完結 R20 罪人(つみびと)の公爵令嬢と異形の辺境伯~呪われた絶品の契約結婚をお召し上がりくださいませ 改稿版

にじくす まさしよ

文字の大きさ
上 下
44 / 75

29

しおりを挟む
 現れたのが、死を食らう者フレースヴェルグで良かったのかもしれない。あれは生者にはほとんど興味を示さないと禁書には書かれていた。
 現に、生きているわたくしたちは、存在は分かっているのか、ぎょろりとこちらを一瞥しだけで、すぐにトーンカッソスが倒した魔物に向かった。

 トーンカッソスが先ほど倒した魔物の数は100に満たない。凄まじい勢いで死を飲み込んでいるフレースヴェルグが、を食らった後、そのまま魔の森の奥に戻る事を祈った。

「フレースヴェルグが、ごはんを食べた後、どう動くかわからないわね……。どこまで通用するかわからないけれど、念のため、不可侵領域インバイオラブルエリアを展開するわ」
「お嬢様、ただでさえ私たちの体に、物理と魔法に両方に対する防御結界を貼られておられるのに、エリア全体を覆う絶対防御壁など……。魔力の消耗が激しすぎます」
「そうですよ。あまりにも魔力を使い過ぎれば命にかかわります。それに、あいつが外に出ようとすれば、人間が創り出した防御など、やわらかいゼリーのようなもの。ここは逃げる事に集中してください」
「……いいえ。フレースヴェルグが、このまま大人しく魔の森にいてくれればいいけれど、それはわからない。である以上、アレを絶対に魔の森から出してはいけないのよ。わたくしは、この地をお守りするキトグラムン様の妻となるのです。例え、無力でも、出来る全てでもってこの地を守らねば、彼や民たちに顔向けできません」

 わたくしが、フレースヴェルグから目を逸らさずにそう言うと、ふたりは口を噤んだ。ふたりとも、出来ればわたくしに、このような危険な地に留まるのではなく、今すぐ王都の安全な場所で守られていて欲しいのだろう。

 わたくしだって、気丈に振る舞ってはいるけれど、怖くないわけではない。だけど、ここで怖がって泣いているばかりの令嬢でいるようなか弱い女性なら、今頃、ここではなく実家で、悠々自適に遊んで暮らして……ではなく、婚約破棄された傷ついた令嬢として静かに暮らしていただろう。

 そんなの、わたくしらしくない。ヤーリ王子にも散々言われていたけれど、つくづく「かわいくない女」なのだ。でも、だからこそ、ふたりが共にいてくれるのだから、わたくしだって捨てたものではないと思っている。

(それにしても。なぜ、封印されていたはずのフレースヴェルグが、いきなりこんな所に現れたのかしら?)

 フレースヴェルグは、目を細めて嬉しそうに、数百年の空腹を満たすかのように倒れた魔物を体内に取り込んでいる。
 これほどの魔物の封印が破れていたのであれば、とっくにキトグラムン様が気づいているはず。まるで、目が覚めてすぐ、ここに大量のご馳走があると知り駆けつけたかのようだ。

(ひょっとして……。まさか……。でもそんな……)

 わたくしは、とある理由を思いついた。もしもその憶測が当たっているのであれば、わたくしたちがここに来た事が、呼び水になったのかもしれない。

 魔の森は、常に強い魔物が弱い魔物を、小さくとも知略に跳んだ魔物が大きくても愚かな魔物を倒している。それは、まるで不必要な存在を、魔の森自身が淘汰しているかのように。
 それでもこの地を脅かす魔物が増えれば、人々やこの地に生きる動物も危険にさらされる。キトグラムン様たちが、定期的に魔物を間引いているのはそのためだ。

 目覚めたばかりのフレースヴェルグにとって、いつもの魔の森の状態であれば、それほど食料はないはずだった。

 魔物を一体も食べていない状態であれば、いくらフレースヴェルグとて、それほど力がなかっただろう。とはいえ、わたくしたちでは太刀打ちできないほどの圧倒的強さを見せていたが。

 目の前で、飢餓感を埋めるかのように魔物を一体食べる毎にどんどん強くなっていくのがわかる。

 初めてその存在を認知してから、まだ10分程度しか経過していない。だというのに、フレースヴェルグは、すでに魔の森全体にその存在を知らしめているのか、あれほど騒がしかった魔の森がいつの間にかシーンと静まり返っていた。物音と言えば、フレースヴェルグが食事をしている耳障りな音がするのみ。

 その姿は、まさに魔物の中の魔物。魔と死を統べる者の名にふさわしい神のごとく存在に、わたくしは小さな子供のように心と体が震えていた。

(ショウロを採るために来たわたくしたちが、フレースヴェルグの御馳走を用意したのだわ……)

 もしも、わたくしたちが魔の森に侵入したのが今でなければ。
 もしも、ショウロを採りに来たとしても魔物を倒さなければ。
 もしも、いくら襲ってきた魔物を倒してもフレースヴェルグが目を覚ましていなければ。

(今さらね……。後悔してももう遅い……。せめて、ここに来る事をシュメージュに伝えていれば……。いいえ、そんな事をしていれば、もしかしたら、彼女もここに来ていたかもしれない)

 シュメージュは、生活魔法程度しか魔法を操れない。そもそも、戦いには無縁の女性なのだ。この場にいるだけで、フレースヴェルグが放つ威圧に押されて気を失うか、下手をすれば、瘴気に当てられ命の灯が消えていったかもしれない。
 一瞬、フレースヴェルグの鋭いかぎ爪で傷ついた彼女の姿が脳裏に浮かんだ。ぞっとして、その姿を追い払うように頭を振る。
 
(このままでは、朝食を終えたフレースヴェルグは、更なるご馳走を求めて、魔の森から出て皆を襲いに行くかもしれない。なんとか、封印は無理でも、一時的に足止めする方法はないかしら)

「せめて、封印されていた場所まで誘導できれば……」
「お嬢様、何を?」

 心を撃った最初の衝撃が徐々に和らぎ、わたくしだけでなくふたりにも思考する余裕が生まれたようだ。

「考えたのだけれど、フレースヴェルグの弱点となるなにかしらのアイテムが封印されていた場所にはあるのではないかしら? わたくしたちではこのままフレースヴェルグがどんどん力を蓄えるのを見ているだけ。運よくここから逃れられたとしても、アレがエネルギーをフルチャージしたら、一瞬で砦なんて吹き飛ぶのではないかしら」
「仰る通りでしょうけれど……。でも、どうやって?」
「それが思いつかないから困っているのよ。キトグラムン様は、魔の森にいる魔物なら、どれほど強大であっても、抑え込み倒す事が出来るのでしょう? なら、わたくしたちは、アレを魔の森にとどめておかなければいけないと思うのよ」
「ですが、お嬢様。それが辛うじて出来たとしても、辺境伯爵様に、この状況を知らせる術がありません。やはり、ここは、ヤツが少しでも離れた瞬間、転移魔法陣まで向かい救援を呼びにいくのが得策かと」
「……フレースヴェルグが、魔の森から出なければ、それが一番有効な方法かもしれないわ。でも……」

 悪い予感ほどよく当たるとは、一体、誰がいつ言いだしたのだろう。

 フレースヴェルグがここから移動すのは、魔の森の奥か、それとも、魔の森の外か。確率は50%だった。

 だが、この辺り一帯に散りばめられていた魔物を全て平らげたフレースヴェルグは、わたくしたちの願いを嘲笑うかのように、その嘴を、辺境の皆が住む砦に向けたのだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

【完結】何んでそうなるの、側妃ですか?

西野歌夏
恋愛
頭空っぽにして読んでいただく感じです。 テーマはやりたい放題…だと思います。 エリザベス・ディッシュ侯爵令嬢、通称リジーは18歳。16歳の時にノーザント子爵家のクリフと婚約した。ところが、太めだという理由で一方的に婚約破棄されてしまう。やってられないと街に繰り出したリジーはある若者と意気投合して…。 とにかく性的表現多めですので、ご注意いただければと思います。※印のものは性的表現があります。 BL要素は匂わせるにとどめました。 また今度となりますでしょうか。 思いもかけないキャラクターが登場してしまい、無計画にも程がある作者としても悩みました。笑って読んでいただければ幸いです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...