完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

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真実の自称ヒロイン

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「降りろ」
「ちょっと、なんなのよぉ。すごんだ声出したって、怖くもなんともないんだからねーだ」

 私には魔力なんてものはほとんどないと思う。だって、小学生のガキンチョが使える超初級のファイアーですら使えないから。
 使えるはずだって、皆が言っていたけど、使えないものは使えない。だから、魔力を封じる手錠なんて無駄。手錠と言っても、ミサンガみたいなブレスレット。軽いし、ハサミでちょんぎれそうで笑っちゃう。

 キャロラインの家族に連行されてここまで来るのに、転移を連発されたから、止まっているエレベーターを無理に歩くみたいに目がおかしくなっていてちょっと疲れた。

 前世の私は、大学の時にごく普通に恋愛して、卒業後すぐにごく普通に結婚した単なる専業主婦。勉強は頑張ったおかげで、同級生だったエリートの夫が出来た。でも、強制同居のおかげで、意地悪な姑にいびられまくっていて、ストレスから胃炎を繰り返していた。
 そんな環境で子供も生まれるはずもなく、嫁姑戦争に嫌気がさした旦那が浮気した。すると、相手に跡取りが出来たと言われ離婚されたというわけ。
 家は、浮気を知った時にさっさと出て行った。ストレスから解放されてのんびりしていたところ、旦那との子を妊娠している事がわかった。でも、あんな家にかわいい子を渡すなんて考えられず、子供の事は秘密にすることにした。
 養育費が貰えないのだから、子供のためにも養育費込みの慰謝料だけ釣り上げるため離婚届に意地でもサインをしなかったら、現金と一生働かなくていい不労所得ってやつをポーンとくれた。だから、相手が出産してから離婚してあげた。それからは旦那たちとは一切かかわりなく、子供とふたり幸せに過ごせたのである。
 苦労もしたけれど、なんとか子供も成人して、さあ、これからはひとり気楽で寂しい日々を過ごすのかと思っていた時、元旦那の運転する車にはねられた。私を元妻だと気づきもしない元旦那が、あの時の浮気相手じゃないキレイなおねえさんと一緒に謝罪やらなんやらしていたけど、「こいつだけはほんとにー。許さねぇから覚えとけっ」って感じで腹が立って腹が立って。もう、絶対に生き残って嫌がらせでもしてやるかって思っていた。
 だけど、事故の傷が元でではなく、いつの間にか無自覚に発症していた病気のせいで命を落としたのである。勿論、元旦那には、新しく家庭を気づいて幸せに暮らしている子供とは会わせていないから、きっと、あのクズ元旦那とは縁なんてこれっぽっちもなく過ごしていると信じたい。

 入院中、空いたふとした時間がどうしようもなく心が落ち着かなくて、ポイ活がてら始めたゲームがあった。
 それが、今私がいる世界のゲームだ。最推しのキャラであるヤー君と離れ離れになった私は、ヤー君をどうしても救いたかった。ゲームの内容とはずいぶん違った展開もあったけれど、ヤー君が原因不明の病気で突然倒れたシーンがあった事を思い出す。
「これって、色々違うけど、まさに今の状況じゃん。なら、私がヤー君の手を握ったら、私たちの真実の愛を感じた神の奇跡によって、一瞬で全快するはず。だからさっさとヤー君の所に連れてってよ」って再三訴えたら、やっとここに連れてきてくれたというわけ。

 この国の大切な王子様を救うヒロインに対して酷い事をしたキャロラインのお兄さんは、まあ、なんだかんだで、イケメンだし、一応攻略対象のひとりだから許してあげようと思う。

 案内された部屋には、ヤー君がいなかった。何も出来ないからソファに座って、机に置いてあった羊羹を専用の爪楊枝で切って食べていると、やたらと元気のいいおっさんが入って来て手を握られた。

「おお、あなたが。異世界転生者の少女ですか」
「マチョネー様、まだ本人がそう言っているだけでして」
「ふむふむ。この世界で、いきなり転生者とは言えぬもの。歴代の転生者たちも、認められるまで狂人扱いされるのを恐れて黙っている者がほとんどでしたからね。チャツィーネ嬢、初めまして。私は、異世界転生の研究を長年しているマチョネーと申します。それは、異世界の伝統のお菓子でして、市販されておりません。参考文献を元に私が作った爪楊枝をきちんとお使いになられているとは、これはますます信憑性がありますね。失礼ですが、前世のお名前や国籍などをお伺いしても?」
「は、え……?」

 興奮したおっさんに、いきなりまくしたてられて、さっきまでモヤモヤイライラしていた気持ちが吹き飛んだ。だって、異世界のあれこれを、この世界のおっさんから聞く事があるなんて思ってもみなかったし。
 とりあえず、相手のペースに完全にのせられ、聞かれるまま色々答えた。

「私は、古良田 依愛こらた いちか。知らないと思うけど、地球って言う星の日本出身よ。あの、手を離して貰えません? 羊羹くらいで何そんなに興奮しているんですか。普通に羊羹を食べていただけですけど? あ、でも。そう言えば、初めて見るかもしんない……」
「おお、では、では。こちらはどうでしょうか? よろしければどうぞ」
「安倍川餅にたい焼きじゃん。久しぶりだわー。あ、たい焼きの中はカスタードクリームなのね。懐かしいわ。いちご大福も、こっちの世界にはないのよねぇ」
「おおおお。ここまで世に流通していない異世界のスイーツを言えるなど、素晴らしいです。生ける異世界転生者にお目にかかる事が出来るとは……。バヨータジュ公爵、このご令嬢は、私が引き取り責任を持ちます。きっと、ご本人は気付いていらっしゃらないかもしれませんが、我々には想像も出来ない神の知恵をお持ちかと。ヤーリ殿下の元にお連れしましょう」
「マチョネー様がそう仰るのなら。ですが、その者にはいろいろな嫌疑が……」
「そこは、私が責任を持って、ご令嬢と共に後日きちんと対応します。そもそも、我が弟子であるキャロラインや、フレースヴェルグを封印した辺境伯からは厳重な処罰を望まれておらぬではありませんか」
「それはそうですが……」

 どうやら、マチョネーというおっさんは、公爵でも頭を下げなきゃいけない立場っぽい。しかも、私の味方っぽい。ラッキーと思って、おっさんの側に体を寄せて盾にした。
 
 あーだこーだ難しい話を、勝手に周囲がしているうちに、ヤー君がいる部屋についた。久しぶりに推しに会える。緊張と期待でドキドキしっぱなしで、眠っている彼の顔もきっと素敵よね、なんて思いつつ部屋に入った。

 ベッドの上の彼は、想像と全く違った。ただでさえ白い顔が、土気色というか、まるで死ぬ間際の私の顔のように見えてぞっとする。体中から血の気が引くというのは、前世含めて初めての経験かもしれない。
 一瞬で、ゲーム感覚で気軽に考えていた思いと浮ついた気分が吹き飛び、足を縺れさせながらヤー君に飛びつくように走った。

「ヤー君? ヤーくんっ! うそ、うそ……、こんなに酷い状態だったなんて……。嘘よね? ね、ヤー君、私よ、チャツィーネよ。お願い、転生の神様でも、こっちの世界の神様でも、あっちの仏様でもなんでもいい。ヤー君を助けてぇ……!」

 何も考えられず、ただひたすらに彼の手を握り、思いつく限りの神様に祈ったのであった。






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