完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

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困惑の辺境伯

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「ごほ、ごほっ……! 一体、何なのよぉ。一緒に来たあいつは、いつの間にかいなくなってるし。もう、信じらんない!」

 フレースヴェルグを無事に封印出来てホッ息を吐いた途端、聞こえた声のほうを見る。そこに、髪も服装も乱れ、泥だらけになっている人が座り込んでいた。

 そう言えば、何かをあの場所から引っ張り上げたのだった。思った通り人間だったが、どこからどうみても普通の女の子だ。言葉から察するに、同伴者に無理やり連れてこられたというわけではなさそうだ。

「お前は何者だ。あいつとは? ここがどこだかわかっているのか? それにしても、あの場所にいて良く命が無事だったな」

 この女性がどんな素性であれ、魔の森の奥深くに易々と侵入した、招かれざる客である事は間違いない。彼女が言うもうひとりの存在を探るが、もう魔の森から出たのだろう。侵入した痕跡一つ見つからないため、そこそこ手練れの魔法の使い手のようだ。

 どうしたものか考えあぐねていると、彼女から、さらに理解に苦しむ言葉が発せられた。

「もう、女の子が苦しんでるんだから、次々質問なんかしないでよ! それにしても、あいつったら、私を置いてどっかに行っちゃってぇ……! 王都に帰ったらただじゃおかないから。それにしても、あんた! 辺境伯のくせに助けるのが遅いのよ! 裏ルートのヒーローならヒーローらしく、私をすぐに助けなさいよ! それに、その言い方はなんなの? お前とか、すんごい上から目線でムカつくんですけどー」

 僕の正体を知らずに、このような口の利き方をしているわけではなさそうだ。辺境伯と知った上で、このような口調で話しかけられる事はほとんどない。あるとすれば、何も知らない子供か、犯罪者くらいのものだ。

「もう一度聞く。お前は誰で、あいつとは一体何者だ? 僕を知っているようだが、裏ルートとは一体……、何を言っているんだ。瘴気に当てられ、気でも触れたか。そうだとしたら気の毒に……。だが、瘴気の毒に侵された精神や脳も、治療を受ければ正常に戻るだろう。とにかく先を急いでいるんだ。尋問は治療の後でする。立てるか?」

 こちらの質問には一切答えない彼女は、大きな声をあげてわめいたまま。気が触れてしまった様子の彼女を気の毒に思い、地面に座り込んでいるため立たせようと伸ばした手をパシンと叩いて振り払われた。

「いやぁっ! 私に触んないでよ、このエリンギのバケモノ! キノコなんか大っ嫌いなのに。もう、だから裏ルートヒーローの所に来るなんて嫌だったのよ。私は気が触れてなんかいないわよ、ほんっと失礼しちゃう」

「……!」

 久しぶりに聞いた僕の呪いに関する罵声。一瞬で心が凍り付く。キャロルといれば、この事を忘れられたし、フレースヴェルグと彼女の事頭がいっぱいだったから頭部の事を失念していた。
 慌てて頭に手を当てると、頭巾がなかった。先ほどの衝撃で、いつの間にか頭巾が取れて頭部が晒されていたようだ。

(そう言えば、出発の時にスレイプニルに頭巾を引っ張られたんだった。その時に、紐が緩んでいたのか……)

 僕は、慌ててマントで頭をぐるぐる巻きにして、呪われたエリンギの形をしている頭部を隠した。マント大きすぎて視野が狭く動きにくいが、この際仕方がない。頭を隠している間にも、彼女は大きな声で愚痴を言い続けている。僕に聞かせるというよりは、独り言なのだろう。

「最推しのヤー君を助けるために、ここに来ないといけないっつーから、あいつに連れて来てもらったら、やめてっつったのに、いきなり世界樹の枝を引っこ抜いちゃってさ。最終ボスが出てきて、慌ててあいつを倒せそうな剣を持ったら、わけわかんないところに閉じ込められて、ほんっと、サイテー。死ぬかと思ったわ。どうなってるのか聞きたいのはこっちのほうよ!」
「この場所の封印の事はともかく、世界樹の枝に関する事は門外不出の秘密事項なのに、なぜ知っている」
「うわー、髪ぼっさぼさー。もう、やだー。ああ、世界樹の枝って秘密だっけ? ま、どうでもいいじゃない。これでヤー君はキャロラインから解放されたはず。さあ、部下を呼んで、私をヤー君のところに連れて行って頂戴。あ、キモいから、ヒロインの私に一目ぼれしないでよ? あんたなんかに会わないように、そっと帰るつもりだったのに、世界の強制力だかなんだかで出会っちゃうんだもん……。ヒロインのあるある設定とはいえ、もう、やんなっちゃう。そういうわけだから、いくら溺愛されても、あんたの好意に応えられないの。ストーカーとかしないでよ?」

 聞き捨てならない言葉があり訊ねてみたが、彼女の様子は相変わらずで理解できない話が続くのみ。建設的な会話が出来ないと判断した。

(僕が一目ぼれ? 溺愛? この子に? どこをどう見ても、間違ってもそんな事にはならない。やはり、かなりの時間瘴気に当てられたために、思った以上に頭と精神に異常をきたしているようだな……。気の毒に)

「話は後で聞く。僕に触れられたくないのなら、ここで救援を待つと良い。大岩の封印は完璧に作用しているし、世界樹の枝の側なら、魔物は近づかないから大丈夫だ」
「ばっかじゃないの? こんな所に、か弱い女の子ひとり置いて行く気? ほんっと、気が利かないにも程があるわ。あんたね、私が協力しなきゃ呪いを解く事が出来ないっつーのに、そんな態度取っていいと思ってんの? わかったら、さっさと部下をここに呼びなさいよ!」
「呪いを解く……? 話にならないな。失礼するよ」

 僕は、わけのわからない話をし続ける、無礼千万な目の前の女の子に昏睡のゆりかごコーマクレイドルをかけた。封印を破った事に関係している犯罪者である可能性が高い。放置していると、どこかに消えたという同行者が連れ去るかもしれない。

 触られたくなさそうだし、僕も正直触りたくない。悩んだ末に、彼女の襟の後ろを猫のように掴み、キャロルの元へ転移したのである。

「マシユムール、待たせた。伯父上たちも、ご苦労様。フレースヴェルグは無事に封印できた。それで、キャロルはの容態は? トーンカッソスは無事なのかい?」
「トーンカッソスは、ウールスタさんの適切な処置のおかげで数日休めば貧血も改善され回復するでしょう。ですが、奥様は……」

 僕は、右手で持っていた気の毒な女性を、騎士のひとりに捕らえるよう命じて手渡す。キャロルの側に駆け寄ると、彼女は目を閉じたまま微動だにしなかった。

「キャロル、戻ったよ。僕だよ、目を開けて。キャロル……?」

 顔色は、最後に見た時よりも若干良さそうだ。頬にうっすらと桃色に染められ、唇にも赤が戻っていた。呼吸も細切れのような状態ではなく、弱いながらもしっかり胸が上下している。小さな白い手をそっと手に取ると、指先まで血が通いほのかな温かさを感じた。

「見たところ、治療は成功しているようだが。どうして、彼女は目を覚まさないんだ……」
「体の傷は全て治療しました。相当無理をなされたようで、内臓への深刻なダメージが残っております。それに、魔力が枯渇しており、生命力さえもフレースヴェルグの封印のために使用されていたかと思われます」

 それは、彼女の死を意味する。僕はショックのあまりそれ以降の記憶が飛んだ。

 気が付けば砦に帰っており、僕の私室の隣の部屋にある、夫婦の寝台に彼女が横たえられていたのである。

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