呂さんの会社の人達が外食にさそってくれるから。
外食でも一応は気をつけている。気をつけていても、やっぱり低カロリー高タンパクには程遠いし、薬のせいでお腹が空くから食べちゃう。
「またリバウンドしちゃった……」
両手を顔の前で組み、ゲンドゥーポーズでため息をつく。
「日掛さん、ちょっといいですか?」
「讃呂さん、どうかなさいましたか?」
仕事は終わったはずなのに、少し言いづらそうな讃呂さんに呼び止められた。少しは慣れたけど、相変わらず、この人とふたりになるのは苦手だ。
「あー、制服なんだが、サイズアップしたほうがいいか? きつくなったんだろう?」
「……」
ぎゃー。まただ。また、こんなデリカシーマイナスなことを言ってくる。
この数ヶ月、彼と仕事をするようになって、彼が、本気で悪気なく、こんなことを言ってくる人なのはわかった。つもり。
他の社員さんたちには、絶対にこんなことないのに、なんで私だけ?
有能だし、なんだかんだで部下思いだから慕われているのだ。だから、私にだって、普通に対応できるはずなのに。
一応、他の人には聞こえないように配慮してくれている。以前の、ところ構わずではないことを考えると、彼なりの成長かもしれない。
でも、女性の社員さんに聞いてもらうとか、他に方法はあるよね?
せっかく癒やされたのに、直後の讃呂さんに台無しにされた。
「お気遣い、ありがとう、ございまス。ですが、この仕事の契約期間ももうすぐ終わりますしおかまいなく!」
なんとか、なんとか理性を保ってお礼を言う。セクハラとして報告してやると決意したのだが、これ以上は無理。
頭を上げると同時に、くるりと体を反転させて部屋を出ていく。ロッカーに小走りで移動してさっさと着替えを済ませた。
「あ、日掛さん、ちょっと待って」
後ろで讃呂さんの声がする。もう仕事は終わった。だから、聞こえないふりをしてさささーっと早足でエレベーターに乗り込んだ。
タタッタタタタタタタン
閉まるボタンを、これ以上はないくらい連打する。だがしかし、努力も虚しく追いつかれてしまった。
46
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる