完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

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「ん……」

 頭がぽやぽやする。なんだか、とてもいい夢を見ている気分だ。体もぽかぽかして、頭はすっきりしてきているのに、やけに気怠い。

 目を開けたはずなのに、暗闇の中にいる。まだ夢を見ているのかと思い、目をパチパチ開けては閉めた。

(ここは……? わたくし、一体……)

 フレースヴェルグと対峙していたはず。トーンカッソスが倒れて、ウールスタが叫びながら彼に駆け寄った。彼女の服も赤く染まっていき、そこからの記憶がぼやけて思い出せない。

 でも、確かに聞いた。「もう大丈夫。よく、頑張ったね。力を抜いて、あとは僕に任せるんだ」という、誰よりも逞しくて強い彼の言葉を。

「……?」

 あれほど体中の細胞という細胞が悲鳴を上げていたのに、どこも痛くない。苦しくもないし、呼吸も普通に出来ている。口の中の鉄の味は、柑橘系の爽やかな香りに変わっていて、あの死闘のほうが夢だったのかと思えるほど。

(いいえ、確かに、戦っていたはず。キトグラムン様が助けてくださったのね)

 わたくしを大切にしてくれる彼の優しさに胸がじぃんと熱くなった。彼は約束を違えない。魔の森の中では、彼は唯一にして最強の存在だとシュメージュたちが誇らしげに言っていた。だから、フレースヴェルグは彼の手によって封印されたか、退治されたのであろう。

「キャロル……? 気が付いたのかい?」

 過去と今の状況を、ぼんやり考えていると、すぐ近くで彼の声がした。擦れた音は、空気が漏れていて、わたくしの耳にかかりくすぐったい。

 あり得ない距離に、確かめたくなって顔をそちらに向けようとしたけれど、首があまり動かなかった。ならば視線だけでもと思ったけれど、顔に大きな何かが覆いかぶさって、景色を見る事すら出来ない。その手が、首を動かせないように固定もしているようだ。

「……?」
「キャロル、目を開けているね。良かった……、もうダメかと何度思った事か……。僕が、わかるかい?」

 咽が震えて声が出ない。わたくしは小さく頷いた。なぜかわたくしの顔を隠している彼の大きな手に、自分の手を当てようとしたけれど、指くらいしか動かせなかった。

「本当に良かった……。キャロル、君は死の淵にいたんだ。だから、無理に動こうとしないで、そのまま僕の話を聞いて」
「は……」

 声は、音にならず、空気がかすかに漏れるのみ。けれど、彼はわたくしの答えがわかったようだ。それにしても、彼の姿を確認したいのに、そうさせてくれない彼の手が、優しくて大好きだけど、とても憎たらしいと思う。

「目を隠していてごめんね。僕は今顔を隠していないんだ。だから、このままで聞いて欲しい。あと、君の了承を得ずに、その……共にベッドに寝ていてごめん……」

(なんですと?)

 今、彼は何と言ったのだろうか。そういえば、わたくしの体にぴったりと大きな何かがくっついている。片手はわたくしの顔で、もう片方の手は、わたくしのお腹に当てられていた。

(だ、抱きしめられている……? え?)

 これは由々しき問題だ。いや、わたくしと彼は夫婦だから問題ではない。問題ではないのだが、わたくしの方が大問題でしかない。嬉しすぎて、もう心がどうにかなりそう。おそらく、顔が、彼には見せられないほど崩壊しているに違いない。

「目や指は動かせても、まだ、体全体は上手く動かせないようだね。でも、こうして意識が戻ったんだ。徐々に元のように動けるから、焦らないで」

(いえ、焦りますって。体が動かせないのも焦りましたけれども。そんな事よりも、あなたに抱きしめられていて焦っているんです。…………なんかよくわからないけれど、ラッキー。もっと、ぎゅっとしてくれないかしら? いやいや、ちょっと待って、わたくし、今どんな姿をしているの? 顔は、すっぴんよね。髪は? ボサボサじゃないの? いやああああ)

 ここが暗闇の中でよかった。いや、わたくしの顔は彼の手で覆われているから、わたくしだけが暗闇で、案外部屋は明るいのかもしれない。意識を失うほど眠っていたのだ。有り得ない顔を見られてしまったのかと思い、羞恥で体中から湯気が立つほど熱くなる。

「キャロル、今は真夜中で皆も休んでいる。あれから、もう10日経ったんだ。君が帰って来るのを皆が待ちわびているから、知らせて来たほうがいいと思う。君もウールスタたちに会いたいだろう。ただ……、僕が君とこうしていたいんだ。だから、もう少しだけ、このままでいさせて欲しい。トーンカッソスもウールスタもマシユムールも無事だ。トーンカッソスは、まだもうしばらく安静にしていないといけないけれど、後遺症もなく元気になるだろう。安心したかい?」

 わたくしは、目をパチパチさせた。その動きを手の平で感じたのか、彼は頷いて返事を察してくれた。

(あれからそんなにも日が経っていたのね。皆が無事で良かった。神様って意地悪だと思ったけれど、案外優しい所もあるじゃない)

 わたくしは、そんな風に神に対して不遜な考えをした。だが、バチが当てられたら大変だと、慌てて気を取り直して皆を救ってくれた事に心から感謝した。

「フレースヴェルグは、元の場所に封印した。だから、もう大丈夫なんだよ。取り敢えず、今日はもうおやすみ」
「あ……と……。おや……な……」

 彼は、やっぱり世界一頼りになる。優しいし強くて恰好良くて、非の打ちどころのないこの人が、本当にわたくしの夫なのかと思うと、嬉しすぎて皆に自慢したいくらい。
 詳細は気になるものの、取り合えず気になっていた事を伝えて貰えたと思い、体の力を抜く。すると、彼がびくりと体を揺らした。

「キャロル、その……。さっきから……」
「……?」

「右の指が、僕の体にくっついていて……ね、あの……、ちょっと……」

 そう、わたくしは、彼の言葉を聞きながら、唯一動かせる指をさりげなくずっと動かしていた。半分無意識に、指に当たるシーツなどをこしょこしょしていたのである。

(だって、暗いし動かせないし。彼が言う内容があまりにも都合よすぎたから、まだ夢なのかなーって思っちゃって……って、あら? わたくしの右には、キトグラムン様がいらっしゃる。ということは、さっきから右の指はシーツじゃなくて、彼の体を触っていたということ?)

 なんて大胆なマネをしたのだろう。彼は、わたくしのほうを向いて横になっている。体の位置的に、お腹のあたりに違いない。

 一瞬、ぴたっと指の動きを止めた。すると、彼はほっとして息を吐き力を抜いたようだ。

「はぁ……、君とこうしているだけでも幸せなのに。びっくりしたよ」
「ごめ……さ……」
「謝らなくていいんだ。君が触ってくれるのなら、僕は嬉しいし。ただ……、今は夜で、ふたりきりで、だから……」

 ヤバいんだと、純情な乙女のように照れながら囁く彼の声に、わたくしはたまらなくなった。

(なんて愛らしいのかしら。彼がこんなにもいじらしい人だったなんて、もう、どうしてくれようかしら? ああ、彼にもっと触れたい。もっと触れて欲しい)

 彼への愛しさが体中に充満して、動く事さえできれば、こんな時だけれど、がばっと起き上がって襲い掛かっていたかもしれない。












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