完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

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胸騒の辺境伯

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「いるのは、女性がふたりに、男性がひとり。魔力が、非情に強い……。恐らく、思った通り、僕の妻と、ウールスタ、トーンカッソスだろうと思う」
「おお、では急いで奥様を迎えに参りましょう」
「うん、そうだね。少し速度をあげようか」

 ほとんど危険はないはずだ。多少、魔物を多く倒したところで、彼女たちなら軽くいなせるくらいのインシデントが起こるくらいのものだ。だというのに、嫌な予感が、胸の中に巣くっている。一体、何が僕の心をそうさせるのだろう。

(……? なんだ?)

 手綱をしっかり握りしめ、緊張で体を固くした時、突然、魔の森の奥から未曾有の恐怖が伝わってきた。あろうことか、遠くに目視できる魔の森から、鳥や空を飛ぶ魔物が逃げ出しているではないか。更に、魔の森全体を、産まれたての闇がドームのように覆いだした。

「キトグラムン、あれは……。このような光景は、生まれて初めて見る」
「緊急事態です。伯父上、すぐに砦に伝令を。来れる部隊は全て終結させてください」
「主様、スタンピードでも起こったのでしょうか?」
「いや、もっと恐ろしい何かの脈動を感じる。まさかとは思うが、祖先が封印したヤツが復活したのかもしれない」

 スタンピードであれば、これほどの危機感を本能が感じる事はない。冷や汗が背中を伝う。当たって欲しくない予想通りであるのなら、急いで事をおさめなければ、世界は破滅の一途をたどるだろう。

「あれをご覧ください! 魔の森の近くで救援弾をが上がっております。あれは、おそらくはマシユムールのものかと」

 魔の森の境目に、確かに救援弾が上がっている。最高レベルの危険を知らせるその救援弾に、ますます焦燥感が襲った。

「とにかく、魔の森にいる妻たちが危ない。僕は先に行く。皆は出来る限り急いで来るように。伯父上、あとは任せました」
「ああ、すぐに追いつく。キトグラムン、気をつけろよ」

 第一部隊は、各々が的確な判断を即時にし行動できる騎士たちが集まっている。第二から第六部隊も、それぞれの特性を生かして、すぐさま参戦するだろう。だが、司令塔がいなければ烏合の衆になりかねない。
 こういう時は、僕よりも、魔の森における戦いに長けた伯父上が、全軍を率いたほうが統率がとりやすい。

 僕が伝えるより早く、こういう緊急事態に長けた者はすでに動いていた。砦に向かう、伝令の召喚獣であるハヤブサの姿が点になっている。
 
 僕は、くいっとスレイプニルの手綱を引いた。だが、スレイプニルの様子がおかしい。いつもなら、こうすればすぐに、音速なみのスピードで駆けるというのに、足をダンダン地面に何度か踏みしめたまま微動だにしなかった。

「スレイプニル、落ち着いて。お前なら大丈夫。僕を、魔の森まで連れて行ってくれるかい?」

 スレイプニルも恐怖と不安を感じているのだろう。武者震いをしている彼の首をしっかり撫でた。すると、僕の気持ちを汲んだ彼が、ここにいるどんな馬よりも速く強く駆けだしたのである。

 救援弾が打ちあがった場所に、人の気配を感じる。もうすでに、聞いた事のない恐ろしい魔物の咆哮や、地響き、空気を介してとてつもない破壊の力を感じていた。

 注意深く、かつ、急いでそこに向かうと、目当ての人物たちがやっと見えた。

「キャロル!」

(やっぱり、君だったのか。だが、なんと言う事だ……!)

 瘴気が辺りに充満している。奈落の底に向かう大地の切れ目のほうから、恐ろしい存在の威圧を感じ、びりびり空気が張り詰め、息をするのもやっとの状態だった。

(この状態で、よく生きていてくれた!)

 僕は、このような状況下で、魔物を封じ込めるための結界を張り続ける彼女の後姿に感嘆した。だが、彼女がいつ倒れてもおかしくない。心が、氷よりも冷たく凍り付くような気がした。

「キトグラ……ンさま……。ああ、来てくださった、の……です、ね……」

 愛しい人の声が、あまりにも小さすぎる。彼女の息遣いがほとんど感じられない。細切れのそれは、まさに彼女の命そのもののようだ。

 そっと彼女の肩に手を置くと、カクンと膝が折れた。抱きしめる。
 見下ろした彼女の顔は、白く小さな顔に、無数の小さな切り傷が作られていた。血の通っていないような白すぎる肌、桃色だった唇は、青を通り越してどす黒く変色している。辛うじて瞼は開いているが、瞳孔は光を失い、今にも生命の灯が消えそうな状態なのがわかった。

ドクン

 心臓が嫌な音を立てる。誰よりも幸せにしたい人をこのまま失ってしまうのか、そう思った瞬間、僕の中の何かが弾けた。自我が飛び、遺跡と僕が完全にひとつになったような感覚に、やけに冷静に受け入れる事ができた。

 魔の森の隅々の、砂の一粒、小さな虫や、逃げる動物、風に揺れる水面の波紋のひとつひとつまでもが鮮明に感じ取れた。

「主様、お待ちしておりました。どうぞ、こちらを」

 聞きなれた声がするほうに視線をちらりと向ける。体が勝手に動き、マシユムールが差し出した枝を受け取った。

 視界の角に、血に濡れたトーンカッソス、絶叫を上げトーンカッソスに治療魔法を施しているウールスタが映っている。
 だが、僕の瞳にはキャロルしか見えない。

 キャロルだけが、遺跡と魔の森と完全に一体化してヒトでなくなった僕の中にある、ほんのわずかな一部分を辛うじて人のままにいさせてくれた。彼女がいなければ、僕は自我を完全に失い、フレースヴェルグを封印するためにどんな犠牲も払わない殺戮の人形になり果てていたかもしれない。それは、世界を破滅させるフレースヴェルグよりも、人類にとって脅威になったであろう。

「キトグラ……ンさま、ほん、とに……?」
「ああ、僕だ。遅れてごめん。キャロル、しっかりして」
「フレ……、スヴェ、ルグが、この地の裂け目の奥に……トーンカッソスを、たすけ……」
「ああ、わかっている。僕が来たからには、もう大丈夫。よく、頑張ったね。力を抜いて、あとは僕に任せるんだ」
「ごめ、なさ……。わたくし、が……だまって、ここ、に……きた、から……」
「いいんだ。君が無事なら。トーンカッソスは、ウールスタが治療しているから安心して。マシユムール、キャロルを頼む」
「命にかえましても」

 僕は、目を閉じた彼女をそっと横たえた。辛うじて呼吸を繰り返す彼女を、マシユムールに託す。

 この辺り一帯に、彼女たちを守る防御壁を貼る。それと同時に、キャロルが意識を失ったためにフレースヴェルグを閉じ込めていた結界が消失した。

「よくも、僕のキャロルを……!」

 世界樹が、遺跡に送っていた僕の魔力を吸い取っていくのがわかる。凄まじい勢いで、魔力を吸収している世界樹の枝を、そっと一振りした。すると、大地の裂け目に向かって、世界樹の枝から放たれる光の奔流が、螺旋を描いて落ちていく。

 僕は、その光に導かれるがまま、フレースヴェルグが暴れている地の底へと飛び降りたのであった。

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