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彼の会社には30分ほどで到着した。案内された部屋に行くと、いつも自信満々な讃呂さんが珍しく頭を抱えていた。
「……なんでよりにもよって、君が来るんだ」
「業務命令ですので。本来なら課長が来るはずなのですが、代理で私が来ました。不満など思うところはあるでしょうけれど、今は仕事に集中してください」
「不満とかじゃなくて、だな……くそ、こんなみっともないところを見られるなんて、最悪だ」
私がそう言うと、彼はばつが悪そうにモゴモゴ何かを言った。「最悪だ」という言葉は聞き取れたけど。
最悪なのはこっちなんですけど? そもそも、あなたの会社がヘマをしなかったら会うこともなかったのに!
ねおんちゃんなら、はっきりきっぱり言い返しそうだけど、私には無理。
「大体の事情は聞いています。現在、先方と担当者が、英語や通訳ソフトを利用して話し合いをしておられるのですよね? 案内してください」
どんな事業が現在どう動いているのか、常日頃から一通りは目を通している。今回トラブルがあったのは、オランダにある動物保護施設の建設事業についてのはずだ。
案内された部屋に行くと、恰幅の良いおじさまが顔を赤らめて、頭を下げている担当者に怒鳴っていた。
『いいか? お前らにとっては、保護動物の命などどうでもいいものかもしれない。だがな、我々にとっては我が子も同然で、毎日命をかけて世話をしている。老朽化がすすんだ今の施設で、あのコたちをあと数ヶ月延期されたまま保護するのは無理なんだ。すでに今の施設で生育するのは、予定日までが限界だから期日は守ってくれと言ってるんだ。プロジェクトが、今更大幅に変更するなどあってはらなない。今から元のようにするなど不可能。格安で引き受けてくれた現地の関連会社のこともある。なんとしても、あのコたちの引っ越しを予定通りにしないと、始末をしろと言われたり、死んでしまうコたちもいるんだぞ? どうしてくれるんだ!』
担当者は、彼が叫ぶ内容の半分も聞き取れていないみたい。入ってきた私達を見て、ほっと安堵のため息を吐いたのだが、それが笑っている用に見えたのか、怒りにガソリンを注いでしまったようだ。
「ちょっと俺が間に入ってから君を紹介する。あまりにも怒りがおさまらないようなら、俺達だけでなんとかするから帰ってくれ」
あら? 一応嫌いな相手でも、取引先の社員だからか、いつものような嫌味な言動はない。それどころか、矢面に立って守ってくれようとしてくれている。
彼の意外性に触れて少々びっくりした。
「いえ、大丈夫です」
「しかし、怒鳴られるかもしれないぞ?」
「たぶんそんなことにはならないかと」
私がごく普通にいったことに、讃呂さんはびっくりした。更に止めようとする彼を押しのけて、まくし立てようと立ち上がったおじさまの前に行き一礼をする。
『はじめまして、この度は申し訳ございませんでした』
若い女性の私が、オランダ語で深く頭を下げたことで、私の思った通り、今にも殴りそうなほど怒り狂っていた彼が怒りを抑えてくれた。
『美しいレディ。これはどうも、変なところをお見せして申し訳ない。あなたは?』
『私は、通訳として呼ばれました。ヒカケ・マルミと申します。親しい友人からは、マールと呼ばれておりますので、マールとお呼びください』
『いや、美しいレディ。あなたが頭を下げる必要などありません。マール、私のことは、ミランと呼んでください』
『ありがとうございます、ミラン』
ミランさんの大きな手が私に差し出される。その手を取り、しっかり握手を交わした。
実は、彼が経営している保護施設は、日本でも有名なライブ配信をしている。私は、随分前から何度もライブ配信を通じてスーパーチャットや寄付をしていた。ミランさんが、動物や女性に優しいことも知っていたのだ。
ライブのことを話すと、彼はさらに喜んでくれた。
「……なんでよりにもよって、君が来るんだ」
「業務命令ですので。本来なら課長が来るはずなのですが、代理で私が来ました。不満など思うところはあるでしょうけれど、今は仕事に集中してください」
「不満とかじゃなくて、だな……くそ、こんなみっともないところを見られるなんて、最悪だ」
私がそう言うと、彼はばつが悪そうにモゴモゴ何かを言った。「最悪だ」という言葉は聞き取れたけど。
最悪なのはこっちなんですけど? そもそも、あなたの会社がヘマをしなかったら会うこともなかったのに!
ねおんちゃんなら、はっきりきっぱり言い返しそうだけど、私には無理。
「大体の事情は聞いています。現在、先方と担当者が、英語や通訳ソフトを利用して話し合いをしておられるのですよね? 案内してください」
どんな事業が現在どう動いているのか、常日頃から一通りは目を通している。今回トラブルがあったのは、オランダにある動物保護施設の建設事業についてのはずだ。
案内された部屋に行くと、恰幅の良いおじさまが顔を赤らめて、頭を下げている担当者に怒鳴っていた。
『いいか? お前らにとっては、保護動物の命などどうでもいいものかもしれない。だがな、我々にとっては我が子も同然で、毎日命をかけて世話をしている。老朽化がすすんだ今の施設で、あのコたちをあと数ヶ月延期されたまま保護するのは無理なんだ。すでに今の施設で生育するのは、予定日までが限界だから期日は守ってくれと言ってるんだ。プロジェクトが、今更大幅に変更するなどあってはらなない。今から元のようにするなど不可能。格安で引き受けてくれた現地の関連会社のこともある。なんとしても、あのコたちの引っ越しを予定通りにしないと、始末をしろと言われたり、死んでしまうコたちもいるんだぞ? どうしてくれるんだ!』
担当者は、彼が叫ぶ内容の半分も聞き取れていないみたい。入ってきた私達を見て、ほっと安堵のため息を吐いたのだが、それが笑っている用に見えたのか、怒りにガソリンを注いでしまったようだ。
「ちょっと俺が間に入ってから君を紹介する。あまりにも怒りがおさまらないようなら、俺達だけでなんとかするから帰ってくれ」
あら? 一応嫌いな相手でも、取引先の社員だからか、いつものような嫌味な言動はない。それどころか、矢面に立って守ってくれようとしてくれている。
彼の意外性に触れて少々びっくりした。
「いえ、大丈夫です」
「しかし、怒鳴られるかもしれないぞ?」
「たぶんそんなことにはならないかと」
私がごく普通にいったことに、讃呂さんはびっくりした。更に止めようとする彼を押しのけて、まくし立てようと立ち上がったおじさまの前に行き一礼をする。
『はじめまして、この度は申し訳ございませんでした』
若い女性の私が、オランダ語で深く頭を下げたことで、私の思った通り、今にも殴りそうなほど怒り狂っていた彼が怒りを抑えてくれた。
『美しいレディ。これはどうも、変なところをお見せして申し訳ない。あなたは?』
『私は、通訳として呼ばれました。ヒカケ・マルミと申します。親しい友人からは、マールと呼ばれておりますので、マールとお呼びください』
『いや、美しいレディ。あなたが頭を下げる必要などありません。マール、私のことは、ミランと呼んでください』
『ありがとうございます、ミラン』
ミランさんの大きな手が私に差し出される。その手を取り、しっかり握手を交わした。
実は、彼が経営している保護施設は、日本でも有名なライブ配信をしている。私は、随分前から何度もライブ配信を通じてスーパーチャットや寄付をしていた。ミランさんが、動物や女性に優しいことも知っていたのだ。
ライブのことを話すと、彼はさらに喜んでくれた。
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