完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

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「私と寝ないで、エリンギ辺境伯を元に戻す方法ぉ~? そんなのあったっけかなぁ?」

 王弟マチョネーの養女となった、異世界転生者のチャツィーネは、そう独り言ちると暫く考え込んでいたようだ。

 彼女の最大の罪とされている、フレースヴェルグ封印解除の容疑はまだ晴れていない。転生者である彼女なら、封印されていた空間に自ら入るなどという愚行はしないだろうというのが大多数の考えだ。しかしながら、彼女を嵌めたとされる真犯人であるヤーリ王子の侍従の行方はまだわかっておらず、懸命の捜索が続けられている。

 彼女は、マチョネーからわたくしからの依頼を聞いて、最初は鼻白んでいた。けれど、マチョネーの養女になるためにバヨータジュ公爵家が支援した事には感謝していると、思い出した事を話してくれたようだ。

「頑張っていたヤー君を、自分の望む及第点に届かないからって、ずーっと馬鹿にし続けたキャロラインちゃんは嫌いだけど……。でも、私もヤー君を略奪しちゃったし。それに、辺境伯は気の毒だから教えてあげる。あ、でも。この世界の色んな事が、私の知っている事と違っているから、やるなら自己責任で。あとから文句言わないで欲しいわ」
「元から、呪いが解けるとは考えられていませんから、クレームは来ないと思いますよ。彼女のほうから、チャツィーネ様に、その辺りの契約を書面にして、成功すれば謝礼もすると言われていますが」
「マチョネー様のほうが、ずっと偉いんですから、私に様はいらないですよぉ。私はヤー君と幸せになれただけで幸せですし。思いがけず、一生お金持ちのままいられたからね。えーっとね、呪いは通常の人間に掛けるための構築式で出来ているから、遺跡というオプションのついた辺境伯は、呪いの魔法がバグを起こしてしまって、術者が死んでも戻らないってヤー君が言ってたと思うの……」
「私はそんな事は言っていないが……。異世界での話とはいえ、私以外の男の名を出されると焼けるな」
「やっだー、ヤー君ったら。ふふふ、あっちのヤー君はキャラであって、あくまでも空想なの。あなたとは全く違うわよ」

 彼女は、時々異世界で見たというこの世界の王子や数人の人物の言動を呟くみたいだ。本人しか知りえない事情も正確に当てており、周囲を驚かせている。

 マチョネーには後継者がいない。養女となった彼女と、甥であるヤーリ王子が結婚して後を継ぐ事が決定されている。温和な地域だし、優秀な部下が揃っている。ヤーリ王子も、彼女と一緒に色々学ぶ姿勢を見せているらしいので安心だ。ただ、ふたりには子供を作る事は許されない。だから、その後は養子を迎える事になる。
 ヤーリ王子がした愚行は許されるはずもなく、彼の子孫は永久に儲ける事が出来ないよう処置されたのである。彼女はそれでも彼と共にいればそれで充分と言い切り、ふたり仲良く過ごしていると聞き、複雑ながらもホッとした。

「辺境伯と遺跡が繋がってるから、呪いが解けないってわけ。私は、ヤー君以外ととかもう嫌だし。マチョネー様の養女になれて、私の罪を無かった事にしてくれたし、しょうがないから教えてあげる。遺跡との繋がりを断てばいいのよ。そうしたら、呪いが解けるわ」
「だが、魔の森の繋がりを断ち切るには次代の人物が必要なのだが。彼には子はいないし、出来たとしても十数年かかる。その間、魔の森の管理が出来なくなり犠牲者が……」
「次代が、別人じゃないといけないって誰が決めたのよ。遺跡との繋がりを一瞬断ち切って解呪したら、もう一度辺境伯が遺跡と繋がればいいだけじゃない」
「おお! なるほど、我らの世界の常識に当てはまらぬ自由な発想。これこそが異世界転生者たるものの奇跡そのもの……」
「そんな大層なものじゃ。というか、なんで、今まで、こんな単純な事をだーれも思いつかないのよ……。そっちのほうが不思議なんだけど」

 その話と共に、彼女から色々失礼な事をしたと謝罪が書かれた手紙を受け取った。そこには、ヤーリ王子が、皆から蔑ろにされつづけた苦しみや悲しみも書かれてあり、その事は一生許せないと書かれてあった。
 様々な面で裏切られたけれど、お互いに幸せを掴んだ今、いつか会う事があれば、彼に対して謝罪するかどうかはともかく、じっくり話を聞いてもいいかもしれないと思う。

 そんなわけで、トーラは呪いを解くために、日の出と共に遺跡に向かったのだ。とっくにたどり着いて、お昼には帰って来てもおかしくないのに帰ってこない。だから、彼とともに遺跡に向かった騎士たちを心配している人たちと共に、ここでずっと待機をして励まし合っていたのである。

 日がほどんど沈みかけた頃に、ようやく騎士たちが帰ってきた。なのに、肝心のトーラの姿が見えない。彼の相棒であるスレイプニルの背には誰も跨っていなかった。

「トーラは……?」

 周囲の女性たちが、騎士たちの姿を見て喜びの声を上げている。なのに、わたくしの胸の中が嫌な音を立てて、得も知れぬ不安が押し寄せていた。

(遺跡に異変があれば、こんな風に騎士たちが平穏無事に帰って来るはずはないわ。失敗は、なかったのよね。だとすれば、彼は一体どこに……?)

 一生懸命、他のどの人よりも背の高い、にゅっと伸びた彼の姿を探す。毎日一緒にいたから、頭巾の小さなよれまで覚えているのに、頭巾がないのだ。

「トーラ……? フクロールケタ、トーラはどこに……?」
「おお、奥様。そこにおられましたか。いやはや、あの女、コホン、チャツィーネ様の助言通りにしたところ、キトグラムンは……」

 満面の笑顔で、わたくしとシュメージュを見ながら大股で歩いて来るフクロールケタの言葉を、初めて見る男性が遮った。

「キャロル」

 鍛え上げられた、見事な筋肉の盛り上がりがはっきりしている大きな体躯。それなのに、わたくしの名を親密そうに呼ぶその音は、しわがれても、空気が漏れるようなものでもなく、やや野太い腰にずとんと響くような低い声だ。

 首から上も、やや白い肌で、太い首にの上には、やや大きめの顔があった。
 顔を覆う色は漆黒で、とても長い。ざっくばらんにまとめられてはいるものの艶やかで夕日を受けて輝いている。
 顔の中央には、高い鼻があった。唇は、彼の姿に見合っていてとても大きく、弧を描いてもう一度わたくしの名を形作った。

「キャロル」

 煌めくふたつの青が、愛しいと言わんばかりにまっすぐに見つめてきた。どこがどう変わっても、その青だけは変わらない。例え、体の形そのものが変化したとしても、その青さえあれば、わたくしは彼の正体にすぐ気づくだろう。

「トーラ……ああ、よくぞ無事にお戻りに……」
「ああ、僕だよ。気づかれないかもしれないって少しだけドキドキしていた。どうかな?」
「トーラは、トーラですわ。わたくしの愛しい人に変わりはございません。ですが、トーラの長年の念願が果たせて、本当に良かったですわ。お帰りなさい!」
「ただいま、キャロル」

 彼が、いつものように両腕を広げる。わたくしは飛びつくように、その腕の中に自ら囚われにいった。

 いつもとは感触すら全くちがう、彼の首に腕を回し、彼をしっかり抱きしめる。すると、彼の太い腕が、いつもと変わらずしっかり抱きしめた。

「キャロル、ありがとう。愛しているよ」
「トーラ、愛していますわ」

 そして、いつもと同じ角度、同じ力、同じ吐息で、いつもとは違う感触のキスを交わしたのであった。
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